内部被ばくについて、自主的に学習し、周りの方々に広めていくための会
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内部被ばくと健康被害

放射線医学総合研究所の実態は、ヒバクシャの調査・研究。放射線防護や治療ではない

 日本政府、福島県、各自治体の放射線防護モデルは出所はすべて放射線医学総合研究所(千葉県千葉市)です。そして、この放射線医学総合研究所(NIRS)は悪名高きABCC(アメリカ原爆障害調査委員会)と放射線影響研究所(RERF)の流れを組む、被ばくの調査はするけれども、治療せず、の機関。ヒバクシャをモルモットのように調査・研究し、ひどい場合は発がんしてから死ぬまで、または、妊娠してから奇形児が生まれるまでを調査・研究する機関です。放射線医学総合研究所は、市民に「これくらいの放射線は安全だ」というデマを吹き込む機関であり、放射線影響研究所(RERF)は日本の原発労働者の被ばくと健康被害のデータを収集し、アメリカの渡すための機関です。  千葉市の放射線医学総合研究所は、第五福竜丸が米水爆実験で被曝(ひばく)したビキニ事件をきっかけに1957年に設立されました。毎年1回、第五福竜丸の元乗組員の健康診断をしています。しかし、元乗組員の大石又七氏が証言しているように、放射線医学総合研究所は、元乗組員の健康データを取り続けながら、肝臓がんであることを把握し、それを本人には伝えず、がんがからだを蝕み、死んでいくようすを調査・研究していたのでした。 大石又七『ビキニ事件の真実』みすず書房 2003年7月24日 2600円 より (ビキニ事件被災で東大病院、国立東京第一病院に入院)退院後から、放医研は国の予算で俺たち(第五福竜丸乗組員)の被ばく記録を取りつづけた。だが発病しても治療しない。入院直後は(放医研は)みんな俺たちの味方で、親身になって治療に取り組み、加害国アメリカに対しても厳しく対応してくれていたのに。放医研がこれまでに出した論文や年報の中には俺たち第五福竜丸乗組員の検査結果が報告されている。しかし、個人個人には何も教えてくれなかった。この記録を見ると、放医研は早い時期から俺たち(第五福竜丸乗組員)の肝機能障害を把握していた。また年報には書かれていないが、血液検査で染色体に異常があったことも分かっていた。染色体に異常があれば奇形児が生まれる。だが、放医研の(年報等を見ると)それらのことも基本的に被ばくと関係ないと決めつけているように見える。 亡くなった(第五福竜丸乗組員の)仲間たち 久保山愛吉 40歳 肝機能障害(急性放射能症) 1954年9月23日死亡 水爆実験遭遇から約7ヵ月後 川島正義  40歳  肝硬変 肝機能障害     1975年死亡          同    21年後 増田三次郎 54歳 肝臓がん(原発性) 肺血栓等1979年死亡          同    25年後 鈴木鎮三  50歳 肝硬変 交通事故      1982年死亡           同    28年後 増田祐一  50歳  肝硬変(脳出血)      1985年死亡            同    31年後 山本忠司  59歳 肝臓がん(多発性)肺がん・結腸がん 1987年死亡       同    33年後 鈴木隆   59歳 肝臓がん(原発性)     1989年死亡            同    35年後 高木兼重  66歳 肝臓がん(原発性)     1989年死亡            同    35年後 久保山志郎 65歳 肝臓がん(原発性)     1996年死亡            同    43年後 服部竹冶  66歳 肝臓がん(心不全)     1997年死亡            同    53年後 安藤三郎  71歳 肝臓がん(原発性)     1997年死亡            同    53年後                 大石又七『ビキニ事件の真実』pp.103~104 一部抜粋 (編集者注)この後も、2人の乗組員の方が亡くなられています。 平井勇   71歳 肝臓がん(原発性)   2003年死亡            同   59年後    見崎吉男  90歳 肺炎          2016年死亡           同   62年後  大石又七さんは、2011年の著書『矛盾』(武蔵野書房)の中で、自分を生存者として、こう記載しています。 大石又七 冷凍士 肝臓がん(原発性) 臭覚消滅・肺過誤腫・気管支炎・不整脈  生存  大石又七さんも、他の乗組員も、毎年1回、放医研の定期健康診断を受けていました。全身の健康診断をしていました。2000年に、大石又七さんが放医研の健康診断を受けたとき、医者の顔に暗い影がさっと走ります。大石さん「先生、どうしたのですか?」と。医師「いや、少し肺に白い影が」。心配になった大石さん、他の病院へ行って、肺の精密検査を受けます。しかし、肺は何とも異常はない。そこで、全身をくまなく調べてもらうと、見つかったのが肝臓がん。2000年の放医研の検査が肝臓がんを見逃すわけがない。つまり、放医研は、第5福竜丸の乗組員のからだを毎年調べ、どんながんになって、どのように死んでいくのかを調べていたのです。  これが放医研の実態です。放医研の「放射線被ばくの早見表」など飛行機やCTスキャン1回分などと比べて、これくらいの放射能は安全、などと信じていたら、放射能に殺されます。国立がん研究センターも同じ系列の調査・研究をやっているので、その伝えようとしている内容を吟味することが必要です。こと放射線に関してはうそが多い機関です。(編集者:川根眞也)  この放射線医学総合研究所(NIRS)は、国際放射線防護委員会(ICRP)の下部組織のような機関であり、日本独自の放射線防護理論など研究していません。

拝啓、福島民友新聞さま。拝啓、福島民報社さま。その2 東京新聞の記事について。

 拝啓、福島民友新聞さま。拝啓、福島民報社さま。  東京新聞が独自の情報公開請求に基づき、福島県民の初期被ばくの事実と、日本政府関係者の内部被ばく隠ぺい、過小評価、放射能と健康被害の関連の否定に次ぐ否定を行っていたことを報道しています。  そもそも、どの新聞であれ、市民の立場に立ち、真実を追求し報道する役割を持っています。しかし、それでもこの東京新聞の報道は素晴らしいものです。  翻って、福島民友新聞さま。福島民報社さま。貴社は福島県の地方新聞であり、多くの福島県民に愛されている新聞です。その貴社の報道は、今でも、山下俊一氏や早野龍五氏、坪倉正治氏など「甲状腺の専門医」や「放射線の専門家」あるいは「東京大学」の名の下に、「これくらいの放射能は安全だ」という記事で満ち溢れています。いまのままの報道姿勢でいいのでしょうか?  2019年2月19日付け、東京新聞朝刊21面は、2001年8月原子力安全委員会では、「チェルノブイリでは50ミリシーベルトの甲状腺被ばくでもがんが増えたと言われる」、ヨウ素剤の(予防)服用は「米国で『50ミリシーベルトで服用』を採用する動きがある」、ところが「被ばく医療分科会の会合で、(突然)服用基準から50ミリシーベルトが削除され、100ミリシーベルトになった」との鈴木元氏(国際医療福祉大学教授)の発言を紹介し、「行政の圧力に寄り倒された」と当時ヨウ素剤検討委員会委員だった、前川和彦氏(東京大学名誉教授)の発言を紹介しています。ちなみに、当時ヨウ素剤検討会の主査が山下俊一氏(長崎大学)であったとも紹介されています。  2011年3月21日、この山下俊一氏は福島県福島市の福島県庁に置かれていたオフサイトセンター(OFC)で「小児の甲状腺被ばくは深刻なレベルに達する可能性がある」と述べた後、2時間後の福島市民向け講演会では「(放射線による健康被害は)心配いらないと断定する」「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ません」と発言していました。これも、東京新聞が2019年1月28日朝刊1面で報道したことです。  福島民友新聞さま。福島民報社さま。貴社には、福島県民の気持ちに沿い、真実を追求する記事を書いてほしいと思います。もう、政府関係者のうその「これくらいの放射線は安全です」という記事はいりません。チェルノブイリ現地の被害状況については、衆議院が2011年10月5日から13日にかけて超党派13名を派遣して書かれた報告書“チェルノブイリの長い影~チェルノブイリ核事故の健康被害~”を是非、お読み下さい。この調査団の報告書は、国会が派遣したにもかかわらず、あまりにも深刻な健康被害が記されているため、未だに出版されていません。さらに、現時点ではインターネット上で削除されているものです。以下からダウンロードできます。 チェルノブイリの長い影~チェルノブイリ核事故の健康被害~   ここでは、チェルノブイリ原発事故の放射能の被害を受けた人々の罹患率は、小児だけではなく、大人も増えていることが記されています。1987年(チェルノブイリ原発事故の翌年)に10,000人あたり1,372人だった罹患率は、その17年後の2004年には10,000人あたり5,732人と4.2倍になったことが報告されています。  子どもの罹患率は、1987年(チェルノブイリ原発事故の翌年)に10,000人あたり455人だった罹患率が、その17年後の2004年には10,000人あたり1,423人と3.1倍になったことが報告されています。 また、アレクセイ・V・ヤブロコフ博士他『調査報告チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店2013年4月25日も是非とも読むべき本です。     この本が重要なのは、国際放射線防護委員会(ICRP)や国際原子力機関(IAEA)、国連科学委員会(UNSCEAR)が研究論文として採用していない、ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語などのスラブ系言語の文献、論文5000点以上の資料をまとめたものだからです。アメリカを頂点とする核兵器開発、原発開発、放射線医療推進の経済的団体は、チェルノブイリ原発事故がたいしたものではないかのように、あの手この手で市民をだまそうとしています。チェルノブイリ原発事故の被害の実相は、国際放射線防護委員会(ICRP)や国際原子力機関(IAEA)、国連科学委員会(UNSCEAR)の研究からは分かりません。これら被害現地の研究論文をすべて無視しているからです。放射線による健康被害についての論文は、すべてmSv(ミリシーベルト)と健康被害との関係に比例関係がないと、国際的な学術誌には掲載されない仕組みを、彼らが作り上げています。しかし、人間は部品の集まりのロボットのような存在ではありません。被ばく線量mSv(ミリシーベルト)と健康被害との関係に比例関係がないものばかりです。そもそも、初期被ばくの被ばく線量mSv(ミリシーベルト)は測定されていません。原発事故後の被ばく線量も、外部被ばくだけでは説明がつかない健康被害ばかりです。また、内部被ばくはそもそも測りようがありません。ストロンチウム90やウラン、プルトニウム239などは、ベータ線やアルファ線しか出さず、ガンマ線を出さないため、ホールボディーカウンターでは測れないからです。死後に死体を解剖し、骨からストロンチウム90を、各種臓器のスライド片からウラン、プルトニウム239の出すアルファ線を見つけるしかありません。国際放射線防護委員会(ICRP)や国際原子力機関(IAEA)、国連科学委員会(UNSCEAR)は、こうした人間の解剖学的な研究結果や、健康被害の疫学調査を無視した、原子力推進に都合がいい研究論文のつまみ食いしかしていません。  その原子力推進の学術研究の中心人物の1人が山下俊一氏です。  福島民友新聞さま。福島民報社さま。山下俊一氏について、特集記事を書きませんか。山下俊一氏の発言やさまざまな「放射線の専門家」たちの言説を報道してきた、責任がみなさんにはあると考えます。  また、今回の東京新聞の記事では、放射線医学総合研究所の理事、明石真言氏が、「福島県で疫学調査は必要性が薄い」と進言したことが報道されています(2019年2月19日付け、東京新聞朝刊20面)。そもそも、放射線医学総合研究所は、第五福竜丸が米水爆実験で被曝したビキニ事件をきっかけに1957年に設立されました。元乗組員の健康診断をしています。しかし、この放射線医学総合研究所は、かつての広島、長崎に設置されたABCC(アメリカ原爆障害調査委員会)と同様、ヒバクシャの調査研究はしますが、治療はしない機関です。第五福竜丸の乗組員23名のうち、1955年以降生き残った22名は、放射線医学総合研究所で毎年1回健康診断を受けていますが、うち12名の乗組員が肝臓がん・肝硬変をわざと見逃しにされたまま、それが原因で亡くなっています。      以下、東京新聞の記事、全文を紹介します。福島民友新聞さま、福島民報社さまの今後の報道姿勢を再検討する資料にしていただければ幸いです。 こちら特報部 背信の果て(5)(下) 「50ミリシーベルトでもリスク」突然却下 「行政的圧力に寄り倒された」東京新聞 2019年2月19日 朝刊21面 そもそも健康調査が不要とまで言えたのか。  国の公表資料や明石氏らの説明によれば、甲状腺の内部被ばくで一〇〇ミリシーベルトを、がんが増えうる目安にしていた。国が一一年三月下旬に行った測定ではそこに達する子どもがいなかったため、「被ばく線量は小さい」「健康調査を行うまでもない」と判断されてきたようだ。  しかし、国の測定は、対象地域が原発から遠い三十キロ圏外で、調べたのも千八十人だけ。地域的に偏りがあり、数が少ない。被ばくの全容は分からない。  そもそも一〇〇ミリシーベルトも注意が必要。福島県が行っている健康調査に携わる国際医療福祉大の鈴木元(げん)・教授が重要な指摘をしている。  時は二〇〇一年一月までさかのぼる。長く勤めた放医研を離れ、原爆放射線の影響を調べる「放射線影響研究所」にいた鈴木氏は、原子力安全委員会(原安委)の会合で「チェルノブイリでは五〇ミリシーベルトの甲状腺被ばくでもがんが増えたと言われる」と紹介する文書を示した。  鈴木氏は「ピーター・ヤコブというドイツ人の研究者がいて、学術雑誌の『ネイチャー』なんかで現地の話を書き、五〇ミリシーベルトでもリスクがあると分析していたから」と振り返る。  〇一年は茨城県東海村の臨界事故の翌々年。防災体制の見直しが進んでいた。原安委の会合では、甲状腺被ばくを抑える安定ヨウ素剤の服用基準を議論していた。鈴木氏は「がんは五〇ミリシーベルトでも増える」と考え、この値になりそうな場合は服用するという手順を提案しようとしていた。  公表資料によると、原安委は〇一年八月、本格的に服用基準を協議する「ヨウ素剤検討会」を始めた。委員の鈴木氏は、米国で「五〇ミリシーベルトで服用」を採用する動きがあると説明。年末に事務局が示した提言案に五〇ミリシーベルトが盛り込まれた。  しかし二週間後にあった上部会合の被ばく医療分科会で突然、服用基準から五〇ミリシーベルトが削除され、一〇〇ミリシーベルトになった。屋内退避基準の下限と同じ値だった。  鈴木氏は反発したが、そのまま〇二年四月に提言はまとめられ、国の指針に反映された。ただ、同時期にあった原安委の別会合の議事録を見ると、ヨウ素剤検討会に名を連ねた前川和彦・東京大名誉教授が一連の経過に触れ、「行政的な圧力に寄り倒された」と述べたことが記されていた。  「よう分からん。科学者が関わる話じゃない」。何があったか鈴木氏に聞くと、こう述べるだけだった。  ちなみにヨウ素剤検討会の主査は長崎大の山下俊一教授だった。福島原発事故からまもない一一年三月下旬、専門家に「避難指示区域内の被ばくは考慮すべきだ」と見解を示した一方、一般向けの講演で「放射線の影響はニコニコ笑う人に来ない」と話した人物だ。  ヨウ素剤の服用基準は、がんが増えうる目安としても使われた。ただ、実は一二年三月、原安委は国際的な動向を踏まえ「服用基準は五〇ミリシーベルトが適当」と記した文書をまとめていた。  後継組織として同年九月にできた原子力規制委員会は国の指針にそう書き込んでいない。甲状腺被ばく線量で服用基準を記さず「規制委が必要性を判断」などとなっている。がんの判断基準を曖昧にしたいのだろうか。  鈴木氏は規制委の会合でも「がんは五〇ミリシーベルトでも増える」と訴えてきた。微妙な成果が、事務方のまとめた文書の目に付きにくい場所に残されている。具体的には、ヨウ素剤服用の解説書にある付属資料。甲状腺がんの用語説明として、こう記される。  「甲状腺等価線量で五〇~一〇〇ミリシーベルト以上の場合、がんが発生する可能性がある」   (随時掲載します)  デスクメモ  2019・2・18  目に見えない放射線が住民を不安にさせていた原発事故直後、研究者や官僚が交わしていた驚くべき会話。何事も調べてみなければ分からないという、市民の常識は通じないのか。ろくに調査せず幕引きを急ぐ姿勢は、先日の統計不正の検証にも重なる。歴史は繰り返しているのか。(本)

