放射能の基礎知識 人工放射能はなぜ危険か? 

                              2016年11月23日記

<川根の問題意識>

 政府や福島県県民健康調査検討委員会の「放射線の専門家」は、「福島県のこれくらいの放射線量では、がんは増えない。」「発見されている小児甲状腺がんは、スクリーニング検査(原発事故当時0~18歳までの子どもたちすべてを対象にした検査)だから、見つかっている。原発事故の放射線の影響ではない。」と言っています。

 福島県の放射能汚染を、すべて空間線量率(マイクロシーベルト/時)で判断し、自然放射線と比べるというやり方で、「これくらいの放射線は大丈夫」としています。

 彼らは、食べ物の中にも、カリウム40や炭素14などの自然放射能があり、それによる被ばくが年間0.99ミリシーベルト、大地から出てくる放射性ガスのラドン222、トロン220などによる被ばくが年間0.48ミリシーベルト、宇宙からの放射線などを合わせて、年間2.1ミリシーベルトの被ばくをしている、と解説しています。

 この自然放射線で年間2.1ミリシーベルト浴びているのだから、この原発事故で1ミリシーベルト浴びても健康に影響があるはずがない、という論調です。これは、放射性物質の種類(核種)を無視した暴論です。そして、「自然放射能より少ない」、のではなくて、「自然放射能に追加1ミリシーベルト」であることを隠しています。地球上の生物はやっとのこと自然放射能に耐えているのに、更に追い討ちをかけるように、大気圏内核実験や原発事故の放射能に身体を蝕まれているのです。

 更に、東京~ニューヨーク間を航空機で往復すると、1回0.11~0.16mSv。胸部CTスキャン1回 2.4~12.6mSv、胸部X線検査が1回 0.06mSvなどを事例に挙げて、今回の原発事故後の放射能汚染状況と比較して、こんなに少ない被ばくなのだ、と説明しています。これも追加被ばく、と考えるべきです。

 原発事故で放出された放射性物質(以後、簡単に放射能と呼びます)を、航空機利用や、CTやX線と比較して、「これくらいの放射線は安全」という強烈なキャンペーンが行われています。

 福島県では、「放射能が怖い」という言葉すら口に出せない雰囲気が作られています。

 しかし、2006年に政府の機関、原子力安全・保安院が作った資料にはこう書かれています。

放射線業務従事者の1人たりの平均線量は

・90年代以降平均線量は1mSv/年付近で推移

・90年代以降最大線量は30mSv/年を下回っている。(以下、グラフ 放射線業務従事者の1人たりの平均線量 単位 mSv/年 参照)

 つまり、年間1ミリシーベルトの被ばく労働ですら、労働者として管理すべき、できれば、もっと下げなくてはならない、という認識なのです。ちなみに、スウェーデンでは年間0.5ミリシーベルトを達成しています。原発労働者でもない、子どもたちが年間1ミリシーベルト追加被ばくすることの異常を日本政府や福島県、各自治体の首長は理解しているのでしょうか。原発労働者の20倍の基準、年間20ミリシーベルト以下なら、住民は住めるとして、強制的に次々と福島県の計画的避難準備区域(年間20ミリシーベルト以下)、居住制限区域(年間20ミリ超え50ミリ以下)、帰還困難区域(5年後も年間50ミリ超え)に住民帰還を進めています。これも自然放射能+年20ミリシーベルトや、+年50ミリシーベルトです。福島県民には、一般人の被ばく許容線量、年間1ミリシーベルトは適用されないのでしょうか。前双葉町町長の井戸川克隆氏は「なぜ福島県民には年間1ミリシーベルトは適用されないのですか。福島県民は日本国民ですか。」と復興庁に問うたそうです。福島県は、「自主避難者」(本来は、避難を余儀なくされた人と呼ぶべき)の住宅支援を2017年3月31日で打ち切るとしています。住宅支援を打ち切り、住民を帰還させる基準が20ミリシーベルトだというのです。

 以下は、2015年3月1日に常磐線が全面開通した際の福島民報の記事です。ここにこう書いてあります。「常磐道は原発事故による避難区域を通る。政府の原子力災害現地対策本部が昨年10月に実施した調査では、広野―南相馬IC間(49.1キロ)の空間線量率は平均毎時0.71マイクロシーベルトだった。車に乗り法定速度の時速70キロで同区間を通過する際の外部被ばく線量は0.40マイクロシーベルトで、胸部エックス線を1回撮影した場合の約150分の1となる。」「同本部は『健康に影響のない数値』としている。」

