内部被ばくについて、自主的に学習し、周りの方々に広めていくための会
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非稼働の研究用原子炉、冷却塔倒れる 台風影響か 茨城 2019年9月9日18時40分川田俊男 朝日新聞 茨城県版

[解説]  茨城県東海村や大洗町には、様々な原子力施設があることを改めて知らされました。廃炉作業中の排気搭で「管理区域外」であることから、放射能汚染はガンマ線、ベータ線汚染で4万ベクレル/m2以下、アルファ線汚染で4000ベクレル/m2以下であるはずです。  那須塩原市の道の駅の土壌の方がよっぽど危険です。しかし、使用済み核燃料の保管がどうなっているのか、注視する必要があります。 〈参考〉 『那須塩原市は「管理区域」。18歳未満立ち入り禁止。飲食禁止。校外学習などもってのほか。さいたま市は再考を!』 内部被ばくを考える市民研究会資料 2018年9月1日   非稼働の研究用原子炉、冷却塔倒れる 台風影響か 茨城    2019年9月9日18時40分川田俊男 朝日新聞 茨城県版 倒壊した材料試験炉JMTRの冷却塔=茨城県大洗町、日本原子力研究開発機構提供  日本原子力研究開発機構は9日、台風15号の強風で、材料試験炉JMTR(茨城県大洗町、5万キロワット)の冷却塔(高さ16.5メートル)が倒壊した、と発表した。廃炉に向けて準備中で、2006年に運転を止めてから稼働していない。核燃料は約100メートル離れたプールに保管しており、外部に放射性物質は漏れていないという。  機構によると、9日午前7時40分ごろ、協力会社の社員が見回りをしていて、冷却塔が全壊しているのを確認した。午前6時時点では異常がなかった。冷却塔は木造で高さ16.5メートル、幅約30メートル、奥行き11.6メートル。原子炉を冷やすため使った水の熱を大気に放出する。放射性物質を含まない水を流す金属製の配管などがあり、倒壊で配管から30~40リットルの水漏れがあった。  また、設備の一部が隣にある換気施設に当たり、壁に穴が開いたという。周辺の高さ10メートルの場所で、午前7時に毎秒30.9メートルの最大風速を観測した。  JMTRは1968年に初臨界。老朽化のため改修工事を進めていたが、新規制基準を満たすのに必要な費用がかさむことから、再稼働を断念した。(川田俊男) 茨城新聞 大洗JMTRで冷却搭倒壊 台風15号の影響 2019年9月10日(火) 茨城新聞 クロスアイ 台風の影響で倒壊したJMTR冷却塔=9日午後6時22分、大洗町成田町、鹿嶋栄寿撮影 日本原子力研究開発機構(原子力機構)は9日、大洗町成田町の大洗研究所にある材料試験炉「JMTR」の冷却塔が倒壊したと明らかにした。台風15号の影響とみられ、けが人はいない。放射線管理区域外の施設で、放射性物質の漏えいなど外部への影響はないという。 原子力機構によると、午前7時40分ごろ、倒壊が確認された。JMTRは廃止措置に向けた準備中で、2006年8月以降、運転を停止している。同6時の点検では異常はなかった。 冷却塔は木造で高さ16・5メートル、幅30メートル、奥行き11・6メートル。外側がスレート材で覆われている。西側に横倒しになった。敷地内の風量計では当時、秒速22・7メートルの強風が吹いていた。 隣接するJMTR排風機の壁面2カ所も破損。冷却塔の外階段がぶつかったとみられ、直径約80センチと約40センチの穴が開いていた。 原子力機構は「同じような建物の対策を検討したい」としている。(三次豪)

3.11から7年。放出された放射性物質はどこに行ったのか? 放射能汚染の「その後」(前編) 2018年9月1日 (後編) 2019年9月11日 ブルーバックス雨宮 崇