雨に含まれる自然放射能と、原発事故や廃炉作業に伴うフォールアウトの見分け方

 2019年1月31日~2月1日、関東地方では空間線量の急上昇が見られました。いったん、茨城県東海村、核燃料サイクル工学研究所でのプルトニウム被ばく事故(前日の2019年1月30日14:24に発生)の影響を考えました。  結論としては、この関東地方の空間線量の急上昇は、自然放射能の影響であると考えます。信州ラボの一ノ瀬修一氏からていねいな説明をいただき、川根も独自に裏付け調査を行いました。  「雨が降ると急に空間線量率が上昇するのは、降雨とともに自然放射能が降ってくるからです。」という説明は、すべての場合で正しいとは限りません。しかし、2013年8月15日に長野県諏訪市や松本市で起きた、原発事故前のレベルを超える、空間線量率の急上昇は、自然放射能が原因であると結論します。一方、同じ年に発生した、福島県南相馬市旧太田村の120ベクレル/kg,150ベクレル/kg,180ベクレル/kgの放射性セシウム汚染のお米の発生は、東電福島第一原発3号機の屋上のがれき撤去作業による、放射性物質の飛散(風が原因)であると考えます。 (1)降雨によるフォールアウトまたは、風によるフォールアウトの実例 グラフ:福島県双葉町郡山(郡山公民館)空間線量率 2013年8月14日~8月21日 信州ラボ、一ノ瀬修一氏のアドバイスで作成しました。感謝いたします。 グラフ:東京都新宿区 モニタリングポスト 2011年3月1日~7月31日 ようこそ日本の環境放射能と放射線からデータをダウンロードし、作成。  東京都新宿区の場合は、降雨とともに、放射性セシウムなどが降下したため、空間線量率が上昇したまま下がりませんでした。福島県双葉町郡山(郡山公民館)の場合は、風によって、汚染された可能性があります。こちらも、空間線量率が急上昇したあとも放射線量率が高いまま、下がりませんでした。  ちなみに、東電福島第一原発3号機がれき撤去作業で、連続ダストモニタの警報が鳴り、作業員のからだが4万ベクレル/m2を超える放射能汚染になったのは2013年8月に2回。8月12日と8月19日でした。上の福島県双葉町郡山(郡山公民館)空間線量率の最大のピーク13:50に1.195マイクロシーベルト/時は、2013年8月19日警報が鳴った10:04から約4時間後です。この作業員2名の頭やからだが13万ベクレル/m2と7万ベクレル/m2に汚染されました。放射線管理区域は4万ベクレル/m2ですから、数時間の作業で、放射線管理区域の3倍や、2倍近くにもなったのです。そしてセシウム137などの核種が半減期30年という長寿命核種であるため、その後、以前の空間線量率より上がったままの状態がずっと続きました。 <参考>『福島県南相馬市旧太田村2013度産米 180ベクレル/kg 2013年12月20日 と 3号機屋上がれき撤去作業』 (2)自然放射能由来による空間線量率の急上昇と減衰の実例  川根は当初、2013年8月15日の長野県諏訪市の異常の空間線量率の上昇は、雨による自然放射能のビスマス214や鉛214の降下のせいではなく、東電福島第一原発3号機屋上のがれき撤去の影響である、と考えていました。原発事故前の過去のデータを分析すると、長野県でたとえ雨があっても、空間線量率が0.10マイクロシーベルト/時を超えることがなかったからです。原発事故前は、長野県には長野市にしかモニタリングポストがありませんでした。長野県長野市でのモニタリングポストでの日最大値は、2008年度は0.0634マイクロシーベルト/時(2008年8月19日)、2009年度は0.0627マイクロシーベルト/時(2009年11月2日)がでした。この日、長野県諏訪市では、空間線量率が最高0.147マイクロシーベルト/時まで上がりました。これは、先の2008年度、2009年度の最高値(ただし長野県長野市)のなんと2.3倍もの空間線量率になります。ここから、いったんは川根はこれは東電福島第一原発3号機屋上のがれき撤去の影響、と考えた次第です。 グラフ:長野県諏訪市 諏訪合同庁舎モニタリングポスト 空間線量率の推移と降雨 2013年8月14日00:00~8月21日00:00  しかし、信州ラボの一ノ瀬修一氏からのアドバイスにより、原子力規制委員会の放射線モニタリング情報から過去のデータをダウンロードし、グラフ化、分析しました。また、独自に国土交通省 気象庁の各種データ・資料から過去の気象データをダウンロードし、分析しました。すると、以下のことが分かりました。 ① 2013年8月15日の長野県諏訪市の降雨は観測史上最大の1時間あたりの降雨がありました。74.5mm/1時間あたり。長野県の山沿い以外は日本列島は高気圧に覆われ、快晴でした。 図:2013年8月15日(木)8割の地点で真夏日 長野県諏訪市で観測史上1位を記録する74.5/1hの雨 気象庁予報部予報課 [解説文] 2013年8月15日(木)  8割の地点で真夏日高気圧に覆われた西~東日本は猛暑が続き、午後は山沿いを中心に局地的な雨。沖縄は暖湿気の流入により断続的な雨。長野県諏訪で観測史上1位を更新する74.5mm/1hの雨。つまり、日本列島のかなりの範囲で降るべき雨が長野県諏訪市地方に集中的に降った。自然放射能のビスマスや鉛も東日本あたりに降る分が諏訪市あたりだけに落ちた、と考えることができます。しかし、逆に考えると、これほどの条件がそろわないと、0.10マイクロシーベルト/時を超える空間線量率は、長野県では観測され得ない、と推定できます。やはり、0.10マイクロシーベルト/時を超える超える空間線量率は危険信号です。 表:長野県諏訪 2013年8月15日(10分ごとの値) 国土交通省 気象庁 過去の気象データから 2013年8月15日10分ごとの値  ② 長野県諏訪市で、この最大0.147マイクロシーベルト/時を観測した2013年8月15日20:40pmからちょうど、4時間30分後の2013年8月16日1:10amに、長野県諏訪市の空間線量率は、降雨前の0.052マイクロシーベルト/時に戻りました。この4時間30分は鉛214の半減期26.8分のちょうど約10倍の時間(268分=4時間28分)にあたります。放射性物質は、半減期を迎えると0になる訳ではありません。半分の放射能になるだけです。放射性物質がほぼなくなるには、少なくとも半減期の10倍の時間が必要です。それは、1半減期で1/2になり、2半減期で1/2×1/2=1/4に。3半減期で1/8に、……、10半減期では1/2×1/2×……×1/2(10回かけ合わせる)=1/1024、と約1000分の2になるからです。つまり、1000ベクレル放射能で汚染されていても、10半減期後には1ベクレルになる、ということ。1ベクレルの放射能はないか、あるか、と問われればあります。しかし、あえて無視できるとすれば、1000が1になる、10半減期で放射性物質がほぼなくなる、と考えることができます。  雨で落ちてくる自然放射能のビスマス214や鉛214はそれぞれ3.3時間と4.5時間で1000分の1、ほぼ0になります。逆に考えると、セシウム137の半減期は30年、つまり、300年経たないとほぼ0にはなりません。ストロンチウム90の半減期は29年。つまり、290年経たないとほぼ0にはなりません。福島県の森林面積は97万2000ha、県面積の7割を占めます。この森林の放射能は300年の期間なくならない、ということになります。福島市や郡山市で除染したものの、雨や風が吹けば元通り、場合によっては、除染前よりも高い放射能汚染になることもあります。それは町のそばに森林があるからです。すなわち、高濃度に汚染された福島の地は300年かかって人が住めるか、住めないかです。  2013年8月15日の雨で長野県諏訪市は、自然放射能のビスマスや鉛によって、いったんは3万8800ベクレル/m2に汚染された、と考えることができます。空間線量率が0.10上昇すると、放射性セシウムの換算では、4万ベクレル/m2の放射能汚染に相当するからです。日本の法令上の放射線管理区域(法令上の名称は「管理区域」)の規定は4つありますが、その場所の表面汚染では4万ベクレル/m2と規定されています。2013年8月15日の雨で、いったん長野県諏訪市は、放射線管理区域相当になったのです。しかし、原因はビスマス214や鉛214でした。  ですから、4時間30分後には元通りです。 <結論>自然放射能のビスマス214や鉛214が降雨によって降ってきて大地が汚染された場合は、最大4時間30分後に元の空間線量率に戻ります。元に戻らなかったら、長寿命核種により大地が汚染された、ということです。その場合はセシウム137の場合、300年かかって1000分の1の放射能になります。ストロンチウム90の場合は290年かかります。  ただし、自然放射能でも、空間線量率は0.01や0.02の変動(上昇)は当たり前にあります。降雨の場合は0.03弱(上昇)あります。しかし、0.01マイクロシーベルト/時の上昇であっても、セシウム137の場合は、4000ベクレル/m2の汚染相当がある、ということです。これは、放射能汚染がないとは言えません。EUの規定では、「放射能汚染がないとされるのは2000ベクレル/m2」ですから(※)。長寿命核種セシウム137やストロンチウム90で、0.01マイクロシーベルト/時相当の汚染があった場合は、モニタリングポストの数値には表れない、ということは肝の銘ずるべきです。ちなみに、ストロンチウム90はガンマ線を出しません。ベータ線だけです。モニタリングポストや多くの空間線量計はガンマ線しか測れないので、ストロンチウム90の汚染は分かりません。ベータ線にも反応できる、ガイガーカウンターの空間線量計を放射線防護のために持つことが大切です。 ※ ピエルパウロ・ミッティカ『原発事故20年ーチェルノブイリの現在』柏書房 2011年10月1日 pp.40                      

