チェルノブイリ事故による遺伝影響についての長期的研究
G.I.ラジューク(ベラルーシ国立医科大学、ミンスク、ベラルーシ)、 佐藤幸男(広島大学)

【出典】チェルノブイリ事故による遺伝影響についての長期的研究 

    G.I.ラジューク(ベラルーシ国立医科大学、ミンスク、ベラルーシ)、 佐藤幸男(広島大学) 

    チェルノブイリ原発事故の実相解明への多角的アプローチ-20 年を機会とする事故被害のまとめ-

    トヨタ財団助成研究(2004 年11 月~2006 年10 月)研究報告書 研究代表者 今中哲二 2007 年

【編集】川根 眞也

※ 日本語訳、研究報告書では、「発達障害」、「重度発達障害」となっていたが、現在では「先天性奇形」という概念で説明されている内容であるので、川根がそれぞれ「先天性奇形」、「重度先天性奇形」に用語を統一した。また、kBq/m2の単位はすべてベクレル/m2に直した。(1kBq/m2=1000ベクレル/m2)。また、2.遺伝細胞学的影響に関する調査結果で、13.7万ベクレル/m2という数字があったが、チェルノブイリ法では13.7万ベクレル/m2という汚染区分はない。3.7万ベクレル/m2の誤りであると思われるので、3.7万ベクレル/m2に直して記載してある。「ミンスク州には、汚染レベルが17.5万ベクレル/m2 を越える地域も含まれている。」とあるが、チェルノブイリ法では17.5万ベクレル/m2という汚染レベルの区分はなく、18.5万ベクレル/m2の誤りであると思われるので、直して記載してある。

1.はじめに

 チェルノブイリ事故影響に関する遺伝性先天性疾患研究所におけるほぼ20 年間にわたるベラルーシ住民の調査結果は、少なくとも4つの事項がチェルノブイリ事故と関係していることを示している。そのうち3つの関係性は証明されたものであり、ひとつは関係がありそうなものである。はじめの3つには:
• セシウム137 汚染55.5万ベクレル/m2 以上の地域において、妊婦と新生児における染色体異常頻度が1986~1988 年に著しく増加したこと;
• 同じ地域の同じ時期において、人工的流産胎児と新生児に認められた先天性奇形の頻度が著しく増加したこと;
• 1986 年4 月26~30 日に最も放射線の強かった地域に滞在していた母親から1987 年1 月に生まれた子供たちにダウン症のピークが認められること.
 証明はされていないものの可能性のある事柄は、チェルノブイリ事故前と事故後における、構造的染色体異常(SCA)の内容の変化である。遺伝病につながるような新たな(de novo)染色体異常が、先祖からの遺伝的染色体異常(inherited SCA)に加えて認められている。観察された変化の病因は一様ではない。トリソミーを含めて染色体異常の増加が主に放射線被曝によってもたらされたとしても、1987~1989 年に認められた増加は、多因子的な分類に属する障害である。つまり、この種の疾病の原因には、放射線のみならず、栄養障害や、ホルモン、免疫などが関係している。

2.遺伝細胞学的影響に関する調査結果

 ベラルーシのゴメリ州とモギリョフ州において、チェルノブイリからの放射能汚染がもっとも大きな地区に居住していた妊婦とその新生児を対象に細胞遺伝学的調査を実施した。末梢血リンパ球を培養しその染色体異常を通常の方法で検査した(Г.Лазюк и др.,1999)。表1に明らかなように、すべての妊婦と新生児グループにおいて、二動原体染色体と環状染色体異常の頻度が増加しており、生物学的に有意な放射線被曝を受けたことが認められる。