.11から7年。放出された放射性物質はどこに行ったのか? 放射能汚染の「その後」(前編)(後編)  2018年9月1日 ブルーバックス 雨宮崇 2011年3月に発生した、東日本大震災とその後の福島原発事故。それによって放出された放射性物質は、事故から7年以上が経過した今、どこに、どれだけあるのでしょうか。 日本科学未来館では、2018年3月10日に研究者を招いてシンポジウムを開きました。そこで研究者が語った内容のうち、大気や陸地、海洋に関する知見をまとめました。 シンポジウム登壇者:中島映至(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センター)恩田裕一(筑波大学 アイソトープ環境動態研究センター)山田正俊(弘前大学 被ばく医療総合研究所)信濃卓郎(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)※本稿は登壇者のプレゼンテーションをまとめたものです 8割が海に、2割が陸に飛散した 事故によってどれほどの放射性物質が放出され、その後どこにどれくらいの量が飛散して、今はどこにあるのか。これを解明するための研究は、事故直後から続けられてきました。 多くの研究者がさまざまな観測によりデータを取るとともに、時間的にも空間的にも限られた観測データを補完するため、コンピュータ上でモデル計算を重ねて、放射性物質の動きをとらえ、原発事故と汚染状況の全貌を解明しようとしています。 原発から放出された放射性物質の行き先と総量 2011年3月以降、原子炉建屋の水素爆発やベント作業により、炉内にあったさまざまな放射性物質が放出されました。 半減期が約30年と長く、最も考慮すべき放射性物質の1つであるセシウム137の量でみると、事故により15〜20PBq(ペタべクレル:「ペタ」は10の15乗)が大気中に放出されたと推定されています(Aoyamaほか,2016)。 大気中に出た放射性物質は、風に乗って遠くまで運ばれ、最終的にその大部分である12~15PBq(約8割)が海上へ、3~6PBq(約2割)が陸上へ降下したと推定されています。 原子炉から海への放射性物質のおもな漏洩経路には、大気経路の他に、もうひとつ汚染水として原発から直接漏洩するものがあり、その量は3.6±0.7PBqと見積もられています。 すなわち、原子炉から海へは、15〜18PBqもの放射性セシウムが放出されたと考えられています。 これはどのような大きさなのでしょうか? そもそも核実験由来の放射性物質があった 原発事故前にも、海洋には放射性物質が存在していました。1950~1960年代に行われた大気圏内核実験由来のものです。 北太平洋の人工放射能濃度の推移(Aoyama and Hirose, 2004, HAM database and updateのデータをもとに日本科学未来館が作成) 表面水中のセシウム137の濃度は、1960年代をピークにして徐々に低くなってきていました。 そして福島原発事故の直前には、1m³あたり1~2Bqほどで、北太平洋全体では、約69PBqが存在していたと見積もられていました(Aoyamaほか,2016)。 そこにあらたに15~18PBq追加されたので、この事故によって北太平洋のセシウム137の総量は、22~27%増加したことになります。 では原発事故後、海洋に取り込まれた放射性物質の行方について見ていきましょう。 薄まりながら広がり、東へ流れた 海水表面の放射性物質の分布を知るためには、広域における調査が必要でした。そこで研究機関の観測船以外にも、貨物船などが協力し、2011年3月から2012年12月までに、440地点で観測が行われました。 北太平洋での観測地点(Aoyamaほか,2016) まず、表面水中のセシウム134濃度を見てみます。 事故から3ヵ月ほどの間は、日本近海で比較的高い数値が観測されました。その後、10Bq/m³の濃度が観測された地点を追うと、事故後半年後に東経165度、さらに3ヵ月後になると東経170度……というように、徐々に東に移動していることがわかりました。   表面水のセシウム134濃度の経年分布(実線はおおよそ10Bq/m³の部分)(Aoyamaほか,2013) また、それらの観測値と海流モデルなどを組み合わせ、放射性セシウムの拡散シミュレーションも行われました。 その結果を見てみると、放出された放射性セシウムは、薄まり広がりながら東側に流れていき、事故から4~5年後の2015~2016年にアメリカ西海岸付近に到達したことがわかります。 原発由来の放射性セシウムの拡散シミュレーション(丸印は実測値)(Tsubonoほか,2016) 北太平洋の表面海水に存在するセシウム137の量は、約8PBqと見積もられています。海洋に放出された総量が15〜18PBqと推定されているので、およそ半分が表面海水に存在し、薄まりながら東へ移動したといえます。 また、その移動速度は約7km/日。その速度は日付変更線を超えたあたりから遅くなり、約3.5km/日程度になったと見積もられています。 沈み込んで南下していった放射性物質も 放射性物質は表面水中だけに残っているわけではありません。ここまで、海流の水平方向の移動により拡散する放射性物質の様子を見てきましたが、海流の中には、深さ方向にももぐりこみ循環している「モード水」と呼ばれるものもあります。 たとえば、東経165度の線に沿った鉛直方向の分布を見てみると、表面水に存在していた放射性セシウムの一部が亜熱帯モード水に乗り、北緯30°~35°あたりでより深い方向へともぐっていることが分かります。 亜熱帯モード水に取り込まれるセシウム134(Kumamotoほか,2014) モード水としていったん沈み込んだものは、赤道付近から再び日本近海に戻ってきます。 その周期は約30年と見積もられているので、30年後に原発事故由来の放射性セシウムの一部が還ってくる、ともいうことができるでしょう。ただし、その段階で半減期の作用もあると思われます。 太平洋における放射性セシウムの内部循環予測(数字は水深を表す)(Courtesy of Dr. Aoyama) 少量ではあるが、今なお続く直接漏洩 次に、原発からの直接漏洩について見ていきましょう。 東京電力が公開している原発近海のセシウム137濃度のデータによると、事故後すぐに減少するものの、特に原発1km地点では、事故から数年が経った後も、事故前の濃度範囲までには下がりきっていないことが見て取れます。 つまり、事故後ほどの濃度ではないものの、いまだに直接漏洩が続いていることがわかります。 表面海水中のセシウム137濃度の推移(東京電力、公益財団法人海洋生物環境研究所のデータをもとに日本科学未来館が作成) 現時点まで、海洋に流入した放射性物質の動態についてまとめると、以下のようになります。 ●原発由来の放射性セシウムは、15~18PBq。●そのうち、海洋表面を東に薄まりながら移動していったものが8PBq。●そのほかの大部分は亜熱帯モード水および中央モード水として海洋の内部循環に沈みこんでいる。●量は少ないものの、いまだ直接漏洩も続いている。 陸地に降った3~6PBqの放射性セシウムの行方 陸地といっても市街地や農地、森林などさまざまです。 なかでも森林は、福島県の面積のうち71%を占めており、そこに降った放射性物質の行方を知ることが非常に重要となっています(林野庁,2012)。 まず、土壌に着いた放射性物質がその後どのように移動したかについて、見ていきましょう。 一般的に、福島の土壌には雲母由来の鉱物が多く含まれています。それらの鉱物が乾燥・湿潤を繰り返し、風化して開いたところを「フレイドエッジサイト」といい、そのサイトにセシウムは強く結合する性質を持っています(McKinleyほか,2004)。 そのため、地上に降った放射性セシウムの大部分は、イオン化して水に溶けるわけではなく、土壌粒子と移動を共にしています。 風化した雲母中に存在するフレイドエッジサイト セシウムの「土壌粒子へ強く吸着する」という性質は、土壌深さ方向のセシウム濃度からも見て取ることができます。 放射性セシウムの深度分布(Katoほか,2011) 2011年に福島の川俣町で、土壌を5mmずつ10cmまで掘り、それぞれの深さの土中にどれほど放射性物質があるか、調査が行われました。 その結果、初期に沈着したセシウム137や134の98%が、深さ5cmよりも浅い土中に存在していることが分かりました。 これらの放射性セシウムは、耕作や除染といった人為的撹乱がない場所では、この後平均して年間約5mmずつ下方に移動していくというデータもあります。 土壌粒子に強く吸着したセシウムのほとんどは、雨水と一緒に一気に地下水まで移動するのではなく、ゆっくりとしたスピードで潜っていくのです。 そのため、事故直後に表層5cm程の土壌を除染した土地では、空間線量が大きく下がりました。 2011年と2017年の地上1mでの空間線量(原発から80km圏内)(日本原子力研究開発機構「本件は、平成23年度から文部科学省にて、平成25年度以降から現在まで原子力規制庁の委託事業として実施されている『放射性物質の分布状況等に関する調査』で得られた成果の一部である」) また、放射性セシウムが土中に潜ることで、上層の土壌の遮蔽効果によって空間線量は低くなります。林縁から20m以遠の森林は除染が行われていないのですが、そういった土地でも空間線量が下がっているのは、放射性セシウムがなくなったからではなく、下に潜っているから、という要因が大きいのです。 一部は河川に流れ出た 陸地に降った放射性セシウムのほとんどは土壌粒子に吸着しましたが、その粒子ごと河川に流れ出たものもありました。その形態は「懸濁態」と呼ばれます。 懸濁態で流れるセシウム137の濃度変化を調べるために、福島の阿武隈川という大きな川と、その支流である口太川という川で調査が行われました。すると、本川でも支流でも、観測開始当初は非常に高かった濃度が急激に下がり、そのあとはゆっくりと下がり続けていることがわかったのです。 懸濁態のセシウム137濃度の経年変化(恩田教授の講演スライドより) 当然、流れ出る土砂の量は事故直後でも、数年経ったあとでも、大きくは変わりません。 しかし時間が経つにつれ、河川に流れ出す放射性セシウムの量は減っています。これは、セシウムの吸着した土壌粒子が下に沈降していき、雨などで流れ出す土壌表面の粒子の放射能が減ったためだと考えられます。 さらに、その懸濁態の放射能の低下スピードは、市街地や水田、畑といった人為的な活動が活発な場所ほど速いこともわかりつつあります。そのため、流域にそういった土地の多い阿武隈川本川の方が、支流よりも低下スピードが速いのです。 また、懸濁態の流出総量を調べるため、阿武隈川と口太川でセシウム137の累積流出量を計測したところ、どの観測地点の総量も、初期沈着量に対して3%以下に留まりました。 つまり、陸地に堆積したセシウム137のほとんどは土壌にとらえられたまま下方に移動してしまい、河川を通じて海へはほとんど流れ出ていないと言うことができます。 では、ここまでの陸地に降った放射性物質の動態についてまとめます。 ●事故により放出され、風に乗り陸上の広範囲に広がった放射性物質は、河川を通じてはあまり動かなかった。●放射性物質は土壌の粒子に強く吸着し、粒子ごと除染されたり土中に潜り込んだりしたために、結果的に空間線量は減少している。 大気・陸地・海洋で調査研究は続く 上記のようなまとめは、あくまで大きな視点で見たものなので、単位体積あたりの放射能が非常に大きいセシウム粒子やホットスポット、放射性セシウム以外の放射性物質など、これからさらなる解明が求められる課題は未だ多く残っています。 また、事故直後にはヨウ素131も大量に放出されましたが、半減期が8日と短いため、今となっては直接観測することはできません。 そのため、当時のデータをなんとか掘り起こし、今よりもさらに精緻なモデル計算を行うことで、初期被曝の実態を解明しようとする研究もすすんでいます。 農業はどうなっているのか 陸地の空間線量は下がってきているとはいえ、土の中には大量の放射性物質がほとんど動かずにじっと身を潜めていることを見てきました。 一方で、セシウム移行対策や検査体制を敷きつつ農業は再開され、検査をパスした農作物が市場に回っています。 では、農地では具体的にどのような工夫がなされているのでしょうか。次回更新の後編では、農業について詳しく検討していきます。 3.11の放射性物質は農作物に入ったのか? 農業は復興できたのか? 放射能汚染の「その後」(後編) 2018年9月11日 ブルーバックス 雨宮崇 2011年3月に発生した、東日本大震災とその後の福島原発事故。それによって放出された放射性物質は、事故から7年以上が経過した今、どこに、どれだけあるのでしょうか。 日本科学未来館では、2018年3月10日に研究者を招いてシンポジウムを開きました。