茨城県東海村でプルトニウム被ばく事故 2019年1月30日 14:24pm。日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所。【訂正・改訂版2019年2月7日】

[訂正とお詫び] 2019年2月7日記 (4)で信州ラボさんの「2013-8-15 諏訪市 松本市の空間線量率上昇について」(2013年8月24日および8月25日)について、これは自然放射能ではなく、3号機屋上がれき撤去による放射性物質のフォールアウトである、と記事を書きました。  信州ラボの一ノ瀬修一氏より、丁寧な説明を頂きました。一ノ瀬氏のアドバイスに基づき、福島県双葉町郡山(郡山公民館)でのモニタポストの数値をダウンロードし、グラフを作りました。同様に、長野県諏訪市 諏訪合同庁舎でのモニタリングポストの数値をダウンロードし、グラフを作りました。これと、2013年8月の長野県の各地での降雨と、諏訪市で観測史上最大の降雨が観測されたことを合わせて考えると、川根の記述が間違っていました。福島県双葉町郡山では、風による3号機屋上がれきのフォールアウトがありましたが、長野県諏訪市や松本市での異常な空間線量の上昇は、ビスマス214、鉛214などの自然放射能のよるものであると考えます。  今回の茨城県東海村でのプルトニウム被ばく事故に関しても、爆発・炎上という放射性物質が何1000mの高度に巻き上がる事態にならない場合は、風下にのみ、その影響があるかもしれません。ただし、2019年1月30日14:24に事故を起こした、日本原子力研究開発機構が、川根が電話した事故翌日の1月31日11:25amの時点で、敷地内のモニタリングポストの数値を公開していなかったのは事実です。意図的にモニタリングポストの数値を隠した可能性を疑い、2019年1月31日および2月1日の空間線量の上昇も、その事故との関連を考えていました。しかし、その後、日本原子力研究開発機構が事故当時のモニタリングポストの数値を公表し、茨城県守谷市役所の空間線量の上昇が、原発事故前の範囲であるため、自然放射能(ビスマス214、鉛214など)の影響である、と考えます。  みなさんや関係者にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。2019年2月7日記 川根眞也 (1) 茨城県東海村でプルトニウム被ばく事故 2019年1月30日 14:24pm。日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所でまたしてもプルトニウム被ばく事故が起きました。日本原子力研究開発機構 大洗研究開発センターで5名がプルトニウム239を内部被ばくするという、プルトニウム被ばくでは史上最悪の事故が起きたのは、2017年6月6日でした。この時は作業員5名全員の尿からプルトニウム239が検出されました。果たして、今回の9名の作業員は内部被ばくなし、として入院していません。本当に大丈夫なのでしょうか? 『プルトニウム被ばく事故 日本、茨城県大洗町、日本原子力研究開発機構大洗研究開発センター  2017年6月6日』   ↑かなり長文です。しかし、日本原子力研究開発機構のやっていることがどんなことなのか、がよく分かります。これからも、プルトニウム被ばく事故が起きかねない現状を考える上で参考になると思います。 (2) 日本原子力研究開発機構は、2019年1月31日11:25am(事故翌日)現在で、事故が起きた1月30日14:24pmをはさむ、事故前後の敷地内モニタリングポストの数値を公表していませんでした。事故から2時間後の1月30日16:45~16:55の、しかもガンマ線だけでした。川根は、2019年1月31日11:25am(事故翌日)に日本原子力研究開発機構に電話して、以下2点を行うべきだ、と意見を述べました。広報課の堂野前さんに対応していただきました。 ① プルトニウム燃料第二開発室で警報が鳴った1月30日14:24pmをはさむ、事故前後の敷地内モニタリングポストの数値を公表すること。 ② プルトニウム燃料第二開発室の床面の、アルファ線汚染、ベータ線汚染、ガンマ線汚染を、2017年6月6日のプルトニウム内部被ばく事故と同様、公表すること。 です。2019年1月31日21:04の時点で、川根が確認したところ②が日本原子力研究開発機構により、公表されました。しかし、肝心の①の「プルトニウム燃料第二開発室で警報が鳴った1月30日14:24pmをはさむ、事故前後の敷地内モニタリングポストの数値」がホームページ上でどこにあるのか、わかりませんでした。2019年2月4日未明、なんと2019年1月30日の公表ページにこそっっと問題の数値を公表しているのを発見しました。 (3) 川根は2019年1月31日に、2019年1月31日から2月1日にかけての、関東地方の異常な空間線量率の上昇に注意を呼びかけるツィッター、facebookを書きました。①の事故前後のモニタリングポストの数値を日本原子力研究開発機構が公表しなかったからです。公表されたモニタリングポストの数値を見ると、環境中に空間線量率の上昇を引き起こすくらいの放射性物質の拡散はなかった、と判断します。しかし、これはあくまでもガンマ線核種だけの発表です。当面、雨や雪に当たらないよう注意して下さい。放射性物質は微量でも危険です。 プルトニウム燃料第二開発室α線用空気モニタ警報の吹鳴について 日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所 2019年1月30日  2019年1月31日現在 プルトニウム燃料第二開発室α線用空気モニタ警報の吹鳴について 日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所 2019年1月30日  2019年2月4日現在 東海村核燃料サイクル工学研究所 プルトニウム燃料第二開発室α線用空気モニタ警報 2019年1月30日 14:24発災 緊急時環境監視結果 ※ 2019年1月31日 11:25amに川根が日本原子力研究開発機構に電話した時点で公表されていたもの。事故発災時刻の前後をはさむものではない。 東海村核燃料サイクル工学研究所 プルトニウム燃料第二開発室α線用空気モニタ警報 2019年1月30日14:24 固定放射線観測局及び気象観測局による測定結果(1分値) ※ 2019年1月31日 11:25amに川根が日本原子力研究開発機構に電話した時点で公表されていたもの。事故発災時刻の前後をはさむものではない。 グラフ:発生時刻を含む平成31年1月25日0時から1月31日15時までのトレンドグラフ 日本原子力研究開発機構 2019年1月30日 ※ 2019年1月31日 11:25amに川根が日本原子力研究開発機構に電話した時点では公表されていない。日付は1月30日公表になっている。 グラフ:茨城県守谷市守谷市役所モニタリングポスト 空間線量率の推移と降雨 2019年1月27日23:00~2月3日22:00 (4)2019年1月31日および2月1日の空間線量率の上昇を自然放射能の影響である、と考える理由 その1  よく「雨で空間線量率の上昇が見られるのは自然放射線が雨とともに落ちてくるから」と説明されます。しかし、これはすべてにあてまはまるものではありません。 [2013年に起きたこと]  2013年8月15日長野県諏訪市および松本市で、0.16マイクロシーベルト/時や0.14マイクロシーベルト/時を超える、空間線量率の上昇がありました。また、2013年10月~12月南相馬市旧太田村で、お米が前年度は100ベクレル/kg超えが0なのに、120ベクレル/kg、150ベクレル/kg、180ベクレル/kgまで汚染されたものが見つかりました。  長野県諏訪市および松本市での、原発事故のレベルを超える空間線量の上昇は、降雨による自然放射能(ビスマス214,鉛214など)の影響であると考えます。しかし、南相馬市旧太田村の放射性セシウム汚染米ができたのは、東電福島第一原発3号機屋上のがれき撤去作業による放射性物質が風により飛散したからである、と考えます。  原発事故前の、2008年度の長野県松本市の1年間の空間線量率の「最高値」を調べてみました。最高値は0.0672マイクロシーベルト/時です。0.10を超える日はありませんでした。また、日の平均値は0.0356~0.0441マイクロシーベルト/時の範囲です。それぞれの日で最大値ー最小値を調べてみると、2008年8月19日が最大の変動幅で、0.0263マイクロシーベルト/時でした。2013年8月15日の松本市や諏訪市の空間線量率が0.08や0.09も上昇するのは、人工放射能のフォールアウトがあった、と考えるべきか、と考えました。  しかし、この日は、日本全体では高気圧に覆われ、全般的に晴れていました。ところが山沿いのみに局所的な雨が降り、長野県諏訪市では観測史上1位を更新する74.5mm/1時間あたりの降雨があったのです。長野県諏訪市などに、自然放射能(ビスマス214,鉛214など)が集中的に降ったために、雨の際の空間線量の増加分0.0263の3.4倍もの空間線量の上昇があった、と考えます。 図:2013年8月15日(木)8割の地点で真夏日 長野県諏訪市で観測史上1位を記録する74.5/1hの雨 気象庁予報部予報課  また、信州ラボの一ノ瀬修一氏に教えていただきました。降雨での前後の空間線量率の差でみると、福島県双葉町郡山(郡山公民館)と長野県諏訪市(諏訪合同庁舎)とでは、空間線量の減衰がまったく違うと。福島県双葉町は2013年8月19日以降、空間線量がいったん上がるとその後下がらなくなっています。これ長寿命核種の放射性物質のフォールアウトがあったことを示す、と。しかし、長野県諏訪市(諏訪合同庁舎)では、2013年8月15日に空間線量が急上昇したあと、空間線量がすっと下がっていきます。これは短寿命の自然放射能が崩壊し、その存在がなくなっていったからである、と。  ビスマス214は半減期19.9分。鉛214は半減期26.8分です。それぞれが例えば1000ベクレル/Lあったとしても、ビスマス214は199分(=3.3時間)、鉛214は268分(=4.5時間)で1ベクレル/Lになります。(※編集者注) ※ 放射性物質は10半減期(半減期の10倍の時間)経つと、当初の1000分の1のベクレル数になる。(1/2)×(1/2)×……×(1/2)(10回かけ合わせる)=1/1024≒1/1000だから。 [2019年1月31日に起きたこと]  再び、今回2019年1月31日及び2月1日の茨城県守谷市守谷市役所モニタリングポストのグラフを見ると、一時的に0.071マイクロシーベルト/時から0.11マイクロシーベルト/時まで、0.039マイクロシーベルト/時分上昇していますが、5時間後には0.069マイクロシーベルト/時まで下がっています。これは、長寿命による放射性物質による汚染ではなかったことを示しています。茨城県でもなかったのですから、関東圏にはなかった、と考えられます。 グラフ:茨城県守谷市守谷市役所モニタリングポスト 空間線量率の推移と降雨 2019年1月27日23:00~2月3日22:00 [2013年に起きたこと]  ところが、福島県双葉町郡山(郡山公民館)の空間線量率の推移をみると グラフ:福島県双葉町郡山(郡山公民館)空間線量率 2013年8月7日~8月14日  グラフ:福島県双葉町郡山(郡山公民館)空間線量率 2013年8月14日~8月21日   原子力規制委員会の放射線モニタリング情報でデータをダウンロードしたところ、2013年8月9日15:40~16:00のデータが欠落しています。この時に、1回目の風による放射性物質の降下があり、空間線量率の急上昇があったことが疑われます。次の、2013年8月19日13:50pmに空間線量が1.195マイクロシーベルト/時に急上昇した後は、空間線量が1.15マイクロシーベルト/時程度に上がったまま、1日たっても下がっていません。これは風によるフォールアウトがあったことを示しています。原発からは南南東の風が吹いていました。 表:福島県浪江町の2013年8月19日の風向  原子力規制委員会は、実測データをもとにした「シュミレーション」で、南相馬市旧太田村の放射性セシウム汚染米は、3号機屋上のがれき撤去作業が原因ではない、としました。しかし、反論した農林水産省は以下の資料を公開しています。根から放射性セシウムが吸収された(つまり、水田の水が原因)ではなく、葉面吸収が原因だと。それは、稲穂についた放射性物質の画像から明らかだ、と(イメージングプレートという手法で放射性物質を可視化できます)。 写真:玄米中の放射性セシウム濃度 140Bq/kg 中通りB市 2012年度産米    写真:玄米中の放射性セシウム濃度 180Bq/kg 小高区 2013年度産米 写真:小高区の試験ほ場で採取した稲穂のイメージングプレートの検出結果 2013年度産米 解説:直接付着による汚染メカニズムー汚染には、花汚染、葉面汚染、基部汚染という直接放射性物質を吸収するメカニズムがある。根から吸収する間接吸収だけではない。  (5)2019年1月31日および2月1日の空間線量率の上昇を自然放射能の影響である、と考える理由 その2 [2011年3月に起きたこと]  「雨で空間線量率の上昇が見られるのは自然放射線が雨とともに落ちてくるから」との説明がいつも当てはまるものではありません。この説明が当てはまらない実例は、2011年3月の東京都新宿区での降雨による、空間線量の上昇が挙げられます。  2011年3月12日東電福島第一原発1号機が爆発、3月14日3号機、3月15日2号機で圧力抑制室底抜け、4号機爆発。関東地方に2011315日に原発事故以降、初めてのまとまった雨が降りました。また、3月21日~23日にも関東一円で雨が降りました。原発事故前は0.0346マイクロシーベルト/時だった、新宿区は原発事故はずっと0.060マイクロシーベルト/時の状態が続きました。これは放射性セシウムなどの長寿命の人工放射性物質で町が汚染されたからです。この上昇の大きさは0.025マイクロシーベルト/時程度です。日本の放射線管理区域は4万ベクレル/m2です(ガンマ線、ベータ線核種の場合)。大地が4万ベクレル/m2セシウム137で汚染されると、空間線量は0.10マイクロシーベルト/時上がります(地上1mの高さで)。したがって、首都東京は0.025上がった、0.10の4分の1上がったので、平均して1万ベクレル/m2の放射能汚染地帯になったことを示しています。 グラフ:東京都新宿区 モニタリングポスト 2011年3月1日~7月31日  しかし、今回の事故の影響で、雨や雪に微量なりともプルトニウム239が混じっていないとは断言できません。未だに、日本原子力研究開発機構は降雨の核種分析結果を公表していないからです。当面、雨や雪に当たらないことは変わりません。日本原子力研究開発機構は雨や雪の核種分析結果も公表すべきです。              

