内部被ばくについて、自主的に学習し、周りの方々に広めていくための会
ブログ
  • HOME »
  • ブログ »
  • 会員からの声

会員からの声

さいたま市在住 原島里枝 さんから

ご多忙中のところ失礼致します。さいたま市在住の、原島 里枝と申します。このたびは、さいたま市で内部被ばく問題の勉強はもちろん自分ができる地域のアクションについても考えていきたいと思い、参加希望です。 現在は、体調不良が続いていて長野県佐久市と2重生活をしています。(大宮医療センターにて内分泌代謝科にかかっているのもあり月イチで埼玉に戻っています。) 橋本病の認定があり、免疫系が弱く良性腫瘍の既往症もあり今後の自分の健康が不安です。多重アレルギー体質で食物アレルギー・金属アレルギー、小児喘息の既往症などがあります。(食物アレルギーは軽いのでいいですが添加物が苦手です。)以前からペニシリン系抗生物質にアレルギー(薬疹)でしたが、この5月にマクロライド系にも薬疹が出て処方禁止になり、これからの細菌感染症が不安です。最近はニッケルだけでなくシルバーにもかぶれます。3月15日は10時〜15時まで外に居ました。体調・免疫系が一気に悪化したと実感しています。原発事故後からは感染症にならないように気を付けています。外食を避け、水、食べ物にも気を遣っています。 精神的にも丈夫ではないのですが、私ができるアクションとして詩を書くので、参加詩誌やアンソロ詩集に震災と原発問題のことを書くようになりました。長野に月の半分ほど静養に来ていますが、長野市のデモや反原発勉強会などの参加をしています。(長野は自主避難で現在ワンルームを借りています。4月末から2重生活です。夫は松戸に通勤なのでとても心配なのですが、段々、私の体調が、嘔吐や下腹部痛腰痛などだけでなく、足が痛みます。時々ですが足をひきずったりろれつが回らなくなるなど、重金属に反応するのか?体調が悪化するようになり2重生活を続けています。医師に言っても信じてもらえそうにないので、埼玉では食事と掃除を特に気を付ける対策にしています。足や滑舌については、可逆的なので長野に居ると出なくなります。線量の高い方面に行くと一時的にそうなるのですが、とても不安になり怖くなります。でも、自主避難生活はお金が持たないので、そのうちたぶん夫が残っている埼玉に引き上げてくると思います。) 子どもを産みたかったのですが、高齢(37)ということも重なっていて、今後の妊娠・出産には躊躇しています。子どもがいるお母さんとは、そこが決定的に違うのですが、学校の給食問題を始め、子供たちの将来のための勉強やできるアクションに対し行動したいと思います。-現在、TSHの値が悪化(上昇)しているのもあり、だるさや疲れ、過眠が酷く、思うように参加できないかもしれません。タイミングが長野に居るときでも不参加になってしまいます。でも、さいたま市に戻っても忘れないでいたいし私の繋がる新米ママさんとも情報を共有したいので参加を認めて頂けたらと思います。よろしくお願い申し上げます。

y.eさん

私は、震災当時、福島県に住んでおりました。 自宅は原発からさほど遠くなかったので、放射能の影響を考え、震災当初より子どもを避難させておりました。 したがって、仕事が始まってからは、福島県との二住生活をしており、確かに疲れておりました。   福島の地に降り立ったとたん原因不明の下痢に襲われたり、のどが痛くなり、声がかれたと、低線量被爆に見られる特有の症状が断続的に見られておりました。   しかし、原発に近いところで仕事をするようになってから、さらに体調は急変しました。 1時間ほどの片付けでくたくたになり、立っていられなくなりました。信じられませんでした。 家に帰っても立っていられず、寝ころんでおりました。 その頃は、寝付きも悪くなり、睡眠も浅くなっていました。倦怠感と睡魔が慢性的にありました。食欲もなくなりました。 症状がひどくなると、ちょっとしたことに涙もろくなりました。最後には、リンパの腫れを感じました。   病院では、「うつ病」と診断されました。 放射能の影響を尋ねると「そんなはずはない」と断言されました。ただ、「リンパが痛くなるということはないなあ」と。   仕事は辞めてしまいましたが、その後も病状が回復するまでには時間がかかりました。県外での療養で、気分は清々していたのですが、ちょっと動くと疲れてしまい、その度に昼寝をしました。 しかし、寝ても現実的な夢を何度も見て、寝た気がしませんでした。しまいには、現実か夢か分からなくなってしまいました。   また、文字が読めなくなりました。視界に情報がたくさん入ると頭が働かなくなり、目をつむってしまいます。買い物に行っても、物が多いと気分が悪くなるので買うべき物のみ買ってさっさと家に帰りました。頭が使えなかったので、料理は作れませんでした。少し良くなってから、1品、1品と増やしていきました。   気分の高揚や落ち込みなどはありませんでした。       私の周囲にも、ごくわずかですが、影響のある人がいました。   それは、もともと病弱だった人です。 もともと「うつ病」だった方は症状が重くなり、薬を強めなくてはいけなくなったようです。 また、震災直後から精力的に避難所を廻られていた方の中には、声がかれ、かすれた咳が出るようになる人もいました。体力的にも辛そうでしたが、熱は出ないようでした。 また、今となって、頭痛持ちになった方、大腸から出血し、その後も体調不良になっている方がいることも分かりました。 頭痛持ちの方は、この夏休みに新潟に短期避難をしたところ、治ったとのことでした。しかし、いわき市に戻るとまた頭痛に悩まされているとのことです。

Copyright © 内部被ばくを考える市民研究会 All Rights Reserved.
Powerd by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.