• * – 第1グループ:1986 年5-6 月にゴメリ州の最大汚染地区から避難した妊婦;
• ** – 第2グループ:セシウム137 汚染3.7万-55.5万ベクレル/m2 かそれ以上の地域に1年以上居住した妊婦;
• *** – 第3グループ:セシウム137 汚染3.7万-55.5万ベクレル/m2かそれ以上の地域に2年以上居住した妊婦;
• **** – 第4グループ:ノボポーラツク市の対照グループの妊婦.
避難した妊婦(第1グループ)での変異影響は、事故後半年から1年の間に妊娠した妊婦(第2グループ)や、セシウム137 汚染3.7万-55.5万ベクレル/m2かそれ以上の汚染地域に2年以上居住した妊婦に比べて大きい。また、新生児グループの環状・二動原体染色体頻度は、その母親グループより大きいことが認められる(ゴメリ州で0.38%対0.32%、モギリョフ州では0.21%対0.19%)。

3.胎児の先天性奇形に関する調査結果

胎児期の先天性奇形に関する調査は、人工的流産によって得られた胎児や新生児を検査することによって実施された。

3-1.人工的流産の調査結果

 社会的流産、つまり女性の意志によって中断した妊娠から得られた胚子や胎児の検査を行った。調査試料は選択的に収集されたものではないので、調査は実質的に人口全体を反映している。流産手術は、妊娠5~12 週の段階で助産・婦人科の専門医療施設において子宮掻爬の方法で実施された。得られたサンプルは、ホルマリンで固定されない状態で、ステレオ顕微鏡や病理切片を用いて、遺伝性先天性疾患研究所の胎児専門家が検査した。必要な場合には、組織を培養して細胞遺伝学的な検査を行った。胎児性先天性奇形の認定は、検査した器官の大きさに基づいて行った。検査した胎児の総数は3万1000 以上で、そのうちチェルノブイリ汚染地域からのサンプルが2701 件、残りはミンスク市の女性から得られたサンプルで対照グループである。放射能汚染地域の人工的流産からの胎児に認められた先天性奇形頻度は、同時期にミンスク市で認められた頻度より著しく大きかった(7.2%対4.9%)。先天性奇形の増加はすべての器官において認められたが、とくに多くなっていたのは、唇口蓋裂、腎臓、尿管の倍加、多指症、神経管欠陥であった。人工的流産で観察された先天性奇形増加の大部分が病因的に不均一なものであることは、それへの放射線被曝の寄与を一義的に見積もることを困難にしている。そのうえ、染色体数的異常の増加や組織硬化細胞死といった、放射線に特徴的な影響は認められなかった。

3-2.発達障害に関する調査結果

 遺伝的問題によって医学的流産によって妊娠中絶させられた胎児、(死産児)、新生児における先天性奇形の頻度を調べた。この調査には、遺伝性先天性疾患研究所において1979 年から実施されている、先天性奇形国家登録のデータを用いた。ベラルーシ国家登録の詳細は、2003 年のラジュークらの論文(7)に述べてある。ここでは、重度先天性奇形(VPRSU)の結果のみを示す。このカテゴリーは、誕生前または新生児において診断された次のような障害が属する。無能症(Q00)、脊椎披裂(Q05)、唇口蓋裂(Q35, Q37)、多指症(Q69)、四肢欠損(Q71, Q73)、食道閉塞(Q39, Q39,2)、肛門閉塞(Q42, Q42,3)、ダウン症(Q90)、複合発達障害(Q86, Q87, Q89,7, Q91-93,Q96-99).重度複合障害頻度の分析は4つのグループに分けて行った。第1グループは、セシウム137 汚染レベルが55.5万ベクレル/m2 以上のゴメリ州とモギリョフ州の17 地区で、第2グループは、第1グループの対照グループとなるもので、セシウム137 汚染レベルが3.7万ベクレル/m2 以下のベラルーシ国内30 地区である。第3グループは、(州都は除いて)汚染レベルに関係なくゴメリ州とモギリョフ州全体である。そして第4グループ、これは第3グループの対照グループとして、(首都ミンスク市と州都ビテプスク市を除いた)ミンスク州とビテプスク州全体である。