政府基幹統計、4割の22統計に間違い 抽出方法など 朝日新聞 2019年1月24日

政府基幹統計、4割の22統計に間違い 抽出方法など 朝日新聞   別宮潤一 2019年1月24日 衆院厚労委閉会中審査で質問に答える根本匠厚労相=2019年1月24日午前9時1分、国会内、越田省吾撮影  「毎月勤労統計」をめぐる厚生労働省の不正調査問題をうけ、政府が56ある基幹統計が適正に調査されているか点検した結果、4割にあたる22統計に計31件の間違いなど何らかの問題があったことが24日、わかった。このうち統計法違反に該当する可能性がある間違いも21統計あった。 【詳報】統計不正、厚労委で閉会中審査  点検結果をまとめた総務省が同日発表した。24日夜に記者会見した三宅俊光・総務省政策統括官は、「(過少給付につながった)毎月勤労統計のような重大な事案はなかった」としているが、政府の統計の取り扱いのずさんさが改めて浮き彫りになった形だ。統計を所管する同省は今後、調査結果を同省の統計委員会に諮り、233ある一般統計も含めて点検し、再発防止策を探る「専門部会」も新たに作る方針。  データの数値に誤りがあったのは国土交通省の「建設工事統計」。1事業者が施工高などを「百万円単位」で書くべきところ、「万円単位」で記入したため、公表した全体の値が実態よりも大きかった。ほかにも7事業者で誤記載があった。国交省は同日、17年度の施工高を15・2兆円から13・6兆円に訂正。前年度比伸び率も14・9%から2・5%に下方修正した。  このほか、総務省の「住宅・土地統計」や財務省の「法人企業統計」、文部科学省の「学校教員統計」など9統計で、計画通り集計されていなかったり、公表されていなかったりする事項があった。問題の発端となった厚労省の毎月勤労統計でも、従業員30人以上の事業所について産業別の賃金水準の分布を示す資料で、本来は賃金水準ごとの事業所数を記すべきなのに、割合を記載する誤りがあったという。  また、国土交通省の「建築着工統計」では、一部の都道府県の抽出方法が国が示している手順と細部で違っていた。経済産業省の「商業動態統計」など16統計では、調査方法の変更を総務相に申請しなかったり、計画通り公表されなかったりするなど、「手続き上に問題がある」とした。  統計法違反に該当する可能性のある21統計は、総務相の承認を定めた同法9条に抵触する可能性があるという。調査手法や項目などで総務相の承認内容と異なっていたとみられる。  今回の基幹統計の点検は、厚労省が所管する毎月勤労統計で不正調査が発覚したことを受け、菅義偉官房長官が今月11日、各府省庁に指示していた。(別宮潤一)     ◇ 問題が見つかった基幹統計(※は重複) 誤った数値を公表→訂正 建設工事統計(国土交通省) 集計・公表漏れ 住宅・土地統計(総務省) 経済構造統計(同) 全国消費実態統計(同) 法人企業統計(財務省) 学校教員統計(文部科学省) 毎月勤労統計(厚生労働省) 建築着工統計(国交省) 鉄道車両等生産動態統計(同) 経済産業省企業活動基本統計(経済産業省) 都道府県の作業手順に誤り ※建築着工統計(国交省) その他手続きに問題 商業動態統計(経産省) ※経済産業省企業活動基本統計(同) ガス事業生産動態統計(同) ※建築着工統計(国交省)2件 自動車輸送統計(同)2件 港湾統計(同)2件 造船造機統計(同)2件 ※鉄道車両等生産動態統計(同) 法人土地・建物基本統計(同) ※学校教員統計(文科省) 社会教育統計(同) 薬事工業生産動態統計(厚労省) 医療施設統計(同) 患者統計(同) 牛乳乳製品統計(農林水産省) 農業経営統計(同)      ◇  〈基幹統計〉 国の公的統計のうち、特に公共性が高く重要な56の統計で政府が政策立案する際の根拠となる。毎月勤労統計のほか、国勢調査の統計や国民経済計算などがあり、調査手法や対象、項目などを変更するには総務相の承認を得る必要がある。作成に関わる人が「真実に反するものたらしめる行為」をした場合の罰則は、「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」。