そこで研究者が語った内容のうち、農業での対策に関する知見をまとめました。 シンポジウム登壇者:中島映至(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センター)恩田裕一(筑波大学 アイソトープ環境動態研究センター)山田正俊(弘前大学 被ばく医療総合研究所)信濃卓郎(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)※本稿は登壇者のプレゼンテーションをまとめたものです 本稿の前編では、福島第一原発事故以降の放射性物質(主に放射性セシウム)の動き方や量を、大きな視点で見てきました。 後編では、放射性物質が降下した地域で、どのように農業がおこなわれているかを中心に見ていきましょう。 あの日、農作物に何が起きたか 前編で述べた通り、事故によって原子炉から種々の放射性物質が放出されました。半減期が約30年と長く、放出された総量も多かったセシウム137は15〜20PBqほどと見積もられており、それらの約2割が陸地に降り注いだと推計されています。 それら放射性物質は、農作物に直接付着し、また土壌を汚染しました。汚染された農作物は出荷停止を余儀なくされ、土壌が汚染された農地は使えるのかどうかもわからず、農業従業者を大きな混乱と不安が襲いました。 地震発生から出荷停止要請発令までを時系列で簡単にまとめます。 2011年3月11日 東北地方太平洋沖地震の発生。津波によって、福島第一原子力発電所の全交流電源の喪失。東北地方を中心に大規模な停電。3月12日 1号機で水素爆発。3月14日 3号機で水素爆発。3月15日 2号機でベント作業開始。3月17日 厚生労働省から「食品と水に関する暫定基準値」が出され、出荷してはいけない汚染レベルを示す基準として、食品1kgに含まれる放射性物質の量の上限値が設けられる。その後、いくつかの食品(ホウレンソウや原乳など)において、その基準値を超えるものが報告される。3月21日 原子力災害対策本部から福島県、茨城県、栃木県、群馬県に対して、ホウレンソウやカキナ、原乳の出荷停止要請が出される。 なお、食品と水に関する基準値は、2012年4月に「より一層の食品の安全、安心を確保する」という考え方に基づき、暫定基準値から現在の基準値へと変更されています。 食品と水の暫定基準値と基準値(厚生労働省,2012) 現在の基準値をベースにして考えると、事故直後、福島県においては果樹や茶、小麦や大豆といったかなり多くの作物において100Bq/kgを超えるものが報告されました。 また、茶に関しては、原発から約400km離れた静岡でも100Bq/kg超えのものが報告されました。 これら事故直後に極めて広範囲で起こった汚染は、原発から放出された放射性物質が大気に拡散し、地表の農作物に「直接付着」したことが大きな要因とされています。 そのような状況に対して、科学的な調査を重ねた結果、農作物における汚染のメカニズムが徐々にわかってきました。 ここからは、農業の復興に向けてどのような取り組みがなされてきたかを紹介します。 「お茶」は1年で効果が出た まずは放射性物質の直接付着に対して取られた方法のうち、効果が大きかった茶樹の対応策を一例として紹介します。 放射性セシウムが直接付着してしまったその年の茶葉は、捨てるしかありませんでした。 しかし次の年にはまた新しい枝や葉が生えてくるので、そこに放射性セシウムが入り込まないように、何らかの対策を打っておけばよいのではと考えられました。   茶葉の収穫 Photo by Getty Images 福島の茶畑における茶樹各部の放射性セシウム量を調べると、通常出荷される葉層部に37%、その内側の枝部に37%、さらに内側の太い枝や幹に20%、地下にある部分に6%という分布がわかりました。 茶生産においては、茶摘みのあとは刈り込んで、新しい枝を出すという作業が標準的です。その刈り込みを、葉層部だけでなくその内側の枝部まで深く刈り込むことで、茶樹全体の放射性セシウムを4分の3ほど除去できそうだ、ということがわかりました。 そして、この対策が約2万haの茶畑に対して施されました。 茶樹における放射性セシウムの分布(農研機構,2012) 対策を早期に実施したことが功を奏し、茶では2012年度以降、基準値の超過を防ぐことができています。 ではここからは、特に事故時の放射性物質の大気放出が収まった後で重要になってくる、土壌から農作物へ移行する放射性物質の話を詳しく扱っていきましょう。 「移行係数」で〈土壌→植物〉の数値を知る 前編でも述べた通り、土壌を汚染した放射性セシウムは土壌粒子のフレイドエッジサイトに強く吸着する性質があり、雨が降っても鉛直方向にすぐに下がることはありません。 しかし一方で、すべての放射性セシウムが土壌粒子に吸着し続けるわけではなく、一部は植物に吸収されます。 では、土壌中の放射性セシウムは、どの程度植物に吸収されるのでしょうか。その吸収の割合を正しく評価するために用いられているのが「移行係数」というものです。 移行係数とは、植物体の放射性核種の放射性物質濃度[Bq/kg]を、土壌の放射性核種の放射性物質濃度[Bq/kg]で割ったものです。 移行係数 係数といっても常に一定ということではなく、植物の種類や土壌の条件によって異なります。 しかし、ある植物の移行係数を把握していれば、基準値内に収まるために土壌の放射能をどこまで低減させればよいかの指標になります。 ここでは一例として、玄米の移行係数を考えてみましょう。   除染で取り除かれた土 Photo by Getty Images 農産物の放射能濃度をコントロールする 1960年代をピークにして世界中で行われていた大気圏核実験由来の放射性物質は、日本の農地にも降り注いでいます。 その放射性物質が玄米にどの程度移行するか、という調査が長期的に続けられており、その結果、玄米の移行係数は大きくても0.1程度だということが確認されました。 (1960年代に0.1という値が測定された背景には、土壌からの移行だけではなく、放射性セシウムが稲に直接付着したことによるところが大きいとも考えられています。) 玄米の移行係数の推移(農環研) 「移行係数が0.1」ということは、「土壌の放射性物質濃度の約10%が植物の放射性物質濃度になる」ということです。 玄米の放射性セシウム濃度が想定より高くなった理由は? 移行係数が0.1という前提をもとに、2011年4月8日に原子力対策本部から「玄米中の放射性セシウムが暫定規制値(500Bq/kg)以下となる土壌中の放射性セシウム濃度の上限値を5000Bq/kgとする」という作付制限が発令されました。 そこで、福島県では水田土壌が調査され、作付制限にかからない田んぼで米が生産されました。 しかしそれにもかかわらず、2011年当時、暫定基準値を超過する米袋が0.2%出てしまいました。 2011年度の福島県産玄米の放射性セシウム濃度(農林水産省,2012)   この原因を解明するために、基準値を超過した玄米が検出された福島県内地域で調査が行われました。 すると、原因として土壌中の交換性カリウム量(植物が利用できる状態のカリウム量)がいちじるしく少ない場合に、この移行係数が高まるということがわかりました。 なぜカリウムが少ない土壌でセシウムがよく吸収されるようになるのでしょうか。 その理由は、元素周期表を見てみるとわかります。実はカリウム(K)とセシウム(Cs)は周期表の一番左、同じ列にある同族元素。つまり、化学的性質が似ているのです。 周期表の一部(著者作成) カリウムは植物が生きる上で必要な元素なので、この量が少ないときに、セシウムを取り込もうとする働きのスイッチが入るのだと考えられています。 ではカリウム肥料をどの程度与えれば、セシウム吸収抑制に効果があるのでしょうか。 それを調べるために、農研機構と福島県農業総合センターで土壌中の交換性カリウム濃度と移行係数について調査したところ、「生育期間を通して土壌100gに対して交換性カリウムが25mg程度になるようにカリウム肥料を与えることによって、玄米の移行係数を十分に低くできる」ということがわかりました。 土壌中の交換性カリウム含量と玄米の放射性セシウムの移行係数(農研機構) カリウム施肥に効果があった このカリウム施肥の効果は非常に大きく、福島県や周辺県の水田で広く施行されるようになりました。 その結果、毎年1000万袋程度が測定される玄米の放射性セシウム濃度検査において、100Bq/kgを超過した玄米は2012年で71袋(0.00%以下)にとどまり、2015年からは1袋も検出されていません。 玄米の放射性セシウム濃度の変遷(福島県、ふくしまの恵み安全対策協議会   このカリウム施肥による移行抑制対策は、玄米の他に豆類などでも用いられました。 米や豆類を育てる際、放射性セシウムが土壌にある程度以上残存している場合には、通常の肥料としてのカリウムの施与量では、移行抑制を確実に行うには不足していたためです。 一方、ほとんどの野菜に関しては、カリウム肥料が十分に与えられていたため、追加措置の必要はありませんでした。それらの対策によって、多くの農作物では基準値を超過するものは出ていません。 しかし一方で、山で自生しているものを含めた「きのこ・山菜」や「水産物」に関しては、2015年時点でそれぞれ検査件数の1.0%と0.1%というように、超過するものが完全になくなっていません。また、ジビエはまだ22%のものが基準値を超過しています。 食品の放射性セシウム検査数と基準値超過件数(消費者庁)   つまり、人間の管理のもとで生産をできない食品に関しては、まだ基準値を超えるものが出ています。 長期的に土壌からの移行を抑制するカリウム施肥に向けて カリウム施肥はセシウム吸収抑制対策として効果があることを見てきましたが、その肥料を撒くのは農家の方であり、費用と労力はかかり続けます。 そこで、この対策をいつまで続けるべきかを探るべく、研究が行われています。 放射性セシウムの移行抑制対策として「生育を通して土中のカリウム濃度を25mg/100gに維持する」という目安がありますが、その値は2011年に行った調査結果に基づいたものです。 研究の結果、年数を経るごとに土壌粒子と吸着する放射性セシウムの割合が増えるので、同じカリウム濃度でも、移行係数が下がることがわかりました。 また、粘土鉱物の種類や量によっても移行係数が異なることもわかってきました。 収穫期のカリウム含量と移行係数上:経過年数の推移 下:土壌成分の違い(農研機構 山村ら)   つまり、「植物種」「事故からの経過時間」「土壌の成分」を把握することで、移行係数をより詳細に推定することが可能になってきました。 2018年度からはこの結果に基づいて、実際に施肥量を決める実証実験も行われています。 この先に必要な「高度な対策」とは 最後に、この記事の前後編を通じて指摘したことをまとめます。 ●事故により放出された放射性物質は、広範囲の農地に降下した。●事故直後の対策として、放射性セシウムが直接付着した部分を物理的に除去する方法は効果的であるが、放射性物質を完全に除去できるわけではない。●土壌から作物への放射性物質の取り込み対策として、カリウム施肥をして土壌中の交換性カリウム濃度を維持する移行抑制対策が取られている。●土壌や汚染状況などによって期間に差はあるものの、施肥あるいは地域資源の循環などでカリウムの適切な供給を続けることによって、安全な農作物を供給できる。 なお、現在ではこれらの対策に加えて、イオンビームを使って植物に突然変異体をつくり、味や収量は変わらないが放射性セシウムの吸収量だけが少ないものを見つけ出す、という研究なども行われています(農研機構・石川ら 協力研究機関:福島県農業総合センター)。 信濃教授は講演をこのように締めくくりました。 ──福島産の農作物をさらに良質なものとして提供したいと思っています。 そのために必要になってくるのが、逆境をバネにして農業基盤の増強や地力の増進、肥沃度の向上を図ることです。 元に戻す技術ではなくて、それをさらに先に進める技術を見いだし、いずれは周りの県から「福島県の土壌いいな」と言ってもらうことを目標にしています。   雨宮 崇   日本科学未来館 科学コミュニケーター雨宮 崇TAKASHI AMEMIYA 1988年、山梨県生まれ。科学コミュニケーター。京都大学大学院エネルギー科学研究科修了。株式会社ベネッセコーポレーションでタブレット教材開発や映像授業講師に従事し、2015年から日本科学未来館へ。企業と連携したものづくりに関するワークショップの開発・普及展開や、東日本大震災後のリスクコミュニケーションなどに取り組んでいる。趣味は散歩とパソコンいじり。日本科学未来館 科学コミュニケーターのスタッフブログはこちら http://blog.miraikan.jst.go.jp/author/t-amemiya/