図1に容易に認められるように、事故前に同じレベルだった重度先天性奇形頻度が、チェルノブイリ事故後の3年間は、第1グループでの頻度が対照グループに比べて著しく大きい。

 

その後の時期では、両地域の先天性発奇形頻度に統計的な違いはないが、年ごとのゆっくりした増加が認められている。その結果、1990~2003 年での障害頻度は両地域とも上昇し、1987~1989 年に汚染地域で観察されたレベルに達している(表2)。

 

 重度先天性奇形の頻度を、図2のように州単位(第3グループと第4グループ)で比較した場合には、事故後の3年間に頻度増加の傾向はあるものの、最大汚染地域に観察されたような上昇は認められない。

 

 重度先天性奇形頻度の3年間の増加が、州単位の扱いで小さくなったのは、最大汚染地域(セシウム137 汚染55.5万ベクレル/m2 以上17 地区)の結果が、州という、人口が多くて汚染が小さく比較的クリーンなところを含む大きな地域によって「薄められた効果」であろう。さらに(第4グループである)ミンスク州には、汚染レベルが18.5万ベクレル/m2 を越える地域も含まれている。

 ゴメリ州とモギリョフ州最大汚染17 地区における重度先天性発達障害の相対リスクは、1981~1985 年は0.9 であったものが、1987~1989 年に1.6 に上昇し、その後(1990~2003 年)には1.0 に下がっている。特に増えた、つまり相対リスクが大きい障害は、多指症、四肢短縮および複合先天性奇形である。これらの障害は優性突然変異に特徴的であり、その発生要因には電離放射線被曝が大きく寄与するものである。以上のように、ベラルーシの中でチェルノブイリによって大きな汚染をうけた地域では、重度先天性奇形頻度の増加が3年間(1987-1989)認められた。

 最近の障害頻度は、汚染レベルに関係なく増加傾向を示しており、「クリーン」地域と汚染地域での実質的な違いは認められない。日本での原爆後の調査のように、もしも、ベラルーシでもチェルノブイリ事故から4、5年たってから先天性奇形の調査をはじめたならば、汚染地域と非汚染地域での頻度の違いは観察できなかったであろう。

4.染色体および遺伝的変異影響に関する調査結果

 これまでの多くの研究結果が示しているように、チェルノブイリ事故によって放出された放射能による被曝によって、住民の体細胞の突然変異が増加している(И.Елисеева, 1991, М. Пилинская,С.Дыбинский, 1992, G.Lazjuk et al,1995)。ヒトの性細胞においても同じような変異が生じていると考えられるが、チェルノブイリ事故に関してそのような調査は実施されていない。間接的ではあるが、そのような影響について遺伝性先天性疾患研究所の調査結果を基に考察できる。研究所では、チェルノブイリ事故前と事故後について、ダウン症と遺伝病の新生児に関する染色体構造異常データが得られている。

4-1.ダウン症

 ダウン症に関する調査結果は、ベラルーシ全体の年変動および州ごとのより大きな年変動(100%以内)の中で、1987 年1月に(2.5 倍という)急なピークが認められている。そのうち、ゴメリ州での頻度が1000 人当り3.6 件と最大であった。そのようなダウン症の頻度は、期待される値を2-3 倍越えるものである(表3)。

 

 おそらく確かなこのピークの原因についての研究(Г.Лазюк и др., 2002, G.Lazjuk et al, 2003)により、妊婦の年齢構成の違い、出生前診断、さらに緊急事態における関心の増加といった要因は増加の原因ではないことが示されている。この結果についての多くの議論の後、ベラルーシ住民に対する短期間の強い放射線被曝にともなう女性配偶子への影響が唯一の原因であると認められた。この結論は、(放射線はもっとも強かった時期に妊娠してその9カ月後に出生という)時期的な集団発生、事故初期の放射能雲の軌跡と一致するダウン症児の地域分布、ほ乳類妊娠直前の卵形成期での放射線感受性増加と放射線レベル最大時期の一致、によって支持されている。

