みるく世ゆがやゆら

与勝高校三年(よかつこうこうさんねん)  知念 捷(ちねん まさる)

2015年6月23日 那覇市 沖縄慰霊の日 式典にて

 

みるく世がやゆら

平和を願った古の琉球人が詠んだ琉歌が私へ訴える

「戦(いくさ) 世(ゆ)済(し)まち みるく世(ゆ)ややがて 嘆なじくなよ 臣下(しんか)命(ぬちど)宝(たから)」

七〇年前のあの日と同じように

今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終りを告げる

七〇年目の慰霊の日

大地の恵みを受け大きく育ったクワディーサーの木々の間を

夏至(かーちー)南風(べー)の湿った潮風が吹き抜ける

せみの声は微かに風の中へと消えてゆく

クワディーサーの木々に触れせみの声に耳を澄ます

みるく世がやゆら

「今は平和でしょうか」と私は風に問う

花を愛し踊りを愛し私を孫のように愛してくれた祖父の姉

戦後七〇年再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた祖父の姉

九十才を超え彼女の体は折れ曲がりベッドへと横臥する

一九四五年沖縄戦彼女は愛する夫を失った

一人妻と乳飲み子を残し二十二才の若い死

南部の戦跡へと礎へと

夫の足跡を夫のぬくもりを求め探しまわった

彼女のもとには戦死を報せる紙一枚

亀甲墓に納められた骨壺には彼女が拾った小さな石

戦後七〇年を前にして彼女は認知症を患った

愛する夫のことを若い夫婦の幸せを奪ったあの戦争を

すべての記憶が漆黒の闇へと消えゆくのを前にして彼女は歌う愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように

あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと

軍人節の歌に込め何十回何百回と

次第に途切れ途切れになる彼女の歌声

無慈悲にも自然の摂理は彼女の記憶を風の中へと消してゆく

七〇年の時を経て彼女の哀しみが刻まれた頬を涙がつたう

蒼天に飛び立つ鳩を平和の象徴というのなら

彼女が戦争の惨めさと戦争の風化の現状を私へ物語る

みるく世がやゆら

彼女の夫の名が二十四万もの犠牲者の名が

刻まれた礎に私は問う

みるく世がやゆら

頭上を飛び交う戦闘機クワディーサーの葉のたゆたい

六月二十三日の世界に私は問う

みるく世がやゆら

戦争の恐ろしさを知らぬ私に私は問う

気が重い一層戦争のことは風に流してしまいたい

しかし忘れてはならぬ彼女の記憶を戦争の惨めさを

伝えねばならぬ彼女の哀しさを平和の尊さを

みるく世がやゆら

せみよ大きく鳴け思うがままに

クワディーサーよ大きく育て燦燦と注ぐ光を浴びて

古のあの琉歌(うた)よ時を超え今世界中を駆け巡れ

今が平和でこれからも平和であり続けるために

みるく世がやゆら

潮風に吹かれ私は彼女の記憶を心に留める

みるく世の素晴らしさを未来へと繋ぐ