トリチウムの代謝と線量評価―ヒトのモデル系としてのマウス新生児に取り込まれたトリチウムの代謝と各臓器における蓄積線量の評価― 京都大学原子炉実験所 斉藤眞弘 石田政弘 1985年4月8日

[解説]

[第1稿]2019年9月25日 14:45pm

[改訂第2版]2019年9月25日 22:45pm 脳に蓄積する → 脳に残留する

 訂正

 グラフの最初が100キロベクレル/gとあります。論文を読むと、母親マウスには妊娠中から37万ベクレル/mLのトリチウム水を母親マウスに与えた、と書かれています(グラフ5の説明文)

 この論文には、非常に重要な研究成果が記載されています。しかし、重要な結論は文章には記載されていません。グラフから読み取る必要があります。グラフ4は、「ほ乳開始より離乳までの期間母マウスにトリチウム水を投与し, 間接的に母乳を介して子マウスにトリチウムを与えてその代謝を調べた結果」ですが、極めて重要な結果が読み取れるのですが、筆者たちはあえてその重要な結果を文章には書きません。そのグラフ4の意味するところは、以下です。編集者がグラフから読み取りました。

本文 pp.170

 「Fig. 4(グラフ4)には各種臓器中の総トリチウム濃度のトリチウム投与停止後の経時変化を示してある。トリチウム投与停止後のトリチウム濃度が停止直後から, 5週齢に至るまで脳を除いてほぼ重なっているのがわかる」

       ↓

編集者のよる考察

 「Fig. 4(グラフ4)各種臓器中の総トリチウム濃度のトリチウム投与停止後の経時変化を示してある。妊娠した母マウスにほ乳開始からトリチウム水を与え、乳児マウスに間接的に母乳を通して乳児マウスにトリチウムを内部被ばくさせたところ、ほ乳開始30週目では、トリチウムは脾臓、腸、心臓、肝臓よりも、脳に10倍以上多く残留する。肺の3倍、腎臓の5倍も多く脳に残留する。

図1:トリチウムの代謝と線量評価―ヒトのモデル系としてのマウス新生児に取り込まれたトリチウムの代謝と各臓器における蓄積線量の評価― 京都大学原子炉実験所 斉藤眞弘 石田政弘 1985年4月8日 グラフ4

【編集者】川根眞也 ※ 青字、赤字は編集者。数字は指数表示定規から読み取った。

<乳児マウス 30週目の各臓器中に残留したトリチウム>

脳 1030ベクレル/g

肺 300ベクレル/g

腎臓 200ベクレル/g

脾臓 103ベクレル/g

腸   70ベクレル/g

心臓  53ベクレル/g

肝臓  40ベクレル/g

 ただし、グラフの最初が100キロベクレル/gとあります。論文を読むと、母親マウスには妊娠中から37万ベクレル/mLのトリチウム水を母親マウスに与えた、と書かれています(グラフ5の説明文)。

 また、本文、pp.171には、以下の記述があります。

「Fig. 6からわかるように長期間飼育後の残留トリチウムは大部分が脂質, DNA, および蛋白質成分として存在する。特に脳の脂質成分におけるトリチウムの残留は顕著であって他の臓器に較べて10~100倍の残留濃度を示している。」

 トリチウムの主な傷害する器官は脳である、ということができそうです。

 以下本文を全文掲載します。

*** ***

-ヒトのモデル系としてのマウス新生児に取り込まれたトリチウムの代謝と各臓器における蓄積線量の評価-
斉藤眞弘*1, 石田政弘*1
(1985年4月8日受理)

Metabolic and Dosimetric Aspects of Tritium Incorporated into Newborn Mice
Masahiro SAITO*1 and Masahiro R. ISHIDA*1
KEY WORDS: tritium, metabolism, newborn mouse, dosimetry

