[初稿]2014年12月29日

[追記]2019年10月15日 「セシウム・ボール」には不溶性のもの(主に2011年3月15日に放出)と水溶性のもの(主に2011年3月20~23日に放出)があることを追記。

 NHKサイエンスZERO シリーズ原発事故⑬ 『謎の放射性粒子を追え!』(2014年12月21日放映)はひどい番組でした。この間、気象研究所 足立光司氏らのセシウム球の研究、東京理科大学 理学部 中井泉氏らのSpring-8を使った研究、筑波大学 数理物理科学研究科 末木啓介教授らの福島県郡山市、いわき市、浪江町、阿武隈高地での土壌中のセシウム球の研究をわずか30分の番組にコンパクトにまとめて放映しました。

  しかし、この『謎の放射性粒子を追え!』では、なぜが中井泉氏らが発見した、ウランの存在について一切扱わず、「セシウム・ボール」という名称を繰り返していました。更に、この放射性粒子には、ウランはあったけれども、プルトニウムはなかったのでしょうか?そもそも、これをセシウム・ボールと命名するならば、これまで研究されてきたホット・パーティクルとどこが違うのでしょうか?シリーズ原発事故⑭に期待するしかないようです。

@動画さんのサイトで紹介されています。

 NHK・サイエンスZERO <シリーズ 原発事故⑬> 「謎の放射性粒子を追え!」

 〔1〕プロローグ

 原発から放出された放射性セシウムはどのような形で環境中に運ばれて行ったのか?

当初は、鉱物粒子や硫酸塩などのエアロゾル(大気浮遊塵のこと)に付着して運ばれたのではないか、と考えられていました。

〔2〕気象研究所で40年間観測されてきた、大気浮遊塵(エアロゾル)

 気象庁 気象研究所(茨城県つくばみらい市)では、空気を採取してエアロゾを調べる研究を40年間やってきました。

 原発事故当時のエアロゾルが付着したフィルターに放射性物質が捕捉されているのではないか。2011年3月14日ー3月15日の露場での500m3の空気中のエアロゾルを捕捉したフィルター(No.5-3)に、表面汚染を測定するサーベイメータ TGS-146を当ててみると、見る見るうちに545cpm前後を計測しました。

 これは原発事故前と比べると、セシウム137で1000万倍の放射能。直径3.6cmのフィルターに4億個以上のエアロゾルが捕捉されていました。この中から放射性物質の粒子を見つけ出したい。

〔3〕IPと電子顕微鏡でセシウム球を発見

 足立光司氏は、原発事故当時、アメリカの大学で電子顕微鏡を使った研究をしていました。気象研究所が電子顕微鏡の専門家を探していることを知り、2011年9月に帰国。IP(イメージングプレート)と電子顕微鏡を使って、セシウム球を発見しました。

 IP(イメージングプレート)とは、放射線を感知する写真乾板のようなもので、エアロゾルが付着したフィルターに未着させ、数週間置くと、放射線を出している放射性物質の場所が黒く感光します。

 以下は、WINEPブログ「キビタキの幼鳥の被爆像」2012-05-29 05:34から借用いたしました。

  気象研究所 足立光司氏は、このIP(イメージングプレート)という手法を使い、エアロゾルのうち放射性物質の粒子のあるフィルターの部分を切り取り、スライドガラスに載せていき、また、IP(イメージングプレート)でその粒子の場所を確認、最後は顕微鏡を使いながら、マニュピレイターというミリメートル以下の作業ができる器具を使いながら、フィルターを裂いていき、エアロゾル粒子を取り出していきました。

 1つ1つセシウムが含まれているかどうか、電子顕微鏡の元素分析機能を使って確認していきました。

 研究を開始してから4ヶ月後、直径2.6マイクロメートル(μm)の丸い粒子が見つかりました。

 成分分析をして見ると、Pb(鉛)、Cl(塩素)、Ca(カルシウム)、Zn(亜鉛)、Mn(マンガン)、Fe(鉄)とともにCs(セシウム)がありました。

放射性セシウムは重量の5.5%。この粒子は

 セシウム球 2011年3月15日採取 直径2.6マイクロメートル

   セシウム134 3.31ベクレル

   セシウム137 3.27ベクレル

と、6.58ベクレルもの放射能を持っていました。

 