11歳少女 100ミリシーベルト被ばく 福島事故直後 放医研で報告 「がん発症増の目安」 政府は「確認せず」 東京新聞 2019年1月21日1面 【改訂第2版】

初稿:2019年1月23日22:34pm 訂正・第1回改訂:2019年1月24日9:07am 第2回改訂:2019年1月25日10:18am  改めて東京新聞の記事を読むと、双葉町の事故当時11歳の少女(1面)と、こちら特報部(28面、29面)の事故当時中学3年生の女の子は別の事例であったので、書き直しました。ここに深くお詫びします。2019年1月21日東京新聞の記事(1面)からには、双葉町の事故当時11歳の少女が甲状腺がんにかかり、手術を受けたかは書かれていませんでした。(2019年1月24日追記)  翌日2019年1月22日朝日新聞26面の記事「11歳100ミリシーベルト被曝疑い 福島第一原発事故 甲状腺の周囲」(写真2)には、この11歳の少女について、「2011年3月17日ごろ郡山市の体育館で、双葉町から避難してきた女児の体を測定」とありました。先の東京新聞には「取り込み(=被ばく)は3日前として」とあります。したがって、被ばくした日の推定を2011年3月12日から3月14日に変更します。東電福島第一原発3号機が爆発した日です。双葉町では2011年3月12日朝には、双葉町から町外への避難指示を前町長 井戸川克隆氏が出しています。川俣町を避難場所に指示しました。原発事故の際には大型バスで避難することになっていましたが、双葉町への道は地震のためあちこちで寸断されており、大型バスは1台も来ませんでした。そのため、自家用車での避難を呼びかけた、と言います(2019年1月23日第13回口頭弁論報告集会にて。井戸川克隆氏)。つまり、11歳の少女は3月14日の時点では双葉町にはいなかったはずです。(以下、図3 国会事故調 避難した住民の割合)2011年3月12日朝5:44am、政府は原発から10km圏内の避難指示、同3月12日18:25pm原発20km圏内の避難指示を出しています。川俣町も郡山市も以下の図3に示すように、原発20km圏外にあります。この2日後、3月14日に双葉町の少女がどこにいたのかはまだわかりません。前双葉町長 井戸川克隆氏の指示に従い、家族とともに川俣町に避難していたかもしれませんし、または、家族が別行動をしていて、他の場所にいたかもしれません。ちなみに、前双葉町長 井戸川克隆氏は2011年3月12日東電福島第一原発が爆発した13:36pmに、双葉町厚生病院などの施設で避難できていない町民の避難誘導にあたっていました。前双葉町長 井戸川克隆氏は内部被ばく337ミリシーベルトを超える被ばくをしています(注1)。  川俣町に避難した双葉町民は約3,000数百人。しかし、2011年当時、双葉町の町民は7,100人いました。3,000人を超える双葉町民が自家用車で別行動を取って避難していました。11歳の少女が2011年3月14日に「外で遊んでいて被ばくした」のは、どこだったのでしょうか?もし、この11歳の少女が川俣町に避難していたのであれば、2011年3月13日およに3月14日に、 前双葉町長 井戸川克隆氏の指示で、安定ヨウ素剤を避難先の川俣町で服用しています。「12日に川俣町に避難して、次の日の13日に保健師から『町長どうしますか』って聞かれて、『ヨウ素剤を飲ませろ。責任は俺が取るから』と答えて、13日と14日の2日間で飲ませました。」「国会事故調の報告によれば、双葉町では川俣町に避難していた住民に配布。服用したのは少なくとも845人以上。」井戸川克隆『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたか』駒草出版2015年 pp.87~89。  もし11歳の少女が、川俣町に避難せず、別行動を取っていたとすれば、原発20km圏内ではなく原発20km圏外で2011年3月14日の3号機爆発の放射能プルームを吸い、100ミリシーベルト程度の被ばくをした可能性があるのです。しかも、安定ヨウ素剤は服用していない可能性が大です。  もし11歳の少女が、川俣町に避難していた場合は、川俣町で2011年3月14日の3号機の爆発の放射能プルームにより被ばくし(注6)、また、安定ヨウ素剤も服用しているはずです。もし別行動を取り、川俣町以外にいた場合は、原発20km圏外で被ばくしています。また、安定ヨウ素剤は飲んでいません。いずれにしても、この事実は、この少女だけではなく、もっと多くの子どもたちが100ミリシーベルトの被ばくをしている事を示唆しています。だからこそ、放射線医学総合研究所は事実をひた隠しにしてきたのではないでしょうか。東京新聞の情報公開請求によって、初めて明らかになった事実です。(追記:2019年1月25日) (1)東京新聞が非常に大事なスクープをしました。東京電力の引き起こした、福島第一原発事故で事故当時11歳の双葉町の女の子が甲状腺に100ミリシーベルトを超える被ばくをしていた、どいうのです。この女の子は、2011年3月14日(注:川根が推定,2019年1月25日訂正)に被ばくし、郡山市の体育館(ビックパレットふくしま 写真6)でスクリーニング検査を受けたところ、甲状腺のある頸部に5万~7万cpmの放射線がカウントされました。この少女は双葉町の女の子でした。「双葉町にいて友達と外で遊んでいた」とあります。(少女も、前双葉町長 井戸川克隆氏と同様、1号機爆発の塵やゴミを身に受けて、皮膚からヨウ素131を吸収してしまった可能性があります:削除 2019年1月25日)しかし、2011年3月12日朝には、双葉町の町内の防災無線のスピーカーを使って「川俣町に避難して下さい」と避難指示を呼びかけています。2011年3月14日には双葉町には誰もいなかったはずです。双葉町の町民の多くは2011年3月12日のうちに川俣町に避難しました。11歳の少女は、原発から20km以上離れた川俣町か別の市で被ばくした可能性があります(写真1)。   また、こちら特報部の記事(同日28面、29面)では、福島県中通りの当時中学3年生の女の子は、被ばくから4年後、2014年に甲状腺がんと診断され、甲状腺がん摘出の手術を受けています。彼女は、当時中学3年生、進学する高校の手続きなどで外に出て、雨にも濡れた、と言います(注2)。 写真1 11歳少女 100ミリシーベルト被ばく 「がん発症増の目安」 本誌請求で公開 福島事故直後 放医研で報告 政府は確認せず 東京新聞 2019年1月21日 朝刊1面 写真2 11歳100ミリシーベルト被曝疑い 福島第一原発事故 甲状腺の周囲 2019年1月22日朝日新聞 朝刊26面 図3 避難した住民の割合 国会 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会 報告書 2012年9月 図4 福島第一原子力発電所からの距離 酪農学園大学 環境システム学部 生命環境学科 環境GIS研究室作成 (注1)前双葉町長の井戸川克隆氏は、東電福島第一原発1号機が爆発した2011年3月12日15:36pm、双葉厚生病院、社会福祉施設、ふたば福祉会せんだんの3つの施設がある場所で、避難誘導に当たっていました。その時に1号機が爆発し、井戸川克隆氏は1号機の塵、ゴミを身に浴びています。「たぶん建物の中の断熱材」「それがふわっーと音もなく空から落ちてくる」「私らのところには10センチくらいの大きなかけらのようなものが落ちていました。ゆーっくりと舞い落ちる牡丹雪のようです」。井戸川克隆『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたか』駒草出版2015年 pp.42~43。「そのときに持っていた線量計は振り切れて計測できませんでした。だからその日の夜に、私たちは職員と3人で福島県立医大に行って(内部被ばくを)計測してもらったんです。きっといい加減にされると思ったから。」「その数字は正確にはしゃべれない。セシウムが137が万単位のベクレル。ヨウ素が10万単位のベクレルだけ言っておきます。」同書 pp.226  原発の爆発の塵、ゴミを身に浴びるだけで、これほどの被ばくをしてしまうのです。日本放射線安全管理学会の報告書には、「一般公衆の成人の甲状腺部位にヨウ素131が10万ベクレルあったときは、甲状腺等価線量は337ミリシーベルトになる(ヨウ素131の粒子口径を1.0マイクロメートルとしたとき)」とあります。すなわち、井戸川克隆氏は、少なくとも甲状腺の内部被ばく337ミリシーベルトの被ばくをしたことになるのです。 参考資料:井戸川克隆氏 体内にヨウ素131 31万ベクレル。内部被ばくは1シーベルトか? (注2)福島県立福島高校などの県立高校の合格発表は、原発事故でもっとも高い放射能プルームが福島市を襲った、2011年3年15日の翌日3月16日に強行されました。ツィッターで宍戸俊則さんはこう書いています。「2011年3月15日。当時の首相菅直人氏は、福島県知事佐藤雄平氏に、子どもや妊婦の優先避難を援助する意向を伝えようとしたが、『これ以上福島県民を減少させないのが私の使命』と断言した県知事に、避難援助の申し出はできなかったとされる。」と。福島県知事も菅直人首相も、福島県の当時中学3年生の受験生が被ばくすることを知りながら、高校の合格発表を優先したのです。そして「福島市の公式空間線量最高値は、2011年3月15日23時20分計測の23.90μSv/hだった。それでも、福島県やメディアからは、原発から30キロ以遠に関してはなんの警告もなかった。ラジオ福島は、空間線量は放送したが、その意味は伝えなかった。」(宍戸俊則さん)この高校の合格発表の日、福島市では「2011年3月16日。11時ころから、福島市の私の勤務先の天候は、雨と雪が交互に降る状況。 当時の線量は福島市公式発表で、18.60μSv/h。 http://t.co/t7wRJUELZl 当然だが、雨や雪には放射性物質が付着している。  @karitoshi2011」(宍戸俊明さん)宍戸俊明さんのツィッター2014年3月16日  福島県中通りの事故当時中学3年生は、この2011年3月16日に1日屋外にいて、雨を身に受けたのではないでしょうか。彼女もまた数10ミリシーベルト、あるいは100ミリシーベルトを超える被ばくをした可能性があります。 (2)双葉町の前町長井戸川克隆氏の英断により、福島県の原発立地自治体および周辺自治体の中で唯一、双葉町だけが町民を福島県外に逃しました。また、三春町と同様に2011年3月13日と3月14日に40歳以下の住民に安定ヨウ素剤を服用させています。少なくとも845人以上。そのせいか、以下のように、周辺自治体では、多くの小児甲状腺がんの患者が出ているのも関わらず、双葉町では小児甲状腺がんの患者は出ていませんでした(注3)。本日、2019年1月23日、ふるさとと大地と空気と海を汚した原発事故を引き起こした、東電と国とを訴える、第13回井戸川裁判口頭弁論が開かれました。その報告集会の席上で、前双葉町町長の井戸川克隆氏は「この少女の目の前に、町長だった私と福島県知事と首相が行って、被ばくさせて申し訳ないと謝なくてはならない」と声を絞り語りました。しかし、この11歳の双葉町の少女は元気なようです。また、前双葉町町長の井戸川克隆氏は、本来安定ヨウ素剤は被ばく後に服用させるものではなく「予防服用になっていた」(注4 記事の最後 東京新聞の記事の後に記載)と話しました。(2019年1月25日改訂)  しかし、双葉町(前 井戸川克隆町長)が町民を埼玉県に避難させたからこそ、追加被ばくは、いわき市や会津若松市に避難した市町村の住民よりも低かった、と思います。被ばくさせ続けれたのは、福島市、郡山市、伊達市、二本松市、相馬市、田村市、南相馬市などの住民です。これらの住民にも避難指示があれば、小児甲状腺がんの患者は少なくとも双葉町くらいには少なくなった可能性がある、と考えます。(2019年1月24日改訂) (注3)2017年6月30日現在の福島県市町村別、小児甲状腺がんの発症状況。3巡目検査から福島県の県民健康調査検討委員会は市町村別の発表を取りやめたので、それ以降の患者の市町村別は不明です。出典:第23回福島県県民健康調査検討委員会「甲状腺検査(先行検査)」結果概要【平成27年度追補版】 2016年6月6日。第28回福島県「県民健康調査」検討委員会 「甲状腺検査【本格検査(検査2回目)】」結果概要 2017年10月23日。 双葉町 福島県外に全村避難中     小児甲状腺がん 0人(注4) 葛尾村 全村避難、帰還準備開始  小児甲状腺がん 0人 広野町 もと緊急時避難準備区域 2012年4月1日解除                    小児甲状腺がん 0人 福島市 避難指示なし 小児甲状腺がん 22人                                      (先行検査12人 2巡目検査10人) 二本松市 避難指示なし 小児甲状腺がん 6人             (先行検査5人 2巡目検査1人) 福島市 避難指示なし 小児甲状腺がん 22人                                      (先行検査12人 2巡目検査10人) 伊達市 避難指示なし 小児甲状腺がん 9人                                    (先行検査2人 2巡目検査7人) 郡山市 避難指示なし 小児甲状腺がん 43人                                    (先行検査25人 2巡目検査18人) 相馬市 避難指示なし 小児甲状腺がん 1人                                    (先行検査0人 2巡目検査1人) 田村市 都路地区のみ避難指示      2014年4月都路地区避難指示解除      小児甲状腺がん 5人                                     (先行検査3人  2巡目検査2人) 南相馬市 市の北部は避難指示なし         小児甲状腺がん 6人                                     (先行検査2人  2巡目検査4人) いわき市 避難指示なし         小児甲状腺がん 33人                                      (先行検査24人 2巡目検査9人) 会津若松市 避難指示なし       小児甲状腺がん 8人                                     (先行検査7人 2巡目検査1人) (注5) 東京新聞の記事によれば(最後に全文を掲載)、別の福島県中通りの当時中学3年生の少女は、被ばくから4年後、甲状腺がんと診断されています。この女の子がこの中通り(郡山市・田村市など)の人数に含まれているかは、明らかではありません。B判定(結節5mm以上または嚢胞20mm以上)となり、「経過観察」になった場合、次の検査は2年後です。また、3巡目検査からは20歳超えは5年置きになります。「経過観察」でも、彼女のように福島県立医大から呼ばれて、検査を受けます。県民健康調査の検査から、次の2年後の検査または5年後の検査の間に見つかった小児甲状腺がんの患者はたとえ福島県立医大で見つかった患者でも、県民健康調査の統計には載らない、のです。これが、小児甲状腺がんの患者数を低く見せるトリックとなっています。 (注6) 川俣町でも線量計の針は振り切れた。2011年3月14日 「私たちが(2011年3月12日夕方)たどり着いた建物は、川俣町合宿所『とれんぴあ』と言う場所で、川俣町が用意してくれました。その夜は三千数百人のおにぎりを川俣町の町民の皆さんが炊き出してくれました。」「この先どうなるだろうと不安で仕方がなかった。その時も線量計を窓際に置いていました。そしたら14日に3号機が爆発して、また針が振り切れた。その後雪が降ったので放射性物質が相当落ちていたと思います。」井戸川克隆『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたか』駒草出版2015年 pp.46~47 「川俣町でも3号機の爆発があった時には、その計器の針が通常のレベルから1レンジ上げないと測れなかったんです。川俣町は双葉町から50km以上離れているのに、こんなに高いのでは、だめだと。ここも危ない。そこで遠くへ行こうと判断したわけです。」同書 pp.55~56(追記:2019年1月25日)   (3)川根は、この間、福島県民健康調査検討委員会が、「3巡目検査からは20歳超えは5年置きの節目検査とする」とした決定を批判してきました。残念ながら、新聞もインターネットでもこの問題を取り上げる論調は川根が知る限りありませんでした。「福島で見つかっている小児甲状腺がんの事故当時の年齢はチェルノブイリ原発事故後の小児甲状腺がんの多発の事故当時0~6歳とは違う。だから、原発事故による放射線の影響ではない。」という、福島県立医大などの見解を新聞はただ報道してきただけです。  なぜ、福島県の小児甲状腺がんの患者の年齢層がチェルノブイリ原発事故と違うのか?を考えないのでしょうか?それは判断停止に過ぎません。それは、この当時中学3年生(14歳か15歳)だった少女が語っているように、2011年3月16日(と思われる)に福島県の避難指示の出ていなかった地域で、福島県立高校の合格発表と手続きが行われたからです。つまり、中学3年生、事故当時14歳~15歳が原発事故があったにもかかわらず、高校の合格発表があったために1日外にいて被ばくした可能性があるのです。先行検査の小児甲状腺がんの患者の平均年齢(事故当時)が14.9歳。これはすべてを語っているのではないですか?原発事故から早8年が経とうとしています。この世代は22.9歳になります。しかし、25歳の「節目検査」までは、甲状腺超音波検査は受ける機会がないのです。  福島県の市民のみなさん、甲状腺超音波検査をせめて2年置きにもどす取り組みをして下さい。大手の全国新聞は、東京新聞以外はほとんど、福島県の小児甲状腺がんの患者のことを報道しません。福島県の市民のみなさんが声を上げないで、誰が声を上げるのでしょう。そして、放射能が、福島県と他の県境で止まることがないのは、みなさんもご存じのはずです。ことは、福島県だけではなく、少なくとも、東日本全域の問題です。民間団体「3.11甲状腺子ども基金」は、甲状腺がんの患者に、10万円の手のひらサポートを支給しています。また、甲状腺がんの手術のため、RI治療を受けた方に更に10万円。さらに、再手術をされた方に10万円を支給しています。このサポートを受けた方は、 岩手1名、宮城3名、福島69名(うち8名は県民健康調査検討委以外で見つかった方)、群馬1名、千葉2名、埼玉4名、神奈川4名、東京4名、長野2名、山梨1名、静岡1名、新潟1名、茨城2名、秋田1名(2017年8月2日公表現在) ほか24名の方(都県名不公表)に給付。 RI治療の方に追加10万円給付、15名。 再発・転移されて再手術された方に追加10万円を給付、8名。 ー2018年5月16日発表 3.11甲状腺がん子ども基金 です。東日本全域の事故当時0~18歳の子ども・青年全員に甲状腺超音波検査を行うべきです。「チェルノブイリ原発事故後の小児甲状腺がんと違う」などと寝ぼけたことを言っている時ではありません。原発事故から10年前後が発症のピークになると考えられます。東京パラリンピック、オリンピックの2020年前後です。問題を隠すことで儲けようとしている人々が多い日本。お金より命の政治に換えなければ、子どもたちと子どもたちの未来は救えません。  福島県の市民だけでなく、日本の市民が立ち上げることを切に切に望みます。 こちら特報部 背信の果て(1)(上) 線量測定わずか1080人 東京新聞 2019年1月21日 朝刊28面  東京電力福島第一原発事故後、福島県は子どもの甲状腺がんを調べる検査を始めた。対象者は約四十万人。通常より多く見つかり、疑いを含め二百六人に上る。国や県は、がんの原因となり得る被ばくの線量が少ないことを主な理由にして事故の影響を否定する。しかし国が被ばく線量を測った子どもは千八十人のみ。今回判明した「一〇〇ミリシーベルトの少女」は漏れた公算が大きい。被害の全体像から目を背けた裏に何があったのか。情報開示請求で入手した文書で「背信」の数々を明らかにする。(榊原崇仁)  「被害を隠したいのバレバレ」  チェルノブイリ 30万人超調査  「一〇〇ミリシーベルトの少女」が福島県双葉町にいたとされる事故発生時、同県中通り地方で暮らす中学三年生だった女性。大学進学後、甲状腺がんが見つかった。二十代の今、「私の家系で甲状腺がんになった人はいない。被ばく以外に原因が考えられない」と憤る。  甲状腺は新陳代謝に関わるホルモンを分泌する器官。事故で放出された放射性ヨウ素は呼吸などで体に入ると甲状腺に集まり、がんの原因となる内部被ばくをもたらす。一九八六年のチェルノブイリ原発事故で、特に子どもの甲状腺がんが多発した原因とされる。がんの検査を行う県の資料にも、同事故で「一〇〇ミリシーベルト以上でがん発症」とある。  二〇一一年三月、原発が次々と爆発し、大量の放射性物質が放出された。両親は「家の中にいて」と娘の身を案じた。それでも、進学する高校の手続きなどで外に出て、雨にも濡れた。  四年後、大学生の時に福島県の超音波検査を受けた。その後、県立医科大に呼ばれ、詳しい検査の後、「甲状腺がんです」と宣告を受けた。「私は覚悟してたけど、母の泣きそうな顔を見るとつらかった」  医大の患者対応に信頼が持てず、手術は別の病院で受けた。転移はなく、今は東京都内の会社で働く。時々、再発しないか不安になる。そしてもう一つ、消えない思いがある。「事故のせいでは」  国、県はその思いを認めない。被災した人たちはそれほど被ばくしていないから、関連性は「考えにくい」という理屈だ。  根拠の一つとなる甲状腺の被ばく測定は、国が一一年三月下旬に行った。対象は、避難や屋内退避の指示が出なかった原発から三十キロ以上離れた地域。福島県いわき市と川俣町、飯舘村で十五歳以下の千八十人を調べて打ち切った。この結果などを基に「線量が少ない」としている。  だが、この数はチェルノブイリ事故の被災三カ国で測定した計三十万人以上と比べて少なすぎる。福島県が甲状腺がんの検査対象とした事故当時十八歳以下の県民約四十万人に占める割合も0・3%でしかない。  実は、事故時、すでにあった国の指針類や福島県のマニュアルでは、放射性ヨウ素による内部被ばくを想定し、対応を示していた。チェルノブイリ事故後、子どもの甲状腺がんが多発したことも含め、国は当然、甲状腺被ばくの危うさを知っていた。それなのに、国は大多数の被災者の被ばく線量を測定しなかった。放射性ヨウ素の半減期は八日と短く、二、三カ月で消えてしまうため、今から測定し直すこともできない。  女性も測定を受けておらず、憤りを隠さない。「もうバレバレですよね。被害を隠したいっていう意図が。世界的に起きたことがないような事故だから、いろんなデータを取らないと何も分からないのに。結局、補償を払いたくないんでしょうね」 (注4)安定ヨウ素剤の「予防服用」  現在、安定ヨウ素剤が原発再稼働のために事前配布されていますが、原子力規制委員会は空間線量で500マイクロシーベルト/時が観測される、あるいは、1週間で100ミリシーベルトの被ばくが予想される場合に服用指示を出す、としています。これは被ばくしてからの服用であり、「結果服用」と言います。本来、被ばくしてから8時間も経てば、安定ヨウ素剤の効果は40%になります。甲状腺がんですら防げません。もし、甲状腺ブロックと言われる、放射性ヨウ素を甲状腺に取り込まないようにするためには、被ばく24時間前に服用しなくてはなりません。しかし、日本政府が原発が爆発する24時間前に、「原発が危ない。24時後には爆発するかもしれない」と教えてくれるでしょうか。  以下に、原発事故までは、40歳以上は安定ヨウ素剤の服用の効果はない、と言っていた放射線医学総合研究所が、原発事故後2012年に出した「甲状腺疾患」という書籍に掲載された論文です。ここにははっきりと、被ばく24前の服用でしか100%近いの甲状腺ブロックの効果はない、と書かれています(正確には93%、100%ではない)。最新医学別冊 新しい診断と治療のABC『甲状腺疾患』改訂第2版 編集森昌朗 最新医学社pp.252~261 2012年10月25日刊。 『原発事故 安定ヨウ素剤服用のもっとも効果的なのは被ばく24時間前と被ばく後2時間後』 写真6:2011年3月17日(木)スクリーニング実施場所 ラジオ福島

