[解説]

 大石雅寿氏が自身のtwitter「個人としての発言@mo0210」、更には朝日新聞、論座で、おしどりマコ氏の中傷を行っていることが明らかになりました。朝日新聞、論座がその該当部分を削除しました。 東スポWEB 2019年7月13日が概要を報じています。その下に 問題の朝日新聞、論座2019年7月2日の記事を掲載します。

 しかし、大石雅寿氏の朝日新聞、論座の記事「放射線副読本はなぜ回収されたのか?」には、「原発は絶対に事故を起こさない」と同様の「福島安全神話」が書かれています。また、放射線による発がんのメカニズムについての理解も間違っています。朝日新聞、論座は削除した部分だけではなく、誤った大石雅寿氏の記事全体を削除するべきです。

 大石雅寿氏の誤り、理解不足の箇所。以下の朝日新聞、論座に赤字で掲載。

① ある生物が持つ修復能力に較べて切断量が少なければその生物は安定に存在できるが、修復能力に較べて切断量が多ければ、細胞は自死(アポトーシス)したり、場合によってはがん化する。

② 被曝量が十分に少なければ被曝のことを気にする必要はないし、気にしても仕方がない。

③ 「量の概念」が極めて重要であり 放射性物質が存在するだけで危険などと考える必要はない

④ 福島市では、空間線量率が0.14μSv/hほどであり、何の問題もない。会津地方に至っては0.04~0.05μSv/hであり関東地方と同等の空間線量率を示している。

⑤ 「横浜の保育園の園庭に事故直後に集めたセシウムを含んだ可能性がある土が埋められている。その直上で空間線量率を測定したら0.05μSv/hだった。この保育園で2名の園児が白血病を発症した。」0.05μSv/hは横浜市近辺での自然放射線レベルと同等である。

 大石雅寿氏の①の誤りは、DNA修復とは何かを理解していないことによります。「放射線でDNAが切られる。しかし、人間にはDNAの修復能力があり、切られたDNAが再びつながれる」のは正しいですが、「修復能力に比べて切断量が多ければ(中略)がん化する」という理解は間違っています。1回のDNA損傷でもがん化は起きえます。

 DNAの損傷には、DNAあるいは染色体の切断からの修復によって、「安定型異常」と「不安定型異常」があります。「不安定型異常」とは、環状染色体(切れたDNAや染色体が環の形になる、下図D,E)や二動原体染色体(切れた染色体が2つ異常にくっつくため動原体という場所が1つの染色体に2つできる、下図F)です。原発労働者が被ばくした場合には、その血液を採取し、リンパ球を観察すると、この環状染色体や二動原体染色体が観察されることがあり、基準体積血液中に何個これらの「不安定染色体」が見つかるかの出現頻度を調べることで、被ばく線量を推定する方法があります。これをバイオドシメトリ(生物学的線量算定)と言います。

図1 染色体異常―ヒトの細胞遺伝学― 外山晶編 朝倉書店 1978年 pp.254

 しかし、この「不安定型染色体異常」は細胞分裂の際に、DNA合成がうまくいかず、アトポーシス(細胞のプログラム死)してしまいます。つまり、がん細胞にはなりえないのです。

 一方、以下のような転座と欠失の染色体異常の場合は、アトポーシス(細胞のプログラム死)という細胞死につながらないので、がん遺伝子(オンコジン)になる場合があります。これらを「安定型染色体異常」と言います。構造が正常な染色体と変わらないので、細胞分裂の際にも、DNA合成が行われ、細胞分裂ができます。ただし、がん化を防ぐための抑制遺伝子が放射線によるDNAや染色体の切断によって、失われる場合があるのです。

図2 転座と欠失 放射線科医のための放射線生物学 Eric.J.Hall 藤原書店 pp.28

 なぜ、がん遺伝子(コンコジン)になるのでしょうか?大石雅寿氏は、「修復能力に較べて切断量が多ければ、細胞は自死(アポトーシス)したり、場合によってはがん化する。」と言っていますが、DNAや染色体の修復が完全修復と誤解しているようです。または、理解不足です。彼は天文学者です。国立天文台勤務です。放射線生物学を勉強したこともない人間が、朝日新聞、論座に半知半解の放射線生物学の議論をするべきではありません。