 果たして、胸部エックス線は無害なのでしょうか。いいえ、けっして無害ではありません。ですから、妊婦の胸部エックス線は厳しく制限されているのです。また、アリス・スチュアート博士はイングランド州とウェールズ州の保健所員の協力を得て、1953年から1955の間にガンで死んだ1674人の子どもの母親全員に詳細な面接調査をおこないました。同時に、同人数の健康な子どもの母親にも同じような面接調査をおこないました。1957年5月までに、1299例―その半分は白血病で、残りは主として主として脳と腎臓の腫瘍であった―の分析が完了しました。その結果、妊娠中に骨盤部に何回かのX線照射を受けた母親から生まれた赤ん坊は、X線照射を受けなかった母親から生まれた赤ん坊に比べて、2倍近くの白血病や他のガンになりやすいことが判明しました(白血病ばかりではないことに注意)。1958年6月に発表した論文で同博士は、妊娠中に受けた医療用X線による被曝は小児ガンの発生率をあきらかに増加させうると結論しました。

 X線被ばくが安全であるという前提で、X線の何分の1の外部被ばくだから安全、という議論は暴論であり、事実を歪めるうそです。

 川根は、2013年にチェルノブイリ原発事故でもっとも放射能がひどかったとされる、ベラルーシ共和国を訪問し、小児甲状腺がんの診断と治療に関する医師向け研修に同行しました。その際、高放射能汚染地帯のゴメリ州を訪問し、「子どもの家」で現地の医師から地元の子どもたちの健康状況や甲状腺がんの発症状況の話を聞きました。甲状腺がんを摘出した方々(原発事故から27年たっていて、35歳くらいでした)の体験談も聞きました。そこでは、大事なのはセシウム137やストロンチウム90の汚染が土地にどれくらいあるか、であり、日本のように空間線量から被ばく線量を評価して、何ミリシーベルトという話は一切ありませんでした。

 ベラルーシ共和国の放射線生物学研究所の方々にも、広島・長崎の原発による被ばくと、今回の東電 福島第一原発事故の人体への健康影響の違いについて、質問しましたが、「何ミリシーベルトではなく、放射性物質の種類(核種)が問題だ」と即答されました。

 日本政府、環境省、経済産業省、福島県や各自治体が、現在進めている、「放射線リスク・コミュニケーション」はごまかしです。原発や核爆発で放出される人工放射能であるヨウ素131やセシウム137、ストロンチウム90も、同じベータ線、ガンマ線を出すからと自然放射能であるカリウム40とごっちゃにして、「これくらいは安全」という議論をしています。致命的な欠陥は、放射能による健康被害は、自然放射能を超えた部分から顕著になる、という事実を無視していることです。ですから、人工放射能は少しでも危険、が真実です。

 自然放射能の主役である、カリウム40は、半減期が12.8億年と非常に長い時間をかけて崩壊していきます。一方、原爆や原発が産み出す放射性セシウムの、セシウム134は半減期が2年、セシウム137は30年。ストロンチウム90は半減期が29年。人間が命あるうちに急速にベータ線、ガンマ線を出して崩壊していくのです。カリウムは細胞をつつむ細胞膜を作る必須栄養素です。体内に体重60kgの大人で放射性のカリウム40は4000ベクレルほどありますが、これは一定の量のまま、蓄積・濃縮することはありません。それは、地球の長い歴史の中で生命の中で、生命がこのやっかいな自然放射能と付き合うために、必須栄養素カリウムの中の放射性のカリウム40をずっと同じ場所に留めないようにする仕組みを開発しました。それはアトポーシスという、自らの細胞を自ら壊しつつ、一方食事で摂った栄養素から細胞分裂で新しく細胞を作り出すという、新陳代謝を行うことです。カリウム40には7つの代謝経路があるといわれています。

 これに対して、セシウム137やストロンチウム90は、1940年代にアメリカが原爆を開発するために、人工的にウランの核分裂を行うことで初めて地球上に誕生した人工放射能です。そして、それは、ニューメキシコ州のアラモゴードでの人類最初の原爆実験(1945年7月16日、作戦名:トリニティ)で地球上に初めてばら撒かれた核種です。同年8月6日広島でウラン型原爆リトル・ボーイが投下され、8月9日長崎でプルトニウム型原爆ファット・マンが投下され、日本は人類最初の核戦争の実験場になりました。セシウム137とストロンチウム90を初めとする人工核種は、この原爆投下という人体実験において全地球規模でばら撒かれました。続くソ連の核実験成功から、米ソは競って大気圏内で核実験を行うようになりました。軍拡競争の始まりです。人類が日常的に放射性物質を体内に取り込むようになったのは、1945年からなのです。たかだか、71年前からのことにしか過ぎません。生命がセシウム137やストロンチウム90を効果的に排出し、有効に対処できないのは当たり前のことです。