早野龍五論文と同じ意図を持つ、読売新聞の「年間20ミリシーベルトでも安全」記事(増満浩志)

[サイエンスOpinion]被曝線量 数字に惑わずに…編集委員 増満浩志 2019年1月20日 読売新聞 朝刊 34面  放射線防護の枠組みは分かりにくい。特に原発事故後の対応は、平常時と大きく変わるだけに理解されづらく、「安全基準を緩めた」と批判されることもある。リスクは「あるかないか」でなく、「どのくらい高いか低いか」が重要で、その判断には数字の意味を正しく理解することが欠かせない。科学的な根拠を飛び越えて「放射線量が年20ミリ・シーベルトでは危険」「いや心配ない」などと議論するのは不毛だ。   「平常時」「復旧期」異なる基準    もし、基準値の100倍の放射性セシウムを含む肉を200グラム食べたら、どのくらい被曝(ひばく)するか。被曝線量は約0・03ミリ・シーベルト。全く心配ない。この基準は「流通する食品の半分が基準値すれすれ」という極端な想定で作られたからだ。1食なら「100倍」でも微々たる量に過ぎない。  数字や基準には、意味がある。その意味を考えて、表面的な数字の大小に踊らされないようにしたい。  福島第一原発事故による汚染地域の避難指示について、政府は「年20ミリ・シーベルトを下回ること」を解除の条件としている。一般人の追加被曝線量は、平常時は「年1ミリ・シーベルト」が上限なので、「20倍、危険になった」と感じる人もいる。  「年1ミリ・シーベルト」も「年20ミリ・シーベルト」も、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づく数字で、長期間の累積線量をできるだけ抑えるのが目標だ。そのための手段として年ごとの線量を抑える。がんのリスクは累積線量に比例すると考えられ、ある年の線量だけで決まるわけではない。状況次第で「できるだけ」の程度は変わり、緊急時は「20~100ミリ・シーベルト」の範囲から線量の目安(参考レベル)を選ぶ。  事故後の復旧期には、平常時へ近づけるため、「年1~20ミリ・シーベルトの範囲の下方」から参考レベルを選ぶよう勧告されている。福島県飯舘村では年5ミリ・シーベルトを目安に除染が進み、2017年春に帰還が始まった。  大分県立看護科学大の甲斐倫明教授は「参考レベルは『超えてはいけない限度』ではない。超える人を減らしていくための目標で、改善が進んだら下げるなど、状況の変化に応じて変えていくものだ」と説明する。  避難指示解除の条件「年20ミリ・シーベルト」は、数字が独り歩きしている。この数字は、政府が航空機で測った空間線量を基に推定する被曝線量だが、実際の被曝線量は大概、もっと低い。  産業技術総合研究所の内藤航(わたる)・研究グループ長らは15~16年、帰還準備などで飯舘村に入った38人に、線量と居場所を小刻みに記録する測定器を持ち歩いてもらい、どこでどのくらい被曝したかを調べた。その計測値が「同じ場所の航空機測定による空間線量に比べて何%か」の比率(ER)を、まず38人それぞれについて平均すると、戸外で8~36%(平均値18%)、自宅で6~27%(平均値15%)に過ぎなかった。  ERの平均値を使い、村民が帰還して毎日8時間を屋外で生活した場合の追加被曝線量を試算した。避難指示が今も続く長泥地区以外はほぼ年5ミリ・シーベルト以下で、大半が年3ミリ・シーベルト以下とみられた。もちろん政府の推定値よりずっと低い=図=。ERの最高値で試算しても、長泥などの2地区以外は大半が年5ミリ・シーベルト以下とみられた。  内藤さんは「今後、実際に帰還した人たちの被曝線量も確かめたい」と話す。   正確に測り 長期見通しを    国立がん研究センターなどによると、原爆の被爆者では100~200ミリ・シーベルトの被曝で1・08倍、200~500ミリ・シーベルトで1・19倍に発がんリスクが高まった。一方、肥満で1・22倍、大量飲酒(日本酒なら1日2~3合)で1・4倍、喫煙で1・6倍にリスクが高まる。放射線は、多様ながんの要因の一部でしかない。  50歳代の私自身は、事故やテロなど、多少の被曝がどうしても必要な取材の機会があれば、生涯の累積線量が200ミリ・シーベルト程度に達しても構わないと考えている。計算上、愛煙家や酒豪の同僚よりリスクは低いはずだ。でも、後で年相応にがんが見つかったら「放射線のせいか?」との思いが頭をよぎるかもしれない。別の原因の可能性の方がたぶん高いのだが、人間の心はそんなものだろう。  科学的にリスクが不明確だとされる累積100ミリ・シーベルト未満でも「嫌だ」という人が、間違っているとは思わない。極端に安全な場所や食品を求めるのでなく、無理なく減らせる時は、少ない方が良い。  量子科学技術研究開発機構の神田玲子・放射線防護情報統合センター長は「許容できる線量は、そこに暮らすメリットの大きさで変わる。住民一人一人で違う。専門家が許容範囲と考えるレベルが誰にでも受け入れられるわけではない」と語る。内藤さんも「ある線量を『高い』と思うか『低い』と思うかは、同じ家族の中でも違いがある」と話す。  今後、帰還者の被曝線量をきちんと測り、長期的な線量を見通していくことが大事だ。住民にその数字の意味を的確に説明する行政の体制も欠かせない。  一方、今さら測るまでもなく確かなことがある。住民が帰還に迷う線量でも、短期滞在での被曝は取るに足らない。もし、被曝が不安で福島県への旅行を避ける人がいたら、それは絶対に損だと伝えたい。   空から計測 数値「高」    航空機から測定する空間線量は、半径約300メートルの範囲の平均値になる。人が生活する場所の空間線量は、除染などによって周囲より下がり、測定範囲の平均値より低いことが多い。このため、航空機調査の線量は過大評価になりやすい。  ということは、もし線量が高めの場所ばかり動き回る人がいれば、航空機調査の推定より多く被曝する可能性もある。政府は、避難指示の解除後は、帰還した住民の「個人線量」測定を重視している。一人一人に線量計を持ち歩いてもらうことで、被曝が特に多い人を把握し、対策を考えることができる。  がんのリスクなどの指標とされる「実効線量」は直接測ることができないが、個人線量計の測定値は実効線量に近いと考えられている。もちろん、常に線量計を持ち歩き、適切に使うことが前提だ。行政と専門家は、住民と協力して確かなデータの収集に努め、信頼を高めてほしい。  ◆追加被曝線量 日常生活で被曝する自然放射線(日本の平均は年2.1ミリ・シーベルト)以外に、追加で被曝する放射線の量。原発事故による汚染など人為的な放射線源の例が多いが、自然放射線が特別に多い場所での労働による被曝も含む。患者が医療で受ける放射線は除く。管理の対象となり、職業被曝は5年で100ミリ・シーベルト(1年では最大50ミリ・シーベルト)が平常時の上限。  ◆空間線量 屋外や部屋の中など、ある場所での放射線量。航空機を使う方法は、広い地域の線量を把握しやすく、人が立ち入れない場所も測定できる。装置を車に積んで走ったり、人が持って歩き回ったりしての測定も行われている。