 見かけ上のDNAや染色体の修復ですが、以下に見るように、切断された部分が取り除かれてくっついているのです。

図3 放射線による分裂間期における欠失形成を示す図 放射線科医のための放射線生物学 Eric.J.Hall 藤原書店 pp.404

  大石雅寿氏の修復能力に較べて切断量が多ければ」場合によってはがん化するという認識は誤っており、1個のDNAや染色体の切断でもがん化しうる、というのが正しいのです。「修復能力」の大小は関係ない、というのが現時点の放射線生物学で理解されているところです。これは、当然、からだの外部からのガンマ線によるよりも、からだの内部の細胞近傍に蓄積した、死の灰(ウランやプルトニウム239など)によるアルファ線の方が決定的にDNAや染色体の2重切断を行うことから、アルファ線核種の内部被ばくの方が決定的に発がん率が高いことは周知の事実です。

 国際放射線防護委員会(ICRP)が「外部被ばくと内部被ばくによる健康影響は、ミリシーベルトが同じであれば、健康影響は同じ」と主張しています。これは明らかな誤りです。ガンマ線、ベータ線核種とアルファ線核種と同列に比べること自体が間違いです。DNA損傷、染色体切断でもアルファ線核種の方が決定的な切断をして、DNAの一部分を破壊してなくしてしまうからです。切断量の多さではなく、DNA損傷、染色体切断の深刻さを考慮しなければ、アルファ線核種による先天的奇形の発症を説明できません。広島、長崎では多くの先天的奇形が生まれていますし、アメリカのネバダの核実験場の風下でもがんが多いです。アメリカの先住民族ナホバ族の居留地にあるウラン採掘鉱でも羊の奇形や住民のがんが多いです。ソ連の核実験場であったセミパラチンスクでも先天的奇形やがんが多いです。インドのウラン採掘鉱ジャドウゴラ鉱山でも先天奇形の赤ちゃんや住民のがんが多発しています。中国のカザフスタンのロプノール核実験場周辺でもがんが増えています。 アメリカが劣化ウラン弾を使用したイラクでも子どもの白血病や小児がんが増えています。

<参考>

「米インディアン居留地、ウラン鉱汚染 2010年6月24日 毎日新聞 大阪版」

インド・ウラン鉱山の村で① 先天異常、がん多発 治療もできず住民不安 ブログ きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影 2014年8月30日

 国連科学委員会(UNSCEAR)の2006年報告書では、たった11行しか劣化ウラン(DU)について言及していません。また、その箇所は3つの引用文献に基づいて書かれていますが、データは掲載されていません。その3つの論文では、国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護モデルを利用して、劣化ウラン(DU)の線量が低すぎると主張しています。いわば、劣化ウラン(DU)が無害である、という主張になっています。アメリカ、ソ連、中国の核実験場や、各国のウラン採掘鉱での先天的奇形や多発するがんを、国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護モデルや国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書は説明できません。それどころか、「こんなに低い線量では先天的奇形、がんは起きない」という主張になっています。人間の健康被害の事実を説明できないのであれば、放射線防護理論の方が間違っているのです。

<参考>

欧州放射線リスク委員会(ECRR)編『放射線被ばくによる健康影響とリスク評価』明石書店2011年11月30日2800円 pp.224~248

 なぜ、DNAの切断により、DNAの一部が失われることでがんが引き起こされるのでしょうか?それは、DNAの合成期になり、糸玉状をさらにXの字にからめてあった染色体がほどけて糸状になったときに放射線があたり、一部分が切り取られます。切り取られたDNAの切れたところときれたところはくっつきやすく、一部分が失われたまま、DNAがつながれます。これを「DNAの修復」と呼びますが、その失われたDNAの部分に抑制遺伝子(細胞が無限に細胞分裂して増えていきないようにするブレーキの役割を果たす)があった場合、抑制遺伝子が失われて、細胞ががん化する、というのです。

 これが、現在の放射性生物学の理解です。「DNA修復」はがん化を引き起こさないのではなく、「DNA修復」が行われてもがん化が起きる、というのが正しいです。大石雅寿氏の「放射線の量が少なければ安全」論は間違いです。「放射性物質が存在するだけで危険などと考える必要はない」のも間違いです。

 自然放射能カリウム40は、甲状腺がんを引き起こしますか?脳腫瘍や白血病を引き起こしますか?