 事実、セシウム137入りの食品を食べ続けていけば、体内にセシウム137はどんどん蓄積していきます。

 川俣町の70代の男性の体内には1万9507ベクレルものセシウム134、137が溜まっていました(毎日新聞 2012年8月22日 )。自然放射能カリウム40ではこれほど蓄積することはありえません。

自家栽培の野菜食べ 福島の男性2人

毎日新聞 2012年08月22日 15時00分(最終更新 08月22日 15時00分)

 

 市場に流通しない自家栽培の野菜を食べた福島県の70代男性2人が、比較的高い1万ベクレル超の放射性物質を取り込む内部被ばくをしていたことが、東京大医科学研究所の調査で分かった。うち1人は約2万ベクレルに達したが、これによる被ばく線量は年0.85ミリシーベルトで、国が設けた食品からの被ばく限度(年1ミリシーベルト)は下回った。調べた坪倉正治医師は「健康被害が出るレベルではないが、自家栽培の野菜などを食べる場合は検査してほしい」と話す。

 2人の男性は、同県川俣町と二本松市在住。今年7~8月、内部被ばく量を測定する装置「ホールボディーカウンター」を使い、体内の放射性セシウム(134と137)の量を調べた。その結果、川俣町の男性からは1万9507ベクレル、その妻からは7724ベクレルが検出された。二本松市の男性の内部被ばく量は1万1191ベクレル、妻は6771ベクレルだった。いずれも東京電力福島第1原発事故で放出された放射性セシウムを食品から取り込んだとみられる。

 川俣町の夫婦は、同県浪江町の原木で自家用に栽培したシイタケや自宅近くで採ったタケノコ、干し柿などを毎日食べており、シイタケからは14万ベクレルを超す放射性物質が検出された。二本松市の夫婦は、この夫婦からもらった野菜を食べていたという。【河内敏康】

 そして、政府や福島県が派遣する「放射線の専門家たち」は、外部被ばくと内部被ばくの人体への影響は、1:1、つまり同じだと主張しています。これは国際放射線防護委員会(ICRP)、電離放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)、国際原子力機関(IAEA)も同じ立場です。この外部被ばくと内部被ばくとが同じ、という立場で、内部被ばくを評価すると恐ろしい結論になります。上記の新聞記事には、「うち1人は約2万ベクレルに達したが、これによる被ばく線量は年0.85ミリシーベルト」とあります。2万ベクレルも体内に放射性セシウムが蓄積しているのに、年間1ミリシーベルトにいかない、これが国際放射線防護委員会(ICRP)を中心とする、放射線防護モデルの致命的な欠陥です。では、彼らの理論に基づくと、どれくらい体内に放射性セシウムが蓄積していれば、年間被ばく線量1ミリシーベルトになるのでしょうか。福島県の第3回県民健康管理調査検討委員会の配布資料にその値が解説されていました(2011年7月24日)。その数値、何と5万1000ベクレルです。5万1000ベクレル、体内に放射性セシウムがあって始めて、年間1ミリシーベルトの内部被ばくをしたことになるのです。

 ベラルーシの医師、スモルニコワ・バレンチナさんが来日されて講演した際、命に危険な放射性セシウムの体内蓄積のレベルについて話されています。子どもでは体重1kgあたり20~30ベクレルで医学的な対策が必要、50ベクレル/kgでは危険なレベル、と語っていました。大人でも体重1kgあたり200ベクレルで医学的な対策が必要、500ベクレル/kgでは危険なレベル、と語っていました。

 川俣町の70代の男性は、体内に2万ベクレル。彼の体重が60kgだとすると、体重1gあたり333ベクレル。これは、医学的な対策が必要なレベルを超えています。危険なレベルの一歩手前と言えます。川俣町のある方から聞いたことによれば、この男性は2013年の夏に亡くなっています。

 国際放射線防護委員会(ICRP)のような、内部被ばく軽視の、放射性物質の種類を無視した、放射線防護理論では、私たちの健康を守ることはできません。

 そこで、私は、まず、① 核種による健康影響を考えること。② 放射能汚染マップで食品の汚染度を判断すること。③ 保養の大切さ。を学ぶことを中心にすえた、放射線防護教育の実践に取り組んでいます。更に、福島差別が深刻化する中で、埼玉県民自身が多かれ、少なかれ、被ばくしたのだ、という現実から問題を考えることを提案しています。福島の出来事は他人ごとではない。私たち自身が自分とその子孫の健康をどうやって守るのか、という視点に立った、問題提起が必要である、と思います。

 以下は、ウクライナの「非汚染地帯」の親や子どもたちの健康状態と子どもたちの食事の放射能汚染の状況です。1.1ベクレル/kgの食事で痛みや風邪を引きやすい症状が出ています。子どもも大人も放射能入りの食べ物は食べるべきではない、という放射線防護教育を続けていきたいと考えます。