〔4〕福島県浪江町で発見されたセシウム球

 筑波大学数理物質科学研究科 末木啓介教授は、福島県 浪江町、郡山市、いわき市、阿武隈高地の土壌で、セシウム球の存在を調査し、浪江町の土壌から4個のセシウム球を見つけました。その直径は3~7マイクロメートル(μm)

 うち1つ、直径7マイクロメートル(μm)のセシウム球は

    セシウム134 66ベクレル

    セシウム137 66ベクレル

ありました。

〔5〕 NHK・サイエンスZERO 「謎の放射性粒子を追え!」があえて放映しなかったこと、そして雑誌科学(2015年6月号 岩波書店)「大気浮遊塵試料からみつかった“セシウム・ボール”について」で青山道夫氏があえて書かなかったこと、それは、「セシウム・ボール」の中心にウランがあるということです。

ウランを含む原発事故由来のガラス状の大気粉塵がつくばにまで飛来 -放射光マイクロビームX線を用いた複合X線分析-

 これは、この番組でも紹介している、東京理科大学 理学部 中井泉氏らのSpring-8を使った研究の中で、はっきりと書かれている事実です。だいたい、NHKや青山道夫氏らは「セシウム・ボール」と命名していますが、放射性セシウムは重量のたった5.5%。あとの重量94.5%は何なの?ということにまったく触れない番組でした。セシウムだけでなく、ウランやバリウムもその中心に存在していたことが、放射光マイクロ線蛍光分光分析法(μ-XRF)や放射光マイクロ蛍光X線吸収端近傍構造(μ-XANES)スペクトル分析で明らかにしていました。

放射光マイクロ線蛍光分光分析法(μ-XRF)での「セシウム・ボール」中のウランの存在

放射光マイクロ蛍光X線吸収端近傍構造(μ-XANES)スペクトル分析でのウランの存在の分析

原子のエネルギー準位と特性X線

主な元素の吸収端とスペクトルエネルギー値

 まさしく、この2.6マイクロメートル(μm)の粒子は「セシウム・ボール」などではなく、ホット・パーティクル(高放射能微粒子)です。

〔6〕 NHK・サイエンスZERO 「謎の放射性粒子を追え!」の番組の最後でも、問題を小さく見せる報道をしました。それは、「セシウム・ボール」は水に溶けない、だから肺の中に入っても肺胞の中から血液に溶けだして、健康に影響を与えることは少ない、と言っていることです。

 この2.6マイクロメートル(μm)の「セシウム・ボール」は2011年3月14日の2号機のメルトダウン、メルトスルーによって、放出された核燃料デブリの微粒子であると考えられます。東電の発表では、2011年3月15日0時00分に2号機のドライベントをしています。同年3月15日6時10分2号機の圧力抑制室が爆発しています。

 この2.6マイクロメートル(μm)の「セシウム・ボール」は果たして水に溶けないのでしょうか。

 気象研究所、五十嵐康人氏、足立光司氏らが国際原子力機関(IAEA)の2014年2月17~21日、ウィーンで行われた国際シンポジウム「International Experts’ Meeting on Radiation Protection after the Fukushima Daiichi Accident:Promoting Confidence and Understanding」では発表したした資料です。

<参考> CHARACTERISTICS OF SPHERICAL Cs-BEARING PARTICLES COLLECTED DURING THE EARLY STAGE OF FDNPP ACCIDENT 五十嵐康人 足立光司 梶野瑞王  財前祐二 IAEA 20140218

<参考> ホット・パーティクルが水および熱硝酸に抽出される割合 五十嵐康人 足立光司ほか 日本語 20140218

 上記の五十嵐康人氏の資料のように、2011年3月15日9時~15時、15時~21時の「セシウム・ボール」は水への抽出率は、それぞれ5%、ー5%でした(図の2行目と3行目)。

 2011年3月15日21時~3月16日9時の「セシウム・ボール」は水への抽出率は、63.8%でした(図の4行目)。この水への抽出率とは、たった1時間水に浸しただけで水に溶けだす割合ですから、非常に水に溶けやすいと言えます。