1. はじめに
 核融合炉の開発が, やがては枯渇するであろう化石燃料や,ウラン燃料に代わるべきエネルギー源として進められている。現在有望な核融合炉として研究が進められているのはD-T融合反応を利用したものであり, 核融合チェンバーの隔壁にはリチウムが含まれ, トリチウム増殖の役割を果たしている。トリチウムは核融合炉には多量に使われて, 程度の差はあれ正常運転時, 事故時を問わず環境中に放出される可能性がある。出力1,000MWの核融合炉あたり, 3.7×1017~9.3×1018 Bq(1~20kg)のトリチウムが装荷されると予想されているが,この値は自然界で生成され平衡に達したトリチウムの総量(2.6×1013~5.2×1013Bq)に匹敵する。もし全世界
の必要電力(約6×106MW)のすべてを核融合で賄うとすると装荷されるトリチウム量は2.2×1024~5.6×1024Bqになる。また毎年環境中に放出される割合は出力1,000Wあたり1.1×1014~1.5×1014 Bqであると評価されている。そのとき約7. 4×1012Bqのトリチウムが毎年地球環境中に放出される。すなわち天然に作られるトリチウム量(1.5×1012Bq/年)の5倍のトリチウムが毎年環境中に放出されることになる1)
 このトリチウムによる生物圏の汚染がヒトを含めた生物にどのような影響を及ぼすのかを事前に評価しておくことは現代のわれわれに課せられた課題である。また現実の核融合炉の開発現場の研究者や労働者は高濃度のトリチウムガスやトリチウム水にさらされる危険が高い。これらトリチウム作業従事者の安全確保のためにもトリチウム生物影響の評価は必要である。
 天然の水中に存在するトリチウムの濃度は3. 7Bq/Lの程度である。もしこの濃度の水を1年間飲料水として飲んだとしても, トリチウムベータ線の内部被曝による蓄積線量は, たかだか1μGyであって全自然放射能による被曝線量約1mGyの1,000分の1程度にすぎな
い。もし上に述べたような環境トリチウム量の増加があったとしても地球全体の平均をとれば1人あたりの被曝量の増加は1%程度以下であるけれども局所的なトリチウム汚染により, 自然放射能量に匹敵もしくは数桁多い被曝を受けることはありうることである。生物は元来その誕生以来放射線の場の中で生きてきており, 生命固有の修復機能を持っている。はたして上のような被曝線量の増加は生物界における人類の運命に決定的な意味を持っているのであろうか。これはトリチウムの生物影響に関してまず解決しなければならない問題である。
 一方トリチウムを仕事として取り扱う人が, トリチウムを摂取した場合のことを考えて見よう。この場合の被曝線量は一般の公衆が受けるかも知れない量にくらべるときわめて大きい。ちなみにヒトのトリチウム1回摂取の半致死量は約1.5×1012Bqであると推定されているが, トリチウム水量にするとわずか0.023gにしかすぎない。したがってトリチウムを安全に取り扱うこと, 予想される内部被曝線量を評価すること, 体外への排出を促進することなどが実際的に重要となってくる。これらの課題に対応するためには次のような研究が必要である。すなわち第一に環境中に放出されたトリチウムの挙動と人体への取り込みの過程を明かにし環境中のトリチウム
レベルからヒトの被曝線量を評価することであり第二にはその被曝線量をもとに人体に対する生物的影響を予測することである。放射能の発見以来, X線やガンマ線に対する種々の生物的効果についてのわれわれの知識の集積は豊かである。トリチウムの場合, そのような情報はいまのところ多くないけれども, もしその生物効果比にっいての確かな評価が得られれば一つ一つの生物的指標についての効果を調べる必要はなく被曝線量のみから最終的な生物効果の予想は可能になる。生物効果を予測するには体内でのトリチウムの分布とその時間的変化を知り, さらに内部被曝線量の体内分布と被曝の時期についても知る必要がある。ここでトリチウムの分布と言うの
は空間的な分布を指すのと同時に質的な分布すなわち生体各成分の間での分布も意味する。また被曝線量の分布の概念には臓器間での差のような巨視的なものから細胞内諸器官へのトリチウム局在のような微視的なものまでが含まれる。このような知見をうるためにわれわれは京都大学原子炉実験所に設置されているトリチウム投与小動物飼育装置を使ってここ数年来マウスを使ったモデル実験を行っている。われわれの得たトリチウム代謝データをもとに内部被曝線量の評価のモデル構築をすることができる。得られた結果とそのヒト被曝線量評価における意義について述べる2~4)