 ヨウ素131は甲状腺がんを引き起こします。ウラン、プルトニウム239、ストロンチウム90は白血病を引き起こします。ウラン、プルトニウム239は先天的奇形や脳腫瘍を引き起こします。自然放射能と核兵器や原発の出す「死の灰」とを同列に比べるのは誤りです。微量であっても、ウラン、プルトニウム239、ストロンチウム90を体内に摂取することは、こうしたがんや先天的奇形のリスクを高めます。

 また、大石雅寿氏は以下のようにも書いています。

④ 福島市では、空間線量率が0.14μSv/hほどであり、何の問題もない。会津地方に至っては0.04~0.05μSv/hであり関東地方と同等の空間線量率を示している。

⑤ 「横浜の保育園の園庭に事故直後に集めたセシウムを含んだ可能性がある土が埋められている。その直上で空間線量率を測定したら0.05μSv/hだった。この保育園で2名の園児が白血病を発症した。」0.05μSv/hは横浜市近辺での自然放射線レベルと同等である。

  放射線生物学では、空間線量などで、健康被害を議論することはありません。核種が何か、その核種がどれくらいあるのか、また、どのようにして体内に摂取されて、どの臓器に蓄積したのか、が問題です。大石雅寿氏の議論で笑ってしまうのは、自然放射線のレベルと同じだから、健康被害はない、というところです。

 ウランやストロンチウム90で汚染された地域である場合、セシウム134、セシウム137などの核種が少なければ、アルファ線やベータ線はたくさん出ていますが、ガンマ線はほとんど計測されません。

 編集者はベラルーシのストロンチウム90で汚染されたために廃村になった村を訪ねていますが、その村の空間線量はガンマ線だけを測る線量計では、0.04マイクロシーベルト/時や0.06マイクロシーベルト/時です。しかし、その村はストロンチウム90は1キュリー/km2(3万7,000ベクレル/m2)あるとして、廃村になったところです。ストロンチウム90はガンマ線を出さず、ベータ線しか出さないので、空間線量計(ほとんどがガンマ線のみを測定)では汚染度は分からないのです。横浜市立保育園の土壌の上の空間線量率が0.05マイクロシーベルト/時だから安全とは、放射線防護学をまったく知らない素人の発言です。

写真1 廃村C ベラルーシ ゴメリ州 ザボロチェ村 ベラルーシ・プロジェクト報告 2013年4月 pp10

写真2 廃村Cの線量 ベラルーシ ゴメリ州 ザボロチェ村 ベラルーシ・プロジェクト報告 2013年4月 pp10

【単位】マイクロシーベルト/時

左から順に

クリアパルス社 Gamma RAE 0.04(黒)

堀場製作所 Radi-PA1000    0.061(白)

クウォルタ社 Radex1503   0.10(白)

ガイガーふくしま     不明(明るい白)

タウ技研 たんぽぽ     0.055(クリーム色)

持ち上げているもの 

ECO TEST社 MKS-05    不明(黒)

2013年3月17日17時測定(現地時間)

図4 ゴメリ州におけるストロンチウム90汚染マップ IAEA 1991年 ベラルーシ・プロジェクト報告 2013年4月 pp12

 図中のZabolotjeと書かれているのが、廃村C ザボロチェ村です。

 ストロンチウム90は白血病を引き起こします。そして、それはベータ線しか出さないので、空間線量計では測れません。写真2でクウォルタ社 Radex1503 だけが0.10マイクロシーベルト/時と比較的高い数値を出すのは、ベータ線、ガンマ線に反応するガイガー管の空間線量計だからです。ちなみに、このロシア軍の兵士はこのRadex1503を携行していて、「空間線量が0.3マイクロシーベルト/時になったら、ただちにそこから撤退せよ」と指示を受けているとのこと。栃木県那須塩原市でも、0.3マイクロシーベルト/時のところがありますが、住民には何の危険性も知らされず、普通に生活しているのが、原発事故のあった日本の現状です。

 大石雅寿氏の記事は、放射線生物学も放射性計測学も理解していない、素人の記事であり、一部分削除ではなく、全文削除するべきだと考えます。

〈東スポWEB記事〉

【参院選】ハンセン病誤報に続き今度は事実誤認?吉本芸人候補の要請で朝日記事削除

2019年7月13日(土) 東スポWEB 

【参院選】ハンセン病誤報に続き今度は事実誤認?吉本芸人候補の要請で朝日記事削除
吉本芸人のおしどりマコ氏
 

 参院選(21日投開票)に立憲民主党から比例代表で出馬している吉本芸人のおしどりマコ氏(44)が12日、記者会見し、朝日新聞の言論サイト「論座」の記事で名誉毀損されたとして、該当部分を削除させていたことを明らかにした。