 更に、2011年3月20日9時~21時、3月20日21時~3月21日9時、3月21日9時~3月22日9時の「セシウム・ボール」の水への抽出率は、それぞれ53.5%、60.1%、53.0%でした(図の4行目と7行目、8行目)。これらもまた、水に非常に溶けやすいと言えます。

 更に、図表には「熱硝酸抽出率」が記載されており、これを見ると、2011年3月15日9時~15時、15時~21時の「セシウム・ボール」は熱硝酸への抽出率は、それぞれ82.0%、69.5%でした(図の2行目と3行目)。これらの「セシウム・ボール」が肺ではなく、口から食道、胃を通るとき、強い酸性の胃液によってかなりの割合の放射性セシウムが解け、腸管から吸収されることが推定されます。

 「セシウム・ボール」は不溶性である、というNHKの番組の主張は間違いです。2011年3月15日9時~21時に気象研究所(茨城県つくば市)に到達した「セシウム・ボール」(正しくはウランを中心とするホット・パーティクル)は、水に対して不溶性のものが多かったのですが、特に2011年3月20日9時~3月22日9時につくば市に到達した「セシウム・ボール」は、水に非常に良く溶けるものだったのです。

 これらの水溶性の「セシウム・ボール」および気体状の放射性物質が2011年3月20日~3月26日を中心とする、東京都金町浄水場でのヨウ素131やセシウム134.137の汚染を引き起こしたのだ、と考えられます。

<参考>東京電力福島第一原発事故当時の東京都金町浄水場での水道水中のヨウ素131およびセシウム134,137<参考>東京電力福島第一原発事故時の水道水中の放射性ヨウ素(131I)の濃度の推移 【単位】ベクレル/kg  岩手県盛岡市、秋田県秋田市、山形県山形市、茨城県ひたちなか市、栃木県宇都宮市、群馬県前橋市、埼玉県さいたま市、千葉県市原市、東京都新宿区、神奈川県茅ケ崎市、新潟県新潟市、山梨県甲府市、静岡県静岡市<参考>東京電力福島第一原発事故時の水道水中の放射性セシウム(134Cs+137Cs)の濃度の推移 【単位】ベクレル/kg  岩手県盛岡市、秋田県秋田市、山形県山形市、茨城県ひたちなか市、栃木県宇都宮市、群馬県前橋市、埼玉県さいたま市、千葉県市原市、東京都新宿区、神奈川県茅ケ崎市、新潟県新潟市、山梨県甲府市、静岡県静岡市  今も、東京電力福島第一原発では、1/2号機排気筒の解体工事が行われており、1号機ベントや2号機の圧力容器からの蒸気放出によって、排気筒内部に付着したホット・パーティクルが新たに環境中に放出されています。

<参考> 「2019年9月1日、東京電力が福島第一原発1/2号機排気筒(高さ120m)の最頂部の切断、撤去に成功。舞い散る放射能汚染は?(1)」内部被ばくを考える市民研究会 資料 2019年9月4日

 <参考> 「2019年9月1日、東京電力が福島第一原発1/2号機排気筒(高さ120m)の最頂部の切断、撤去に成功。舞い散る放射能汚染は?(2)」内部被ばくを考える市民研究会 資料 2019年9月6日

 <参考> 「東京電力福島第一原発1/2号機排気筒解体工事、第二部分。2019年9月18日~20日」内部被ばくを考える市民研究会 資料 2019年9月23日

  東京電力福島第一原発事故によって環境中に放出された「セシウム・ボール」は、不溶性と水溶性の両方があり、両方ともの健康被害を考えなくてはいけないこと。また、この「セシウム・ボール」の中心部分にウラン(恐らくはプルトニウム)もあり、酸化ウランは非常に水に溶けやすいですから、不溶性の放射性物質と水溶性の放射性物質による内部被ばくの両方の健康被害を考えなくてはいけません。

 「原発事故で放出されたのは不溶性のセシウム・ボール」という議論は、内部被ばくを過小評価するものであり、間違いです。