2019年再稼働が狙われる関西電力、高浜原発1号機。2020年には美浜原発3号機、高浜原発2号機。40年超えの老朽原発。

関西電力は、40年超えの老朽原発を次々に産経ニュースさせる計画だ。現地、福井新聞より。 福井新聞2019年1月11日論説。 【論説】今年の県内原発課題 40年超運転、信頼が前提だ 2019年1月11日  福井県内の原発は今年、二つの大きな課題に直面する。運転が始まって40年を超える関西電力高浜原発1号機の再稼働問題と、高速増殖原型炉もんじゅ(敦賀市)の原子炉内からの燃料取り出し作業である。  40年超の原発は、高浜1号機のほか同2号機、美浜3号機で再稼働の準備が進む。原子力規制委員会が2016年6月、同11月に運転期間を延長することを認可、現在は安全対策の工事が行われている。高浜1号機は、工事が予定通り進めば秋から冬に再稼働が視野に入ってくる。美浜3号機は20年1月以降、高浜2号機は20年3月以降と続く。  工事は、高浜原発では格納容器上部のコンクリート製ドームの新設や中央制御盤の取り換え、全長1300キロに及ぶケーブルの防火対策を行う。美浜では耐震性向上のため、使用済み燃料プールを改良。燃料を収納する構造物を直接床に固定せず、揺れに合わせることで振動を軽減させる「フリースタンディングラック」に取り換える。対策工事費は高浜が約2160億円、美浜は約1650億円と、巨費が投じられる。  40年を超える原発の再稼働は、古い設備を取り換えることによる新たな不備、不具合が起こることへの不安が拭えない。関電には地元住民らに対し安全性を詳細に説明する責任がある。だが、技術面の説明は難解だ。そこで重要なのが、関電と地元住民との信頼関係である。  関電は使用済み燃料の中間貯蔵施設を県外に立地する計画について、昨年中に候補地を示すと県に約束しながら果たさなかった。信頼は一つ一つの積み重ねで築かれる。社長自ら約束した期限が守られなかったつけは、信頼が第一に求められる40年超原発の再稼働問題に跳ね返ってくるのは避けられない。県も、中間貯蔵施設に何らかの前進がなければ高浜1号機の再稼働同意は難しいとの立場をにじませている。  一方、もんじゅは、1月中に炉外燃料貯蔵槽から水プールへの燃料100体の搬出が終わる予定。今年は原子炉内から燃料を取り出し、同貯蔵槽へと移していく。炉外での作業に比べ高い技術力が求められる。  日本原子力研究開発機構は10年に、この取り出しを行っている。その際、炉内中継装置が落下する失態を犯した。今回は、慎重の上にも慎重を期してもらいたい。  40年超の運転は、国内のほかの原発にも関わる問題だ。だが県民にとっては、まず中間貯蔵施設に関する約束の答えが先だろう。もんじゅの燃料取り出しも、廃炉に向けた大きなポイントになる。いずれも重要な課題だ。言うまでもなく、国の責任も問われている。

泥縄式原子力規制。破局的火山噴火の監視は来年2020年度から。

原子力規制委員会、火山の破局的噴火の監視体制を2020年度から始めるという。原発を再稼働させてから、破局的火山噴火予知?これこそ、「泥縄」式、原子力「規制」体制。市民の命とふるさとが危険にさらされています。   読売新聞 2019年1月7日 朝刊3面の記事より、全文を紹介します。   破局的噴火 備え重視 規制委、海底火山観測へ 2019年1月7日 読売新聞 朝刊 3面  ◆原発審査にデータ活用  原子力規制委員会が「姶良(あいら)カルデラ」(鹿児島県)の海底での常時観測に乗り出すのは、破局的噴火の発生頻度が極端に低く、十分な知見が得られていないためだ。原発の火山対策は、東日本大震災後の新規制基準でようやく本格化した。火山についての研究を重ね、原発の安全対策を進める必要がある。(科学部 出水翔太朗、本文記事1面) ■高裁決定に衝撃  「立地不適」。広島高裁が2017年12月、四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県)の運転差し止めを命じた決定は、規制委を含む原子力関係者にとって衝撃的だった。阿蘇カルデラ(熊本県)の過去の破局的噴火で、「(伊方3号機の)敷地に火砕流が到達していないと判断することはできない」と指摘された。 同高裁は18年9月、国が一般的にこうした噴火を想定した対策を取っていないことなどから、「原発が客観的にみて安全性に欠けるところはない、とするのが現時点における社会通念」とし、四電の異議を認めて決定を取り消した。ただ、17年10月に定期検査で停止していた伊方3号機は、決定取り消し後の18年10月まで稼働できなかった。 規制委の安全審査の手引「火山影響評価ガイド」は、火砕流が到達する可能性が十分小さい場合に限り、原発の立地を認めている。新規制基準に合格した伊方3号機を含む8原発15基は、この基準を満たしていると規制委が判断した。 ■10回確認  しかし、破局的噴火の詳しいプロセスは、ほとんど知られていないのが実情だ。規制委の担当者は「原発の安全性を担保するために、どのようなデータが必要なのか、基礎的な研究を進める必要がある」と話す。 火山灰や火砕流の痕跡の調査で、国内の破局的噴火は約13万年前の阿蘇カルデラの噴火以降、10回確認されている。いずれも北海道と九州で、7300年前に鹿児島県の鬼界(きかい)カルデラで起きたのが最後だ。 姶良カルデラでは、約2万9000年前に破局的噴火が起きた。火砕流が宮崎、熊本両県に到達したほか、火山灰が京都府や東京都まで飛来した。 姶良カルデラ内には、現在も活発に活動している火山「桜島」があり、他のカルデラよりも海底の地殻変動が活発なことが予想される。このため、規制委が常時観測の対象に選んだ。 ■海底に地震計  イタリアでは、国立火山学研究所がナポリ近郊のカルデラの海底で常時観測を行っている。3万9000年前と1万5000年前に破局的噴火を起こした火山で、海底に地震計や水圧計などを設置し、データを地上施設に転送している。 姶良カルデラでも同様の観測を検討中で、規制委はイタリアに職員を派遣して情報収集している。鬼界、屈斜路(くっしゃろ)(北海道)、洞爺(とうや)(同)などの他のカルデラでも、地質調査や岩石の組成分析を行う。 破局的噴火のプロセスの解明が進めば、規制委はその成果を「火山影響評価ガイド」に盛り込み、原発などの安全審査に活用する。 北海道大の村上亮特任教授(火山物理学・測地学)は、「破局的噴火は非常にまれな現象なので、国としてどう対処するかは考えられてこなかった。今回のような研究は、火山研究や防災上の観点からも重要だ」と指摘する。  ◆新知見あれば対応要求  2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、13年7月に施行された新規制基準は、地震や津波に加えて火山の影響についても安全審査で確認するよう求めた。 外部電源を喪失した際に使う非常用ディーゼル発電機は、運転時に外気を取り込む。この吸気口から火山灰が侵入しないよう、着脱可能なフィルターの設置が各原発で進められている。 福島第一原発事故以前は、規制当局は破局的噴火だけでなく、比較的規模の小さい火山噴火による原子力施設への影響もほとんどチェックしておらず、火山の研究もしていなかった。 規制委は14年度から火山に関する安全研究を開始し、18年度までに計約20億円の予算を計上してきた。規制委の担当者は「火山学の分野の研究費としてはかなり大きな金額。規制委が火山対策を重視していることの表れだ」と話す。 この研究により、実際に電力会社が対応を迫られるケースも出てきている。鳥取県の大山(だいせん)で約8万年前に起きた噴火が、従来の想定よりも規模が大きかったことが、規制委の委託を受けた産業技術総合研究所の研究でわかった。 関西電力は、福井県にある美浜、大飯、高浜の3原発に降る火山灰の量を10センチと見積もり、審査に合格している。ところが、大山からの距離がこれらの原発とほぼ同じ約190キロ・メートル離れた京都市に、火山灰が30センチ程度積もっていた。 規制委は18年12月、関西電力に対し、3原発の火山灰の影響を見直すよう指示した。自然現象の新たな知見に基づき、規制委が影響評価の見直しを求めた初の事例となった。場合によっては、追加の対策が必要になる。 破局的噴火についても、今後の姶良カルデラの直接観測などで新知見が得られた場合は、規制委が各電力会社に対応を求めることになる。  〈破局的噴火〉 火砕流が周辺数十〜100キロ・メートル以上の範囲に到達して壊滅状態となり、日本の国土の大半が火山灰で覆われる超巨大噴火。死者・行方不明者63人を出した2014年の御嶽山(岐阜・長野県境)噴火では、火砕流が火口から2〜3キロ・メートル流れ出たことが確認されているが、この時の噴火よりはるかに規模が大きい。  図=国内の原発(○)と過去13万年間に破局的噴火を起こしたカルデラ(▲) 図=海底カルデラの観測イメージ  写真=四国電力伊方原発3号機(後方。手前左は1号機、同右は2号機)(昨年9月、愛媛県伊方町で、本社ヘリから)