 問題となった記事は今月2日に掲載された。「『放射線副読本』はなぜ回収されたのか」のタイトルで国立天文台の大石雅寿氏が寄せた記事。福島原発事故後、メディアの不安を煽る報道に懐疑的な見方を示す大石氏はマコ氏の「医師から堕胎を勧められた人に何人も会いました」との発言を引用し「しかし、福島県で事故後に中絶数は増えていない」と言及。

 また「(マコ氏が)タマネギの分球を放射線被ばくが原因であるかのように言った」とも。反原発・脱被ばく活動家が一般の人々に誤った情報と不必要な不安を与えるとし、擁立した立民に疑問符をつけていた。

 マコ氏の弁護人を務める馬奈木厳太郎弁護士は「堕胎を勧められた人に会ったという話をしただけで、発言を曲解し、あたかも中絶数が増えたと述べたかのような印象を与えている。(分球は)まとめサイトからの引用で、本人は原因について『調査を依頼している』と述べただけ」と反論。

 記事掲載は4日の参院選公示直前で、マコ氏の社会的評価や信用低下を狙ったとして、朝日に記事撤回を求め、11日までにマコ氏への言及部分が削除された。

 マコ氏は「朝日の記者は東電会見でよく一緒に取材し、自分の足で書いているが、(今回は)まとめサイトを論拠として書いているのに驚いた。原発事故前、安全神話があったように偉い人や肩書がある人の文章をうのみしてしまうことが怖い」と話す。

 朝日新聞社広報部は本紙取材に「名誉毀損にあたるとは考えておりませんが、参院選の期間中であることを考慮して、おしどりマコ氏の記載に関わる部分を削除いたしました」とコメントした。

 朝日新聞は9日にハンセン病家族訴訟を巡って「政府が控訴へ」と1面で報じたが、誤報となり、おわびを掲載する騒動があったばかり。マコ氏は、連絡がない大石氏への対応は未定という。

〈問題箇所が削除された論座記事、挿入された記事画像が削除された部分〉

「放射線副読本」はなぜ回収されたのか

放射線誤情報に翻弄されるメディア・政治・行政

大石雅寿 国立天文台特任教授(天文学) 

2019年7月2日 朝日新聞 論座

 

人工放射性物質だからダメ?

 2019年4月25日の朝日新聞に、「文科省の放射線副読本を回収 野洲市教委、記述を問題視」という記事が掲載された。驚いて記事を読んでみると、教育委員会が副読本を回収することにした理由として、放射線の安全性を強調するような印象を受ける記述が多い、被災者の生の声が少ない、小中学生にとって内容が高度、が挙げられていた。これは、2019年3月8日に開催された野洲市議会で田中陽介議員から「人工と自然界の放射性物質を同列のように扱い、(放射性物質が)安全であると印象を操作しようとしている」などと指摘を受けての判断であるという。

 野洲市は市議会での質疑の様子を録画し、インターネットに公開している。早速視聴してみると、田中議員は、自然放射性物質と人工放射性物質からの放射能は全然違う、(自然に存在する)放射性カリウム(40K)などは代謝や崩壊が速いので人体にあまり影響を与えない、という趣旨の発言をしていた。ちなみに、40Kの半減期は12.5億年であるので崩壊は非常にゆっくりである。

 よく知られているように、不安定な原子核から放出される放射線にはα線(ヘリウム原子核)、β線(電子)、γ線(高エネルギー光子)がある。これらの粒子には、自然に存在する放射性物質の原子核から出たのかあるいは人工的に作った放射性物質から出たのかの情報は載っていない。違うのはエネルギーだけである。

 生物は、その進化の過程で自然放射線に耐える能力を獲得したが、人類が人工放射性物質を作れるようになってからわずか数十年程度しか経っていないので生物は人工放射性物質からの放射線には耐えられない、という言説がネット等で流れている。もちろんこれは誤りである。田中議員は「そのような正確な知識を飛ばして人工の放射性物質と自然の放射性物質を同列のように扱い、ありふれたものであり安全であるという印象を操作しようとしていることは明白です。」と発言していた(市議会議事録で確認可能)。大変残念である。

 