11年福島原発事故で放出 セシウム短期間で日本近海へ 「20~30」覆し1年後に還流 2019年7月8日 毎日新聞 夕刊7面

11年福島原発事故で放出 セシウム短期間で日本近海へ 「20~30」覆し1年後に還流 2019年7月8日  毎日新聞 夕刊7面   廃炉作業が進められている福島第1原発の1号機(右)から4号機。奥は処理水貯蔵タンク=福島県大熊町で2019年2月14日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影  2011年の東京電力福島第1原発事故で太平洋上に放出された放射性セシウムは、これまでの想定よりも短いルートですでに日本近海に戻ってきていたことが筑波大と海洋研究開発機構、金沢大の研究で判明した。流れ出たセシウムは、時計回りの亜熱帯循環に乗って数十年かけて日本近海に戻ってくると考えられていたが、1年後には近海で検出された。検出されたセシウムの濃度は低く、海の生き物に影響を与えないレベルだという。  これまで、原発事故で海中に流れたセシウムは、亜熱帯循環に乗って20~30年ほどで日本に戻ってくると予測されていた。しかし、この研究チームが海水を採取して放射性セシウムの濃度を測定したところ、日本近海の東シナ海では12年から濃度が上がり始め、14年には最大に達した。その1年後には日本海でもセシウムの濃度が高くなっていたという。現在は再び太平洋に流れているとみられる。  セシウムは、冬に季節風によって冷やされて密度が上がった海水が沈み込み、海中を西向きに移動する新ルートを通っていたと考えられる。筑波大の青山道夫・客員教授は「これほど短期間で戻ってくるというのは意外な結果だった。これまで知られていない新たなルートを見つけた」と話す。海洋研究開発機構の熊本雄一郎・主任技術研究員は「海水の循環が可視化されたことで、将来的には気候変動の予測などに貢献できる」と話している。【信田真由美】

広島、長崎の被爆者に放射線の遺伝的影響は果たしてなかったのか?ABCCー予防衛生研究所の犯罪を追及する(1)

広島、長崎の被爆者に放射線の遺伝的影響は果たしてなかったのか?ABCCー予防衛生研究所の犯罪を追及する(1) [第1稿] 2019年9月11日記 <はじめに>  日本の放射線生物学では、「広島・長崎の長期に渡る疫学調査の結果、放射線の遺伝的影響はなかった」ことになっています。多くの場合、その対象となった被爆者の人数が「妊娠登録を行った被爆者15,410例、同じく妊娠登録を行った非被爆者55,870例、計71,280例」の他に比類を見ない疫学調査の結果である、とされます。  果たして、「放射線によりショウジョウバエには遺伝的影響が出るが、人間には出ない。少なくとも広島、長崎の被爆者には放射線被ばくによる遺伝的影響の有意な増加は認められていない。」は正しいのでしょうか。  アメリカは1945年8月6日広島市に、8月9日に長崎市に原爆攻撃をしました。笹本征男『米軍占領下の原爆調査~原爆加害国になった日本~』新刊社,1995年をよれば広島、長崎の原爆攻撃をうけた直後から大本営調査団、陸海空軍、政府、大学の調査団が結成され、広島、長崎の調査に入っています。しかし、この調査団の目的は、原子爆弾の破壊的影響ー物的、人的、社会的影響ーの調査であり、被ばく者援護を目的としていませんでした。来るべき核戦争時代に次は勝利するための、作戦研究に役立てるためでした。  1945年8月15日に天皇の「終戦の詔勅」、8月21日にマッカーサー連合国最高司令官から降伏文書の受領、8月28日連合国軍先遣隊が厚木空港に到着、翌日8月29日には日本陸軍軍医学校を中心とする東京帝国大学医学部、理化学研究所の合同調査団が東京を出発、広島に向かっています。同日8月29日に広島衛生課の要請により、東京帝国大学伝染病研究所調査班が広島に到着、8月30日厚生省と九州総監府の委嘱による九州帝国大学医学部調査団が長崎に到着しています。この日、8月30日にマッカーサー連合国最高司令官が厚木に到着しています。  すなわち、敗戦後の日本側の広島、長崎の原爆被害調査(被爆者救護のためではなく)は、アメリカ占領軍の本土進駐に合わせて準備、実行されたものでした。  さらに1946年11月18日、アメリカ海軍長官ジェームス・フォレスタルが、アメリカ大統領トルーマンに、「原子爆弾傷害の後遺症を継続調査」するように進言。11月26日、アメリカ大統領トルーマンは、この進言を採択して、ABCC(原子爆弾傷害調査委員会)の設置を指令しました。しかし、この時点ですでに、ABCCは活動を開始していました。11月25日の時点でABCC予備調査団が東京に到着、東京大学、都築正男教授に面会をしています。この時点で、都築正男は、学術研究会議の原爆調査研究予算に30,000円(現在の円に換算すると12億円)が割り当てられたと説明しています。敗戦直後の日本で12億円もの国家予算が原爆調査研究のために、予防衛生研究所に使われたのです。それも、被ばく者の治療のための調査・研究が目的ではなく、原子爆弾の破壊的影響ー物的・人的・社会的影響ーの解明のために。これはまさに、日本が原爆被害国ではなく、アメリカとともに原爆加害国になった瞬間である、と笹本征男氏は同書で指摘しています。  日本政府は、アメリカのABCC(原子爆弾傷害調査委員会)とともに、予防衛生研究所を設立して、広島、長崎の原爆の破壊的影響を調査・研究しました。  以下が1949年5月から1951年9月までのABCC(原子爆弾傷害調査委員会)の年度別の人数表です。同書pp.207~209 年度 1949年5月 1949年10月 1950年2月 1950年5月 1951年9月 連合国人   50     80     105      117      143 日本人    150      400     600      687      920 1951年9月に至っては、1063人のABCC(原子爆弾影響研究所…予防衛生研究所支所)のうち、実に92%は日本人職員であり、この給料は日本政府の厚生省が負担していたのです。  また、国立予防衛生研究所は1947年に設立されましたが、その予算のうちの「原子爆弾影響費」は年々増えていき、1947年度~1951年度のたった5年間で3035万円、現在の円価格にして12億円もの費用を支出していました。これは、将来の核戦争に備えるための調査・研究費だった、ととらえることができます。同書pp.206  国立予防衛生研究所 年度別歳出予算(円) 【出典】国立予防衛生研究所 1951年5周年記念特集 pp.202-203 年度  予防衛生研究所 血清其他検定費  原子爆弾調査費          計 1947    9,812,960      13,395,000              756,000     23,963,960 1948     33,602,200     14,907,000       3,833,000            52,342,200 1949     32,371,745     68,206,902            7,033,142          107,611,789 1950     27,172,000     122,784,000       8,612,000      158,568,000 1951     35,855,000     141,920,000       10,118,000      187,893,000   計    138,813,905     361,212,902       30,352,142     530,378,949                                (予研歳出総額                              の17.5%)  アメリカ軍の研究機関ABCCと一体となった予防衛生研究所の原子爆弾影響の調査の結論が、「広島、長崎の被爆者には放射線被ばくによる遺伝的影響の有意な増加は認められなかった。」でした。果たして、本当に事実なのでしょうか?もし、これが虚偽であるとするならば、どのようにして、放射線被ばくによる遺伝的影響はなかった、という結論が導きされたのでしょうか?  続編(2)では、予防衛生研究所の原子爆弾の影響に関する医学調査の計画書全文を掲載し、当初、被ばく者の遺伝的影響を調査するための対照群として、広島市に対しては呉市が、長崎市に対しては佐世保市が選ばれ、その4市の被爆者および非被爆者とその子どもたちを対象とする健康調査や奇形、成長・発育調査が計画されていたことを明らかにします。  アメリカABCC(原子爆弾傷害調査委員会)は、計画の途中で、呉市と佐世保市の対照群の非被爆者とその子どもたちを調べることを放棄し、広島市や長崎市に原爆投下後に入市し居住・生活した人々およびその子どもたちを「非被爆者」とするように計画を変更します。広島市や長崎市に入市し居住・生活した人々も、原爆のまき散らした放射能に汚染された野菜を食べ、放射能に汚染された川の水を飲み、内部被ばくをしています。この原爆の放射線を直接浴び(外部被ばく)した被爆者(内部被ばくもしている)と、放射能で汚染された食べ物や水を飲んだ(内部被ばく)した市民とを比べた結果が「遺伝的影響の有意な増加は認められなかった」です。  本来は、被爆者と非被爆者とを比べ、被爆者の子どもと非被爆者の子どもとを比べるべき調査でした。直接原爆の放射線を浴びた被爆者と、内部被ばくをしている被爆者とを比べることになりました。どちらも放射線ににより、がんを発症し、子どもたちが流産、死産したり、奇形で産まれてきています。それが被爆者と非被爆者とを比べるのではなく、被爆者と被爆者を比べているのですから「有意な増加が見られなくなる」という仕掛けです。極めて巧妙な詐欺というべき、調査研究ではないでしょうか。  以下が、「広島、長崎の被爆者には放射線被ばくによる遺伝的影響の有意な増加は認められなかった。」とされる研究論文ですが、誰が作成したのかをご確認下さい。1957年ABCC(原子爆弾傷害調査委員会)とはっきり書かれています。すなわち、アメリカがこれからも核兵器を保有し、世界の憲兵であることを自認するためには、原子爆弾が遺伝的影響を引き起こすことがあってはならない、のです。国際法で化学兵器(サリン、マスタードガスなど)が兵器として使用が禁じられているのは、神経毒であると同時に、遺伝的影響があるからです。核兵器に遺伝的影響があるならば、それは人道に反する罪を引き起こす武器として、国際法上禁止されなければなりません。それを避けるために、1946年当時からアメリカが日本の広島と長崎で調査・研究してきたこと。そして、敗戦直後は大本営や軍部、政府、大学が、1947年以降は厚生省と日本の学術会議が全面的に協力して行われた広島・長崎の原爆調査が、そのアメリカの落とした原爆には遺伝的影響はない、と結論を出しているのです。日米合作の原爆による遺伝的影響の否定は、この論文にすべて発しています。この英語論文の日本語訳を作成したいと考えています。 James V.Neel W.J.Schull Effect of Exposure to the Atomic Bombs on Pregnancy Termination [...]