黒川眞一氏の早野龍五論文批判『被災地の被曝線量を過小評価してはならない 宮崎・早野論文「伊達市の周辺線量測定値と個人線量の比較」を考える』2017年5月29日

黒川眞一氏(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)の早野龍五論文批判、『被災地の被曝線量を過小評価してはならない  宮崎・早野論文「伊達市の周辺線量測定値と個人線量の比較」を考える』2017年5月29日を全文紹介します。WEB RONZAに掲載されているものです。 『被災地の被曝線量を過小評価してはならない  宮崎・早野論文「伊達市の周辺線量測定値と個人線量の比較」を考える』 2017年5月29日 WEB RONZA  福島第一原発事故による放射能汚染と個人被曝線量について、福島県立医科大学の宮崎真氏と東京大学の早野龍五氏が昨年12月、研究論文を専門誌に発表した。論文の表題を日本語に訳すと「福島原子力発電所事故の5ヶ月後から51ヶ月後までの、パッシブな線量計による伊達市の全市民の個人外部線量の観測 第一論文 航空機による周辺線量の測定値と個人線量値の比較」となる。  この論文について、私は考察を加えたい。論文に対する私の結論は、大きくいって二つある。一つ目の結論は「ある場所の空間放射線量から個人の被曝線量を算出するための係数は、この論文が導いた結論とは異なる」ということ。そして二つ目の結論は「放射線防護の観点からは、環境省が2011年に定めた防護基準よりも厳しい基準を採用すべきである」ということだ。 ガラスバッジ線量を「平均値」で扱えるのか  宮崎・早野論文とは、どのようなものだろうか。その内容については、3月11日のWEBRONZAに早野氏への編集部のインタビュー「福島の放射線の量を正しく理解してほしい」があり、早野氏自身が説明をしている。また、3月29日に伊達市が発行した「だて復興・再生news 第30号」には、筆頭筆者である宮崎氏による解説がある。  宮崎氏が紹介している論文の主な結論は、次の通りだ。 (1) ガラスバッジの線量は、住む場所の航空機モニタリング調査による空間線量率に良く比例し、その比例係数はおおよそ0.15倍でした。式で表すと、「ガラスバッジの線量(1時間あたりに換算)=0.15×航空機モニタリング調査による空間線量率」となります。(2) 実際の測定結果にもとづく解析によって得られた比例係数0.15は、環境省が2011年に採用した空間線量率から実効線量への換算係数0.6(「実効線量=0.6×空間線量」で示されます)が、結果的に4倍ほど安全側に立つ係数であったことを示しました。(3) 結果として、ある場所の空間線量率からその場所に住む方々の個人線量を精度よく推定出来ることが、伊達市の取り組みから明らかになりました。  論文のアブストラクトと宮崎氏の解説では、「個人の線量は空間線量に0.15倍を掛けたもの」とし、また「ガラスバッジの線量は住む場所の航空機モニタリング調査による線量率によく比例し、その比例係数はおよそ0.15倍でした」と書かれている。つまり、空間線量と比較されているものを、単に「個人の線量」あるいは「ガラスバッジの線量」としている。だがこれは正しくは「各個人のガラスバッジの線量をその個人が住む区域の空間線量で割った値の全被験者の全期間を通しての平均値が0.15である」とすべきものである。論文のアブストラクトと宮崎氏の解説には、この「平均値」という大切なキーワードが用いられていない。  また、「結果的に4倍ほど安全側に立つ」とされた環境省の0.6という係数は、もともと被曝防護の目安を与えるために厳しく設定された量であり、ガラスバッジの線量を空間線量で割った値の平均値と比較をして「○倍ほど安全側」などと評価されるべき数値ではない。 被曝線量が過小評価される3要因  私は、宮崎・早野論文が、結果的に市民が受けた被曝線量について大幅な過小評価を与えるものになっていると考える。以下に挙げる3つの点について、論文では正しい評価がなされていないからだ。 (1) バックグラウンドとして0.54 mSv/年 を一律に差し引いていることと、公衆がガラスバッジを正しく装着しないためにおこる線量の過小測定を無視している(2) 航空機で測られた空間線量と地上での測定値の差を考慮していない(3) 多方向から来る放射線によるガラスバッジの測定線量を、実効線量とみなしている  私は、このような過小評価をもたらす要因の効果を検討することにより、空間線量から被曝線量を導き出す計算方法は、航空機モニタリングで調査された空間線量に0.15をかけるのではなく、地上でサーベイ・メーターによって測定された空間線量に0.36〜0.40をかけるべきであることを示す。 実効線量を正しく導き出すには  そもそもガラスバッジとは、どのような測定装置か。ガラスバッジは、被曝のリスクと防護についての教育を受けた放射線作業従事者が胸部または腹部に装着し、放射線管理区域内で作業したことによってどれだけの被曝をするかを測定する小型の個人線量計である。ガラスバッジは放射線作業エリア外の人工放射線が存在しない場所に保管される。また、自然放射線のバックグラウンドを正確に差し引くために、各作業者が装着するガラスバッジの他にも数個のコントロール・バッジが常に保管場所に置かれている。  作業者が装着したガラスバッジとコントロール・バッジは、線量を測定するためにひと月ごとに製造元の千代田テクノルに送られ、作業者のガラスバッジの読み値からコントロール・バッジの読み値がバックグラウンドとして差し引かれる。伊達市の場合は3か月ごとに計測され、結果は0.1mSvごとに数値化されている。  このようなガラスバッジを公衆が、放射線管理区域のように境界が設置されていない場所で24時間にわたって装着することには本来無理があること、またコントロール・バッジが原理的に存在できないことをここで指摘しておきたい。   study2007氏の論考「子どもの外部被ばくと全がんおよび小児白血病リスク」(岩波書店「科学」2013年12月号)から    ガラスバッジが測定するものはバッジに与えられたエネルギーであり、単位はGy(グレイ)である。このエネルギー量は、人体や臓器への影響を示す「実効線量」へ換算する必要がある。実効線量の単位はSv(シーベルト)だ。  実効線量は直接に実測できないため、主としてシミュレーションによって評価される。ガラスバッジでは1Gy=1.2Svと較正される。なお、空間線量を測定するリアルタイム線量測定システムやサーベイ・メーターも、測定できる量はGyであり、同じように1Gy=1.2Svと較正される。  それでは実効線量を正しく補正してみよう。 【補正1:バックグラウンドの引きすぎ】  伊達市では、千代田テクノルが年あたり0.54mSvに当たる量を差し引いたものを個人線量として市に報告していた。このような一律の差し引きは、バックグラウンドの引きすぎを起こすことが懸念される。   宮崎・早野論文の「図4」の一部。はずれ値だけの区間があり、また、ほとんどの区間で1パーセンタイル値がゼロとなっている    実際に宮崎・早野論文の図4をみると、空間線量が比較的低い区間で、99%以上の市民の線量値がゼロである場合が3カ所ある。これらの区間に属する市民の数は、その期間の全被験者の20%、18%、6%にあたり、無視できない多さである。また、空間線量の大部分の区間において、少なくとも1%以上の市民の線量値がゼロであることがわかる。これはバックグラウンドの引きすぎとガラスバッジが正しく装着されていなかったことによる線量の過小計測によって引き起こされたと推測される。  そこで私は、大地からの自然放射線による空間線量0.04μSv/hの30%だけがガラスバッジによって計測され、計測にかからない残りの70%にあたる0.028μSv/hが引きすぎになると想定してみた。なぜならば、大地からの自然放射線も、放射性セシウムからの放射線と同じように、人体と建物により遮蔽されるからである。これに加え、ガラスバッジが正しく装着されていないことによる過小評価分の0.007μSv/hがあると仮定する。この合計値0.035μSv/h(=0.31mSv/y)の引きすぎがあるとして、論文に示された6つの期間のうち3番目(2012年10〜12月)と6番目(2014年10〜12月)の期間で引きすぎを補正してみた。この二つの期間を取り上げたのは、第3番目の期間から市民全員が対象となったことと、最新の期間が第6番目であることによる。もともと0.15であった係数は、この補正によって0.22と0.25まで大きくなった。 【補正2:航空機モニタリングの線量過大評価】  航空機によるモニタリングで得られた空間線量は、伊達市が行なった地上でのサーベイ・メーターによる測定よりも空間線量を1.33倍程度過大評価している。「だて復興・再生ニュース第8号」によると、2012年7月から2013年6月までの期間において、ガラスバッジによる線量値を伊達市がサーベイ・メーターを用いて測定した空間線量で割った平均値は0.20であり、論文の係数0.15の1.33倍である。600mの円内の平均的な線量を測定する航空機によるモニタリングよりも、地上でのサーベイ・メーターの測定を重視すべきである。この補正を行うと、さきほど得られた係数は0.30と0.34まで大きくなる。 【補正3:ROT照射条件のときの線量値】  放射線作業従事者による通常の放射線作業では、放射線は主として作業者の前方から来るものと想定されている。このような照射を「前方照射(AP)条件」という。ところが、原子力発電所から飛来した放射性物質(主としてCs134とCs137)で汚染された地域に住む公衆は、放射線が前方、後方、左右の側方からやってくる。このような状態は「回転照射(ROT)条件」と呼ばれ、個人線量計の応答や実効線量がAP照射条件とは異なる。   異なる照射条件における実効線量係数(Sv/Gy)の年齢依存性。study2007氏の同論考から    宮崎・早野論文では、ROT照射条件では人体の遮蔽によって線量の読み値が30%減少するが、実効線量も30%減となることがシミュレーションで求められているのでガラスバッジの読み値をそのまま使ってよいとしている。しかしながらAP照射条件においても、シミュレーションで求められた標準的な人体での実効線量は、ガラスバッジの読み値の85%であり、15%の余裕がとられている。この余裕は人間にはそれぞれ個性があることに鑑み、どんな場合でも過小評価をすることがないための方策である。したがってROT照射条件で同等の余裕を持たせるためには、ガラスバッジの計測値を1.2倍すべきだと考える(図を参照)。そうすると、係数は、0.36と0.40となる。 個人の被曝防護は、どうあるべきか  以上の3要因の補正をまとめると、空間線量から実効線量の集団の平均値を求める式は「実効線量=0.15×航空機モニタリングによる空間線量」ではなく、「実効線量=(0.36〜0.40)×地上でのサーベイ・メーターによる空間線量」である。なお、バックグラウンドの引きすぎとして仮定した0.035μSv/hが、たとえ低めの0.02μSv/hであったとしても、上記の係数は0.30〜0.32になるだけであることに注意してほしい。これが、本稿の1点目の結論である「ある場所の空間放射線量から個人の被曝線量を算出するための係数は、この論文の結論とは異なる」という問題である。   避難指示が解除された浪江町で、慰霊碑を訪れた町民=3月31日  さらに2点目の結論を考えよう。宮崎・早野論文の図をみると、各個人の被曝線量は大きく広がっており、低線量率の区間でも年あたりの被曝線量が10mSvに近いか10mSvを超える人々が、論文が扱っている全期間に存在する。  そもそも放射線被曝防護においては、平均的人間などを想定することは許されず、最大の被曝をする個人を防護の対象としなければならない。平均値は、集団の健康へのリスクの予測には役立つが、一方、個々人の防護では被曝線量が大きい人の被曝を低減することが大事であるということに尽きる。この観点からみると、環境省の基準である「実効線量=0.60×空間線量」においてさえも、市民の10%以上が基準を超えて被曝することが、宮崎・早野論文の図5からわかる。それゆえ、放射線防護の基準としてはより厳しいものを用いるべきであり、換算式としては「実効線量=空間線量」を採用することが自然でありかつ妥当である。 最も重視すべきは「数値や係数の真意の説明」  私が宮崎・早野論文をていねいに読んでみたところ、論文中に説明されていない記号などがかなり見受けられ、また特にこの論文の結果を示す図4の説明が不十分であると思った。一例をあげれば、係数の0.15±0.03の0.03がどのような意味で使われているかが説明されていない。論文について確認したい事項が多くあるので著者にお会いして質問できる機会があればと思う。  岩波書店の雑誌「科学」2013年12月号に、匿名の研究者study2007氏による論考「子どもの外部被ばくと全がんおよび小児白血病リスク」が載った。このなかでstudy2007氏は「原発事故に由来する被ばく量の評価はさまざまな機関・研究者によって行われるべきであるが,それを施策に結びつける場合は,根拠となる数字や係数の『真意』を住民に対し誠実に説明する必要があると考える」と述べていた。  惜しくも故人となった氏が表明されたこの信念に、私も従いたいと思う。私のこの論考が「根拠となる数字や係数の『真意』を説明する」ことに、幾分かの貢献ができれば幸いである。また伊達市民のみなさんは、論文の真意を誠実に説明してもらう権利がある、と考える。    

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