量の概念が重要 — 安全vs.危険ではない

 放射線の持つエネルギーは、おおよそ100万電子ボルト(1MeV)である。生物の体は化学結合した原子が集まって構成されている。化学結合のエネルギーは数電子ボルト程度なので、生物の体に放射線が当たると化学結合を切断することが起き得る。当然、細胞内にあるDNAの化学結合が切断される場合もある。DNAが切断されたままであると生物活動に支障が出る場合がある。従って、放射線による被曝は避けた方が良い。しかし私達は、空気中や大地中、および、体内に存在するに存在する放射性物質(例えば40Kは4000~6000Bq、トリチウムは約100Bq存在する)からの放射線によって常に被曝している。40Kによる年間の内部被曝線量は、体重60kgの成人男子で0.17ミリシーベルト(mSv)である。

 放射線がゼロでも、DNAは細胞内で常に発生する活性酸素により切断される。1日に1細胞当たり最大50万回!の損傷が起きているという。このままでは生物活動に大きな支障が生じるので、生物にはDNA修復機構が備わっている。DNAの結合切断と結合修復プロセスが常に競争しているのだ。ある生物が持つ修復能力に較べて切断量が少なければその生物は安定に存在できるが、修復能力に較べて切断量が多ければ、細胞は自死(アポトーシス)したり、場合によってはがん化する。

DNAの損傷と修復の概念図。出典:環境省「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 平成29年度版」DNAの損傷と修復の概念図。出典:環境省「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 平成29年度版」
 

 従って、放射線被曝量がどれだけなのかを評価すれば良い。被曝量が十分に少なければ被曝のことを気にする必要はないし、気にしても仕方がない。しかし、当然ながら、多大な被曝は避けなければならない。「量の概念」が極めて重要であり放射性物質が存在するだけで危険などと考える必要はない。あるだけで危険ならば、私達全員は既にこの世にいないはずだ。

 文部科学省による放射線副読本では、上記の点を子供向けに説明している。確かに内容はやや高度であるので副読本を子供達に配付して自習させるのではなく、それなりの知識を持った教師などの大人が解説してあげるのが良いだろう。

メディアにはびこるセンセーショナリズムの罪 

 東日本大震災の数日後、カリフォルニア工科大学にいる知り合いからメールが届いた。「日本は壊滅したとニュースで言っていた。家族と一緒にこっちに来ないか?」今から思うとYESと言っておけば良かったのだが、「いや、大丈夫だよ。家族もみな無事だから。」と返事をしてしまった。同様の連絡が欧州からも届いた。尋ねてみると「報道で日本が壊滅的な被害を受けたと知った。」と。現状を伝えたところ「マスメディアはセンセーショナルな報道をするからなぁ。」と納得してくれた。

 地震や原発事故の直後であれば、被害の大きな所をメディアが取り上げる必要性はよく分かる。放射線にどの程度被曝するか分からない状況であれば、安全サイドに考えて情報を出すことも必要だった。しかし、事故から8年以上も経つのに、未だにセンセーショナルな報道が散見される。

 私が時々お邪魔する福島県で普通に人々が暮らしている所では、例えば福島市では、空間線量率が0.14μSv/hほどであり、何の問題もない。会津地方に至っては0.04~0.05μSv/hであり関東地方と同等の空間線量率を示している。農産物についてもしっかりと放射能検査を実施し、基準を満たした産品以外は市場に流通させていない。それでも山間部などでは除染ができないため、空間線量率が数μSv/hと高い所も残っているし、キノコ類はセシウムをはじめとする重金属類を集めやすいために基準を大きく超えるものが多い。こういう知識があれば、問題なく暮らせるのだ。

 原発事故後の経過を報道する新聞社などによる記事では、いかに国や東電の対応が悪いのか、未だに空間線量率が高い場所が残っている、という点のみを取り上げるものが多い。しかし、人々が普通に暮らしているという安心情報をメディアはほとんど取り上げない。危険情報のほうにより多くの報道価値があり、安心情報には報道価値がない、と言わんばかりだ。特に在京メディアが危険情報を多く流布することによって原発事故被災者が大変辛い思いをしていることを、メディア関係者は深刻な事態だと捉えるべきではないだろうか。