甲状腺検査評価部会「甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に対する 部会まとめ」について 2019年7月26日 「県民健康調査」検討委員会

甲状腺検査評価部会「甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に対する 部会まとめ」について    令和元年7月 「県民健康調査」検討委員会  福島県「県民健康調査」検討委員会(以下「検討委員会」という。)の下に設置する甲状腺検査評価部会において、甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に対する見解、今後の検討課題等が令和元年6月にまとめられ、7月8日開催の第35回検討委員会に「甲状腺検査本格検査(検査 2 回目)結果に対する部会まとめ」(以下「部会まとめ」という。)として報告された。 部会まとめの報告を受け、所見に対して結論づけるのは早いのではないかとの意見もあったが、多くの委員の賛成のもと、検討委員会としては了承するものである。 なお、検討委員会としての見解を下記のとおり整理し、また、委員の意見についても付記する。 記 部会まとめは、「甲状腺検査本格検査(検査 2 回目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」とした。これは、報告中にあるように、「現時点において」「検査 2 回目の結果に限定」されたものであること、将来的な見通しに言及したものではない点に留意する必要がある。 また、解析については、先行検査時点での比較で使用した4地域の単純な比較には多くの要因が影響しているものであり、放射線線量と甲状腺がんの関係を見るうえで、UNSCEAR の市町村別甲状腺吸収線量を利用した解析を行うことは、妥当であったと考える。さらに、線量が低い値であることを補足として説明すべきとの意見もあった。これらの内容について、県民へ分かりやすく伝える努力をする必要があると考える。 部会まとめで「今後の評価の視点」が示されたが、甲状腺検査及びその評価について、引き続き検討委員会において検討していく必要があると考える。 <委員からあった意見等> ○所見の結論部分に対するその他意見 ・ より丁寧に言えば「甲状腺検査本格検査(検査2回目)に発見された甲状腺がんについては、放射線被ばく線量との相関は認められない」とする方がよい。 ・ 表現について、「甲状腺検査本格検査(検査2回目)に発見された甲状腺がんについては、放射線被ばく線量との関連を示す知見は得られなかった」とする方がより正確な記述と考える。 ・ UNSCEAR の推測値を利用した解析による結論である旨の追加。 ・ 甲状腺がんと放射線被ばくとの因果関係については、肯定・否定とも断言することはできないと考える。 〇今後の評価の視点としての意見 ・ より詳細な甲状腺被ばく線量を用いた検討 ・ がん登録情報、臨床情報を含めた総合的な分析と評価 ・ 事故当時の年齢と発見率との関連 ・ 1回目と2回目を合わせた甲状腺がん症例と被ばく線量との関連についての分析 ・ 甲状腺がんの発見率が高いことや男女比についての検討 ・ 先行検査時点で利用した4地域の比較についての検討 

甲状腺がん未報告17人か 2019年7月24日 9時55分 NHK 福島放送局

甲状腺がん未報告17人か 2019年7月24日 9時55分 NHK 福島放送局  福島県が原発事故のあと、当時18歳以下の子どもを対象に行っている甲状腺検査で、がんやその疑いがあるという報告に含まれていない可能性がある患者が、少なくとも17人いることが民間の調査でわかりました。  福島県は原発事故のあと、被ばくの影響を受けやすいとされる事故当時18歳以下の子どもおよそ38万人を対象に、甲状腺の検査を実施しています。県は専門家で作る検討委員会にがんやその疑いと診断された患者の人数を報告していて、ことし3月末時点で、218人としています。 しかし、患者や家族を支援する「3・11甲状腺がん子ども基金」によりますと、支援を依頼してきた患者の中に、報告に含まれていない可能性がある人が少なくとも17人いることがわかりました。 このうち16人は、県の検査以外でがんやその疑いと診断されたということで、県は、把握が難しいことから報告には含まれていないとしています。 もう1人は、事故当時4歳だった子どもで、県が3年ごとに行っている検査のうち、去年行われた3巡目の検査でがんと診断され、ことし3月に県立医科大学で手術を受けましたが、県の報告には4歳の子どもは含まれていないということです。 甲状腺検査をめぐっては、おととしにも報告から漏れた4歳の子どもがいることがわかり県が調査した結果、おととし6月末までに報告に含まれない患者が12人いたことがわかっています。 専門家の検討委員会は県の報告を元に、がんと原発事故による被ばくの関係を調べていますが、今回、新たに報告に含まれていない患者がいる可能性が明らかになったことで、正確な把握が難しいことが改めて浮き彫りになった形です。   朝日新聞WEB版 福島県の甲状腺検査、18人が集計漏れか NPOが発表 奥村輝 2019年7月25日朝日新聞  東京電力福島第一原発事故後の福島県の甲状腺検査について、がんやその疑いがある人が、県の集計結果から6月末の時点で少なくとも18人漏れていると、患者らを支援するNPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(東京)が24日発表した。経過観察中の受診や県外の医療機関で見つかった例があるという。  基金によると、集計漏れは事故当時4~17歳までの男女18人。4歳男児の1人については、基金が17年3月に発表していた。崎山比早子代表理事は「正確な人数が不明のまま放射線影響を調べていて問題だ。また、5歳以下はチェルノブイリでの多発年齢で、特に注意する必要がある」と話した。県はがんやその疑い例を3月末時点で218人としている。  また、県民健康調査検討委員会は24日、検査2巡目について「がんと被曝(ひばく)の関連は認められない」とする専門家の甲状腺検査評価部会の報告を了承したと発表した。ただし「将来的な見通しに言及したものではない」として、より詳細な被曝線量を用いた検討や、1巡目と2巡目を合わせた分析が必要だとするなどの委員意見も記された。(奥村輝) 共同通信 甲状腺がん18人が集計漏れか 福島の子ども健康調査 2019年7月24日 13:13 共同通信 甲状腺検査の様子=2016年、福島県内  東京電力福島第1原発事故による健康影響を調べる福島県の県民健康調査に関し、NPO法人「3.11甲状腺がん子ども基金」(東京)は24日、甲状腺がんやその疑いがあるとの集計結果から少なくとも18人が漏れていると発表した。福島県外の医療機関で見つかった人などが漏れているという。  基金によると、集計漏れは、県民健康調査以外で甲状腺がんと診断された事故当時11~17歳だった16人と、同4歳だった男児2人。男児の1人については基金が2017年3月に発表済み。  自覚症状があり自ら医療機関を受診してがんと分かった例や、就職先の健康診断で見つかった例があったという。            