 4-2.構造的染色体異常をともなう染色体病に関する調査

 染色体異常が原因となる病気のひとつに、構造的染色体異常(SCA)がある。そしてSCA には、親の生殖細胞での突然変異(デノボSCA)と先祖から引き継いだ突然変異(相続性SCA)がある。デノボSCA と相続性SCA との割合変化を調べることによって、たとえば放射線被曝といった、変異性要因がもたらす遺伝的変化を判断できる。

 ベラルーシ遺伝性先天性疾患研究所においては、チェルノブイリ事故前と事故後における、汚染地域と対照地域でのデノボSCA と相続性SCA の比率に関する調査を行っている。ここでは、ベラルーシ新生児発達障害国家登録の1979~1998 年のデータを用いた。SCA によるさまざまな染色体病の子供をもつ、全部で209 家族が検査された。チェルノブイリ事故前が72 家族で、事故後が137 家族である。表4に示したように、汚染地域と対照地域におけるデノボSCA と相続性SCA の割合は、チェルノブイリ事故前は両地域に統計的に有意な違いはない(t=0.9、P=0.58)。

 1987-1998 年においては、染色体病児のデノボSCA と相続性SCA の関係は、汚染地域と「クリーン」地域ともにデノボSCA が増加しているが、汚染地域での増加がより大きかった(89%対68%、t=2.99、P=0.99)。

 

 以上のように、より広範な調査結果が必要とされているが、デノボSCA の割合が増加しつつあるというこれまでの調査結果は、遺伝的構造に対して変異源が作用していることを示しており、なかでも放射能汚染地域において顕著である。

 なお、本論文に関連る詳細なデータは、現在Tekeichi らによって編集作業中のレポートに詳しく示してある。

 

文献
1. Елисеева И.М. Цитогенетические эффекты, наблюдаемые у разных контингентов лиц,
пострадавших от аварии на Чернобыльской АЭС// Автореф.дис. канд.мед наук. -Москва, 1991.-24 с.

2. G.I.Lazjuk, I.A.Kirilova, D.L.Nikolaev, I.V.Novikova, Z.N.Fomina, R.D. Frequency changes of inherited
anomalies in the republic of Belarus after the Chernobyl accident// Radiation Protection Dosimetry. -1995.
– V.62, N1/2. – p.71`-74.

3. Лазюк Г.И., Николаев Д.Л., Новикова И.В., Политыко А.Д., Хмель Р.Д. Облучение населения
Беларуси вследствие аварии на Чернобыльской АЭС и динамика врождённых пороков развития
//Международный журнал радиационной медицины. – Вып. 1(1), – 1999. – с. 63-69.

4. Лазюк Г.И., Зацепин И.О., Верже П., Ганьер Б., Роберт Е., Кравчук Ж.П., Хмель Р.Д. Синдром
Дауна и радиационное облучение: причинно следственная связь или случайная зависимость//
Радиационная биология.-2002.-Т.42-№6.-с.678-683.

5. Lazjuk G., Zatsepin I., Verger P., Gargniere B., Robert E, Khmel P. Cluster of Down’s syndrome casese
registered in January of 1987 in Republik of Belarus as a possible cobsequence of Chernobyl accident//
Int.J.Rad.Med. – Kiev.-2003.-V6 N 1-4. -p.55-69.

6. Пилинская М.А., Дыбинский С.С. Частота хромосомных аберраций в лимфоцитах периферической
крови детей, проживающих в районах с различной радиоэкологической обстановкой/Цитология и
генетика, 1992. -N26(2).-с. 11-17.

7. Lazjuk G.I, Verger P., Gargniere B., Robert E., Zatsepin I.O., Kravchuk Zh.P., Khmel P.D. The congenital
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Reproductive Toxicology, 2003.-N 17. –p.659-666.

翻訳 今中哲二

編集 川根眞也