 メディアは人々の耳目を引く報道をしたがる。例えば、2019年6月1日に公開されたAERA.dotの記事にはこうあった。「横浜の保育園の園庭に事故直後に集めたセシウムを含んだ可能性がある土が埋められている。その直上で空間線量率を測定したら0.05μSv/hだった。この保育園で2名の園児が白血病を発症した。」0.05μSv/hは横浜市近辺での自然放射線レベルと同等である。しかし、放射線被曝→発がんという情報が流布されているため、保護者の方々はとても心配になったのだろう。横浜市議である太田正孝議員も動いていたようだ。上記記事では、放射線量が自然レベルであることには触れず、保護者が抱える不安と横浜市が動かないことを報じていた。放射線レベルが自然レベルと同等であれば、横浜市が動かないのは当然なのに。横浜市職員が気の毒だ。

 メディアの役割は、人々の不安を煽ることではないはずだ。

福島の人々と交流して

http://www.hiroshima.med.or.jp/ippnw/より”>IPPNW日本支部による説明。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
<a href=http://www.hiroshima.med.or.jp/ippnw/より” />IPPNW日本支部による説明。http://www.hiroshima.med.or.jp/ippnw/より

 

 2019年5月12日に鳩山由紀夫元首相がツイッターに、「核戦争防止国際医師会議は、放射能オリンピックと命名して放射能汚染リスクの残る東京でのオリンピック開催を疑問視している」と投稿し、物議を醸した。その後、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部はそのホームページで、「『放射能オリンピック』とのキャンペーンは、IPPNWの支部の一つであるドイツ支部が始めた活動のようです。これについてIPPNW本部において特段の議論が行われたことはありませんし、IPPNW本部からも本件活動に関与していないとの回答を得ました。」と発表した。

 IPPNWドイツ支部のホームページに行ってみると驚いた。例えば、原発事故による被曝のために日本全体で1万人を超えるガン患者が発生するだろう、と記載されている。

IPPNWドイツ支部が行っている“TOKYO 2020 放射性オリンピック”キャンペーン用のチラシには、「日本全体に汚染土を入れたフレコンバッグがあり、森・川・湖を汚染、日本に元の姿は戻っていない」、という唖然とする記述すらある。それ故彼らは、福島市でソフトボールの試合を行うことを疑問視しているのだ。IPPNWドイツ支部は、福島に来訪して美しい自然、美味しい食べ物と日本酒を堪能し、優しい福島の人々と交流するべきだ。

福島県飯舘村で咲き誇る復興の桜=筆者撮影福島県飯舘村で咲き誇る復興の桜=筆者撮影
 

政治家、政府・自治体、メディアに求めること

 国立天文台では、自然科学系研究所としてはかなり早い時期に広報室を設置し、研究成果を分かりやすく社会に発信する努力をしてきた。記者の皆さんには文科系出身者が多いので科学関係の報道では苦労されると伺っている。このギャップを埋めるために国立天文台では、年に一度「記者レクチャー」を開催してきた。明るい時間は選んだトピックスに関する講義を行い、日が沈んだら懇親会だ。懇親会目当てでレクチャーに参加される記者さんも多い(そちらのほうが多いかも)。

 こういう会合を通じて感じるのはメディアの強力な発信力である。最近ではネットを介して誰でも情報発信できるようになったものの、ネット情報は玉石混交だ。意図的に誤情報(デマ)を流す輩も散見される。それだけに、メディアには、正確な信頼するべき情報を配信してもらいたい。メディアが誤った情報を流してしまうのは以ての外である。メディア情報を参照している政治家や役人の皆さんにもやはり文科系出身の方が多い。役所にはもちろんメディア情報よりも多くの情報が集まっているが、政治家や役人が政策判断する際には正確な信頼するべき情報が必須である。

 様々な情報が流れる中で、どれが信頼できるかどうかを判断するのは簡単ではない。しかし「危険だ!」という耳目を引く話については鵜呑みにしないことだ。「本当だろうか?」と懐疑的に考え、きちんと裏取りをすることで、いい加減な情報に掻き回されることを防ぐことができる。

 そのためにも、政治家・政府/自治体・メディアの皆さんが、専門的なことを気軽に相談できるネットワークを日頃から構築しておくことが有効だろう。日本学術会議が公表している科学者の行動規範には、「社会の様々な課題の解決と福祉の実現を図るために、政策立案・決定者に対して政策形成に有効な科学的助言の提供に努める。」とある。科学者も社会の一員である以上、社会の発展に専門的見地から貢献するのは当然である。科学者のもつ専門的知識を社会が活用しないのは大変もったいない。