福島県、キノコ出荷制限一部解除 2019年9月6日 河北新報

福島県、キノコ出荷制限一部解除 2019年9月6日 河北新報  福島県は5日、東京電力福島第1原発事故に伴う野生キノコの出荷制限を一部解除した。西会津、柳津、三島の各町と昭和村のマイタケ、只見町のナラタケとブナハリタケ、昭和村のムキタケが対象。3年間の放射性物質濃度検査で継続して国の基準(1キロ当たり100ベクレル)を下回った。

日本の輸出規制強化が引き金に…韓国内製化が招く「衝撃の未来」 2019年9月9日 M&A ON lINE

日本の輸出規制強化が引き金に…韓国内製化が招く「衝撃の未来」 2019年9月9日 M&A ON lINE  サムスン電子が半導体製造で回路を浮かび上がらせるエッチング(食刻)ガスとして用いられるフッ化水素の韓国製品を導入したことが明らかになった。 サムスン、SKハイニックスが相次いで内製化にメド 日本政府が2019年7月4日にフッ化水素、フォトレジスト、フッ化ポリイミドの先端素材3品目の韓国向け輸出で規制強化に踏み切ってから、わずか1カ月半後という「スピード対応」だ。サムスン向けのフッ化水素の内製化に成功したのは、韓国のソルブレインとENFテクノロジーの2社。中国から輸入した無水フッ化水素酸を純度99.999%のフッ化水素液に加工したという。 SKハイニックスも韓国製フッ化水素によるテスト加工を始める。すでに同社の中国の半導体工場では、フッ化水素を従来の日本製から中国製に切り替えたという。両社とも現時点では低価格帯の半導体生産に用いている段階だが、韓国製フッ化水素を半導体ラインに導入した際に問題が起こらないかどうかを分析し、素材成分などを調整する作業も進めている。この作業が進み次第、より高価格帯の半導体生産にも利用していく方針だ。 サムスン製の半導体生産で用いられるフッ化水素に日本製から韓国製へのシフトの動きが…(同社ホームページより) 韓国の素材産業も動き始めた。韓国のソルブレインは2019年9月末に公州工場の増設を終え、韓国産フッ化水素の生産規模を拡大する。同社は日本から輸入したフッ化水素を精製した後にサムスン電子へ供給してきた。現在は材料となるフッ化水素を、台湾と中国から輸入しているという。 輸出規制3品目のうちフッ化水素は最も内製化が容易と考えられていた。その意味では「想定の範囲内」ではある。だが、その他でも内製化の準備が着々と進んでいる。半導体露光工程で用いられる感光材のレジストは生産工程とのすり合わせが必要で、長年にわたるノウハウと数年単位の開発期間が必要なため内製化が厳しいといわれてきた。 「寝た子」を起こした日本政府 しかし、最先端の回路微細化が不要な「3次元NAND型フラッシュメモリー」などの半導体では、すでにサムスンが韓国・東進セミケムのレジストに全面的に切り替えている。高品位のレジスト開発には「生産工程とのすり合わせが必要」であり、最先端の半導体生産を手がける韓国半導体メーカーの生産工程との関係が切れると日本のレジストメーカーの技術開発力が停滞する恐れがある。 3品目のうち唯一、国産化の動きが見えないのは有機ELディスプレーのカバーなどに用いられるフッ化ポリイミドだが、規制対象となるフッ酸の含有量が多い製品にはニーズがほとんどなく、韓国への輸出はほとんどない。韓国製スマートフォンの画面カバーに使われているフッ化ポリイミドはフッ酸の含有量が少ないため、日本の輸出規制対象になっていないという。つまり韓国では事実上、輸入に困らないから内製化の動きがないのだ。 このことから日本政府が輸出規制を強化しなければ、韓国で半導体やディスプレーパネル用素材の内製化は起こらなかったということだ。日本の輸出規制強化が「寝た子を起こす」ことになったといえる。さらにこの3品目以外にも内製化の動きが出ている。 韓国のセウォンハードフェイシングが、日本から全量を輸入していた半導体コーティング素材の酸化イットリウムの国産化にメドをつけたというのだ。酸化イットリウムは半導体や電子部品の表面に噴射してコーティング膜を形成し、耐久性を高めるのに用いられる素材。細かく緻密なコーティング膜を生成するのに必要な微細粒子の酸化イットリウムは日本製しかなかった。 韓国セウォンハードフェイシングが内製化にメドをつけた超微細の酸化イットリウム(同社ホームページより) ところが韓国の国家核融合研究所(核融合研)が開発したプラズマ技術を応用し、日本製の半分近い微細な酸化イットリウムの生産に成功したという。セウォンハードフェイシングは中小企業で、直ちに量産できるわけではない。だが、韓国政府が国策として支援したり、日本の輸出規制強化に震え上がった韓国半導体メーカーが同社に出資したりすれば、短期間での量産開始も不可能ではなくなる。 輸出規制最大の「被害者」は日本企業と経済 こうした動きは止まらない。韓国の政府や企業が「日本がさらに別の素材でも輸出規制を強化するのではないか」と疑心暗鬼になっているからだ。さらにもう一つの「事件」が韓国の内製化を加速させるだろう。それは米アップルがiPhoneの2020年モデル用に中国BOE(京東方科技集団)から有機ELパネルを調達するとのニュースだ。 有機ELディスプレーでは韓国メーカーに中国メーカーの追い上げが迫る(中国BOEホームページより) 有機ELパネルは液晶パネル同様、生産規模が価格と品質の安定性を決める。かつて液晶パネルで日本メーカーが韓国メーカーに駆逐されたように、やがては資本力にすぐれる中国メーカーに市場を奪われるのは避けられない。そうなれば韓国は現在の日本と同様、素材や生産装置を中国の有機ELパネルメーカーへ供給する産業の「川上(前工程)シフト」で生き残りを図ることになるだろう。 輸出規制強化への対抗と川上シフトの加速という「両輪」が噛み合うことで、日本の独壇場だった半導体やパネル向け素材や生産装置の韓国での内製化は一気に加速しそうだ。日本としても「韓国メーカーが技術開発力で日本メーカーを追い越すなんて考えられない」「やれるものならやってみろ」と高見の見物を決め込むわけにはいかない。かつて液晶テレビや半導体でも同様の見方が有力だったが、現在では両国の立場が完全に逆転している。 技術のキャッチアップのスピードは確実に上がっている。わずか数年で逆転ということもありうるのだ。韓国への制裁どころか、日本の「お家芸」だった先端素材産業がほかならぬ日本政府の手によって存続の危機に瀕する可能性すらある。韓国に対する輸出規制強化の最大の犠牲者は、日本の企業と経済だったという皮肉な結末になりかねない。 文:M&A Online編集部

高浜原発4号機で警報 蒸気発生器の水位異常、7分後に正常値に 2019年9月8日 毎日新聞

高浜原発4号機で警報 蒸気発生器の水位異常、7分後に正常値に 2019年9月8日 22:09pm 毎日新聞 関西電力高浜原発の1号機(手前左)、2号機(同右)、3号機(奥左)、4号機(同右)=福井県高浜町で2019年5月30日、本社ヘリから  関西電力は8日、運転中の高浜原発4号機(福井県高浜町)で同日午前、蒸気発生器の水位異常を知らせる警報が出たと発表した。保安規定にある「運転上の制限」を逸脱したとして原子力規制委員会や県などに報告し、原因を調べている。  関電によると、午前7時5分、蒸気発生器3基のうち1基で蒸気と冷却水の流量の差が大きいことを知らせる警報が出た。7分後に正常値に戻ったといい、「放射性物質の流出はなく、安全は確認された」としている。  4号機は今月中旬、定期検査に入る予定。【高橋一隆】 福井新聞 高浜原発4号機で警報 運転に影響なし、関電 2019年9月8日 22:32pm 福井新聞  関西電力は8日、営業運転中の高浜原発4号機(福井県高浜町)で、蒸気発生器の異常を知らせる警報が7分間繰り返し鳴ったと発表した。蒸気漏れといった実際の異常は確認されず、運転に影響はないという。同社は原因を詳しく調べる。  関電によると8日午前7時5分、蒸気発生器の水と蒸気の量を確認する二つの計器のうち一つで、入ってきた水と出ていった蒸気の量に、通常より大きな誤差が出たと知らせる警報が鳴った。7分後に正常値に戻り、警報は止まった。他の計器で蒸気漏れはないと確認した。  保安規定は二つの計器が正常に作動することを求めており、関電はこの制限を逸脱したと判断、原子力規制委員会に報告した。  [解説]  関西電力、高浜4号機は2018年8月にも、蒸気漏れの事故を起こしています。 高浜4号機蒸気漏れ 原因はごみ混入 2018年8月24日 23:13pm 産経新聞  定期検査中の関西電力高浜原発4号機(福井県高浜町)の原子炉容器の上ぶたから蒸気漏れが見つかった問題で、関電は24日、調査の結果、上ぶたと炉内に温度計を通すための管の接合部にごみが混入したことが原因だったと発表した。同日に予定していた発送電の再開は9月上旬まで遅れる見通し。関電によると、接合部に直径0・3ミリ程度のごみが混入。原子炉内に核燃料を挿入して温度と圧力を上げたところ、ごみが接合部から外に押し出されて蒸気が漏れたという。      

2019年9月1日 東京電力は1/2号機排気筒の最頂部の切断、撤去に成功。新聞各紙はどう伝えたか?

[解説]  2019年9月1日 東京電力は1/2号機排気筒の最頂部の切断、撤去に成功しました。新聞各紙はどう伝えたのでしょうか?  まず、東京新聞は2019年9月2日朝刊2面で、1/2号機排気筒の最頂部の切断、撤去について詳しく報道しました。作業員3名の投入もきちんと伝えました。 東京新聞 福島第一 排気筒やっと切断 「1日」が「1カ月」工程見直し不可避 2019年9月2日 東京新聞 朝刊 2面  東京電力は一日、福島第一原発1、2号機原子炉建屋そばに立つ排気筒(高さ百二十メートル、直径約三メートル)の解体作業を続け、筒頂部から本体約二メートル分を輪切りにして大型クレーンで地上に下ろした。一日で終わるはずだった最初の切断に一カ月を要した。この間、機器の不具合が頻発。来年三月までに上半分の解体を目指すが、作業工程の見直しは避けられない。  東電によると、八月三十一日午後七時半ごろ、筒頂部にクレーンで設置した切断装置の発電機が燃料切れで停止。代替の発電機も動かず、前日三十日朝から稼働していた切断装置は一時的に全電源を失った。  翌一日午前六時前、別のクレーンで作業員三人が乗った鉄製のかごを高さ百二十メートルまでつり上げ、作業員が筒頂部の装置に乗り移って給油した。その後、発電機を再起動して午前十一時五十二分から切断を再開。装置に付いている回転のこぎりで七十センチほど残していた輪切り部分を、午後三時七分に切り終えた。  切断装置と一緒に地上へ下ろした筒本体の重さは約四トン。今後、二~四メートルのブロックに分けて高さを半分にする。別の装置で損傷が激しい鉄塔の支柱も切断する必要があるが、本番での使用経験はまだない。  作業が難航した理由の一つは、回転のこぎりの刃の摩耗が東電の想定より早かったためという。筒本体は七割以上輪切りにすると、強度を保つために装置を外せず、刃の交換ができなくなる。東電は地上に下ろした筒本体の材質を分析し、今後の計画に役立てる。(小川慎一) [解説]  犯罪的なのは朝日新聞の報道です。朝日新聞は2019年8月1日は、この1/2号機排気筒解体作業が開始されたときに、「作業員の被ばくを避けるため遠隔操作で作業を行う」と報道していました。それが、9月1日最頂部が9ヵ所切断したままそれ以上作業できなくなったために、作業員が投入されたことを、朝日新聞全国版で報道しませんでした。  ところが、朝日新聞福島版では、「第1原発排気筒頭頂部つり下ろし 異例の作業員投入」と報道したのです。  朝日新聞全国版しか読んでいない読者は、遠隔操作で作業員もたいした被ばくもなく、最頂部の切断、撤去が行われたかのように思うことでしょう。東京パラリンピック、オリンピックまでは、原発廃炉にかかわる危険なニュースを全国版に載せないよう、報道管制が引かれているかのようです。 朝日新聞 2019年8月2日 朝刊3面 高い放射線量、遠隔で操作 作業員の被曝対策 福島第一排気筒解体 1、2号機排気筒の解体計画  東京電力福島第一原発の排気筒の解体作業が1日、始まった。排気筒は事故時の「ベント(排気)」で放射性物質を含む水蒸気を放出するのに使われた象徴的な設備だ。今も高濃度の放射性物質に汚染されており、遠隔操作の難しい作業になる。相次ぐトラブルで遅れていた工事にようやく取りかかった。  解体されるのは、原発敷地内にある4本のうちの1本で、炉心溶融事故を起こした1、2号機の共用排気筒(高さ120メートル、直径3・2メートル)。1号機建屋の水素爆発の影響で、排気筒を支える支柱のつなぎ目が破断し、劣化が進んでいた。原子力規制委員会から「倒れると危険だ」と指摘され、東電は16年に解体する方針を示していた。  解体は作業員の被曝(ひばく)を減らすため、200メートル離れた高台に設置した、大型バスを改造した遠隔操作室で作業する。約140台のカメラ映像を見ながら、大型クレーンでつり上げた解体装置を動かす。作業初日は午前7時半ごろから装置のつり上げを始め、筒の周りにあるはしごや電線管などの切断にとりかかる予定だった。だが、通信トラブルで装置の一部が動かず、昼過ぎから作業が始まった。2日から筒本体を輪切りにする作業に取りかかる。解体後は敷地内で保管する。  当初は3月に始める予定だったが、追加の安全対策が必要になったり、東電がクレーンの設計図の確認を怠って高さが足りなかったりして延期された。今年度中に排気筒の上半分の解体を完了する予定だが、強風時は作業を中止するため、天候次第で遅れる可能性があるという。  工事開始が遅れたことについて、磯貝智彦所長は「周辺の工事の影響については調整をしながら進めている。大きな支障があるとは考えていない」と話した。  今回、解体装置の開発や操作は、福島第一原発がある福島県大熊町の建設会社「エイブル」が担う。構内での重要作業を地元企業が担うのは異例という。岡井勇・第一工事部長は「地元企業として無事成功させ、地元の期待にしっかり応えられるよう安全に進めたい」と話した。(石塚広志、杉本崇)  朝日新聞 2019年9年2日 東京版27面 1日の予定が作業に1カ月 福島第一、排気筒の一部切断  東京電力福島第一原発の1、2号機の共用排気筒(高さ120メートル、直径3・2メートル)の解体で、最初の作業となる頭頂部(長さ約2メートル、約4トン)の切断が1日、ようやく終わった。解体作業は8月1日に開始。頭頂部の切断は8月2日の1日間のみで終える予定だったが、装置のトラブルなどが相次ぎ、約1カ月かかった。  解体装置の4枚の回転刃の摩耗が想定より早く、すり減ったり、止まったりして、作業は計5回中断した。熱中症になった作業員もいた。  東電は「初めての作業で、慎重に進めたこともあり、想定より時間を要した。予備日などに作業をすることで今年度内の完了を目指したい」とし、計画に変更はないとしている。(石塚広志) [解説]   ↑  作業員3人が投入されて作業が行われたことの記述はない。 朝日新聞 2019年9月2日 福島版19面 異例の作業員投入 第一原発排気筒頭頂部つり下ろし /福島県  東京電力福島第一原発の1、2号機の共用排気筒(高さ120メートル、直径3・2メートル)の解体作業で1日、ようやく頭頂部がつり下ろされた。だが、この日、作業員3人がゴンドラで上がるという異例の作業が行われた。被曝の恐れから、作業は遠隔操作を主としているが、早くも現場に人の投入という「最終手段」が使われた形となった。  東電によると、頂上に取り付けられた切断用の装置の電源には二つの発電機があるが、8月31日午後7時半ごろ、主電源が燃料切れとなり、予備電源を起動させようとしたが動かなかったという。  解体部分はすでに筒状の周囲の9割以上を切り込み、装置を取り外すと頭頂部が落下するリスクがあった。そのため、作業を行う大熊町の建設会社「エイブル」の作業員3人が1日に頂上に行くことになった。  午前5時40分ごろ、ゴンドラがつり上げられ、2時間半ほど燃料補給や点検作業をしたという。頂上付近の放射線量は30マイクロシーベルト程度で、東電は大きな被曝にはならないとみている。  切り取りの作業は正午前に再開し、午後3時ごろ完了。午後4時すぎ、頭頂部(約2メートル、約4トン)が地上に下ろされた。  (石塚広志) [解説]  朝日新聞の記事には、「頂上付近の放射線量は30マイクロシーベルト/時」とありますが、これは誤りです。東京電力が2019425日に公表した資料によれば、120mの最頂部での線量は80マイクロシーベルト/時です。以下、資料の0.07mSv/h~0.30mSv/hと記載されているうち、0.30mSv/hを誤って30マイクロシーベルト/時と記載したものと思われます。しかし、0.30mSv/hは正しくは300マイクロシーベルト/時です。これが高さ60m付近での線量です。このような場所で人間が長時間作業することはできません。 図1 1/2号機排気筒の解体前調査結果 筒身外部の線量(γ線)は0.07~0.30mSv/h 東京電力 2019年4月25日 図2 朝日新聞 2019年9月2日 朝刊 全国版 福島第一 排気筒の一部切断 1日の予定が作業に1ヵ月(作業員の投入について記述を削除) 27面 福島県版 第一原発排気筒頭頂部つり下ろし 異例の作業員投入 19面(作業員の投入について報道) [解説]  福島県の地方紙、福島民友、福島民報は2019年9月2日に、排気筒上端部の切断、撤去を報道しましたが、残念ながら、作業員3人が作業に投入されたことはカットしました。東京電力福島第一原発では、多くの福島県出身の作業員が被ばくしながら、作業しているのに、この被ばく労働をなぜ福島民友、福島民報は報道しないのでしょうか?東電福島第一原発の危険な被ばく労働を報道しない姿勢は改めるべきです。福島県の地方紙としての誇りを持って、報道するべき事実を報道するべきです。 福島民友 2019年9月2日2面 排気筒上端部ようやく切断 第1原発、1ヵ月遅れ  東京電力は1日、福島第一原発1、2号機の共用排気筒(高さ約120メートル)の上半分を解体する作業で、最上端部の高さ約2.3メートル部分を輪切りにし、地上に下ろした。解体の最初の工程を終えた。切断装置に不具合が相次ぎ、当初計画より約1ヵ月遅れた。  解体作業は地元企業が担当。現場の放射線量が高く、大型のクレーンで切断装置をつり上げ遠隔操作で作業を進めたが、通信障害や回転のこぎりの刃の摩耗などで難航。切断装置のケーブルが外れる施工ミスや、作業員の熱中症なども影響した。この日は午前5時40分ごろに作業を再開し、午後4時すぎに切断部分を地上に下ろした。  排気筒は2011年の事故の際、1号機の原子炉格納容器の圧力を下げるため、放射性物質を含む蒸気を放出する「ベント」に使われた。支柱に破断があり、解体は倒壊の危険性を下げるのが目的。今回の作業は8月1日に始まり、2日間で終える予定だった。 福島民報 2019年9月2日 2面 排気筒最上端部を切断 福島第一原発 最初の工程を終了   東京電力は1日、福島第一原発1、2号機の共用排気筒(高さ約120メートル)の上半分を解体する作業で、最上端部の円筒部分(高さ約2.3メートル)を輪切りにし、地上に下す最初の工程を終えた。切断装置の不具合などで作業が難航し、当初計画より約1ヵ月遅れた。  東電は今後も同様に排気筒を約3メートルずつ輪切りにし、地上に下ろす作業を繰り返す。今年度中の完了を目指している。  地元企業が請け負う解体作業は8月1日に始まった。大型のクレーンでつり上げた切断装置に不具合が相次ぎ、三度にわたって中断した。遠隔操作の通信障害や回転のこぎりの刃の摩耗などもあり、作業が遅れた。  排気筒は2011(平成23)年の原発事故発生直後、原子炉格納容器の圧力を下げるため、放射性物質を含む蒸気を放出するベントに使われた。支柱に破断が見つかっており、倒壊の危険性を下げるため解体する。  図3 排気筒上端部ようやく切断 第1原発、1ヵ月遅れ 2019年9月2日 福島民友 2面 排気筒最上端を切断 福島第一原発 最初の工程終了 2019年9月2日 福島民報 2面 [解説]    日本共産党の機関紙、赤旗もほぼ、福島民友、福島民報と同様な内容の解体作業の報道をしました。しかし、赤旗もまた、作業員の3人の投入について書きませんでした。予定にない作業員の被ばくについて、赤旗も報道するべきです。 赤旗 2019年9月3日 14面 排気筒 ようやく切断 福島第1原発 解体 4週間遅れ  東京電力は1日、福島第一原発の1、2号機排気筒(高さ120メートル)の解体作業について、最上部のブロックの切断・つり下ろし作業を完了したと発表しました。解体作業を開始した直後から解体装置の動作不良や台風対策などで中断を繰り返し、約4週間遅れの完了となりました。  東電によると、排気筒の上半分の約60メートルを23ブロックに分けて解体する計画。当初は5月に作業を開始する予定でしたが、解体装置を上からつるすクレーンの高さが足りないことが判明し延期。8月1日に作業を開始しました。  しかし7日に筒身本体の切断を開始したものの、刃の摩耗やモーターの負荷によって解体装置の動作不良が発生し、作業が中断。接近していた台風の通過を待ち、21日に切断作業を再開しましたが、動作不良で再度中断しました。部品を交換して30日に作業を再開しました。9月1日に切断・つり下ろし作業が完了しました。  作業開始時の計画では、8月下旬に23ブロックのうち4ブロックの解体が完了する予定でした。現時点で約4週間の遅れが発生していますが、東電は予備日に作業することで今年度内の解体完了をめざすとしています。 図4 排気筒ようやく切断 福島第1原発 解体 4週間遅れ 2019年9月3日 赤旗 14面 [解説]  犯罪的なのは、読売新聞と毎日新聞です。同2紙は,2019年8月2日の読売新聞社説、毎日新聞の記事で、1/2号機排気筒の解体作業を開始したことを伝えながら、2019年9月1日の最頂部の切断・撤去を一切書きませんでした。これではあたかも解体作業が順調に進んでいるかのイメージを与えます。読売新聞と毎日新聞は、東京パラリンピック、オリンピックまでは、福島第一原発の危険な廃炉作業は、一切報道しない姿勢なのでしょうか。国際原子力機関(IAEA)職員でも編集部に常駐しているか、のようです。 図5 読売新聞 2019年9月2日 朝刊 全国版・福島県版 1/2号機排気筒解体作業を一切報道せず 毎日新聞 2019年9月2日 朝刊 全国版・福島県版 1/2号機排気筒解体作業を一切報道せず [解説]  しかし、いずれの新聞も、1/2号機排気筒の解体作業で放射能が環境に放出されたことを書いていません。原発事故当時の1号機ベント、2号機圧力容器の主蒸気排気、更に圧力抑制室の底抜けによる放射能が1/2号機排気筒の内部に付着しています。 〈参考〉 2019年9月1日、東京電力が福島第一原発1/2号機排気筒(高さ120m)の最頂部の切断、撤去に成功。舞い散る放射能汚染は?(2)    新聞各紙は、東日本、いや、北半球に原発事故の際に付着した放射能が舞い散った可能性を東京電力の過去の資料に基づいて書くべきです。上記資料は2013年などの東京電力の資料に基づいて書いたものです。東京電力は2019年4月25日の資料では、1/2号機排気筒の外部のガンマ線の線量だけを測って、「計測されたのは、セシウム134,セシウム137だけ」「排気筒の内部に放射能が付着しているせいではなく、下にある1号機原子炉建屋のオペレーションフロアからの散乱ガンマ線の影響」という主張は虚偽です。上記資料に詳しく分析、評価しました。  報道機関は、東京電力の下請け機関に成り下がらず、独自に東京電力資料の分析をした上で記事を書くべきです。  [追記] 2019年9月9日  NHK福島放送局のニュースを確認しました。上記、新聞各紙にはない排気筒の事実が書かれています。「排気筒は原発の構内で最も高い構造物で、事故の際、放射性物質を含む気体が放出され、内部が汚染されている上、水素爆発などの影響で鉄骨にひびも見つかっています。」と内部が放射能で汚染されている事実を報道しています。また、作業員が投入されたことも報道しています。ただし、これも、全国のニュースでは流れず、福島限定です。 NHK NEWS WEBで「排気筒」で検索してみて下さい。出てくるのは2019年5月30日のニュース「福島第一原発の排気筒解体はことし7月下旬に着手へ」が最新です。 NHK NEWS WEB 事実を報道するのは福島県のみ、他の都道府県民には知らせない、というNHKの姿勢が見て取れます。 NHK 福島放送局 排気筒解体 1回目の作業終了 2019年9月2日 12時54分 福島 NEWS WEB 東京電力福島第一原子力発電所で3度にわたって中止され、先月30日に再開した排気筒の解体作業は、1日に1回目となる頭頂部の切断と吊り下ろしの作業が、3日がかりで終了しました。 福島第一原発にある高さ120メートルの排気筒の解体作業は、先月1日に、1回目となる頭頂部から2.3メートルの部分の切断が開始されましたが、熱中症の懸念や台風の影響のほか、切断装置の電源ケーブルが外れるトラブルで3度延期されていました。先月30日に再開されたあとも、遠隔で指令を送る通信のトラブルで一時、切断装置が動かなくなったり、装置の刃がすり減ったりして中断を繰り返し、1日は、装置の燃料がなくなったことから、作業員をクレーンに乗せ高さ120メートルまで運び、補給を行いました。そして、午後4時すぎに切断した部分を地上に吊り下ろし、1回目の作業が3日がかりで終了しました。排気筒は原発の構内で最も高い構造物で、事故の際、放射性物質を含む気体が放出され、内部が汚染されている上、水素爆発などの影響で鉄骨にひびも見つかっています。東京電力は、半分ほどのおよそ60メートルの高さまで解体する計画で、今年度中に完了することにしていて、「今回出た課題を検証し、進め方を改善していきたい」としています。        

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