2. トリチウムによる内部被曝線量評価の難しさ
われわれが使い慣れている吸収線量の概念は巨視的な量である。すなわち照射された生物体の中で微視的に見たエネルギー付与のばらつきが問題にならないようなスケール, X線やガンマ線についていえば数mm~ 数cmのスケールで平均されたエネルギー吸収量について定義された概念である。このような巨視的な線量をもとに生物効果を較べることによりいわゆるRBE値(相対的生物効果比)がえられる。トリチウムベータ線のRBE値は1より大きく2~3以下ということが多くの生物効果実験によって確かめられている。この様な値が得られる理論的根拠は二つある。
 第一に, トリチウムベータ線のLETがX線やガンマ線に対して大きいことである。このことは局所的なエネルギー付与密度の違いとなって現われる。生物的な意味の大きいのはエネルギー付与によって水が電離される場合である。
 第二にトリチウムの細胞内の微視的分布による局在である。トリチウムベータ線の飛程は1~2μmであるからエネルギー付与の行われる場所(site)と標的になる生体物質との距離関係が問題になる。またトリチウムが局在している場合には局所的なエネルギー付与密度は巨視的に平均化されたエネルギー付与密度に較べて大きくなる。このようなトリチウムの細胞内局在による生物学的標的に対する線量の修正係数は分布係数(distribution factor)とか局在化係数(10calization factor)と呼ばれ実験的に求めることができる。
 第一のLET効果については, 標的になる生体活性物質の空間的な大きさや配置に依存してRBE値を理論的に予想することができる。第二の細胞内のトリチウム局在化を線量評価の上で定量的に扱うことの前提として実際に細胞内のトリチウムの分布についての情報を知ることが必要である。しかしこれは決してやさしい仕事ではない。生体内に存在するトリチウムは遊離水型と有機結合型のものに分かれるが, 前者の細胞内分布, たとえば細胞内オルガネラの遊離水型トリチウム含量をきちんと測ったという例はわれわれの知る限りではない。一般に, 遊離水中のトリチウム比放射能は生体内では一様であると仮定して話が進められている。一方有機結合型のトリチウムについては, 生体成分を化学的に分析することにより, また組織標本から直接トリチウムの分布をオートラジオグラフィ等の手法によって調べることにより細胞内分布についての情報を得ることができる。
 細胞内でのトリチウムベータ線の最も重要な標的はDNAである。このDNAに結合したトリチウムは遊離水型トリチウムが体外に排出された後も長く細胞核内に留る。この意味でDNA結合型トリチウムの細胞核に対する蓄積線量を評価することは細胞に対するトリチウムベータ線の遺伝的効果や致死効果を予測するためにきわめて重要である。われわれはDNA結合型トリチウムによる細胞核への線量蓄積をどのように評価すべきであるかを実験的に得られたデータと計算機によるシミュレーションを使って明らかにしてきた。その結果をまず述べ, 続いてこれを実際のトリチウム代謝に適用した蓄積線量の評価法について述べることにする2,3)
 細胞核の直径はヒトやマウスで5~10μmである。この図を現実ののような大きさの細胞核にトリチウムが存在すると, トリチウムベータ線の軌跡の長さは1~2μmであるのでべータ線のあるものは細胞核の外ですなわち細胞質でそのエネルギーを細胞に付与する。このように細胞質内で消費されたベータ線のエネルギーが細胞核のDNAに傷害を与える事はないと考えてよい。もしわずかにあった
としてもその程度は細胞内でのエネルギー付与に較べれば無視できる程度である。このような条件下での細胞核に対するエネルギー付与密度の平均, すなわち細胞核に対する吸収線量はモンテカルロ法を使って評価することができる。Fig. 1は直径2~10μmの細胞核に一様に存在するトリチウムについて, そのベータ線の細胞核へのエネルギー付与が, ベータ線軌跡の細胞核外への”浸み出し”により相対的に減ることを示したものである。また細胞核の直径と細胞核での吸収線量の関係をトリチウム含量一定の条件下で求めたものも同図に示してある。これらの図は点線源に対する平均的な線量率分布の式5)を用いてモンテカルロ法により, 計算された。

 一方実在の細胞核についての大きさや形をDNAの蛍光染色法で調べることができる。Fig.2は脳細胞核をDAPIというDNAに特異的な蛍光染色色素で染色して得た写真である。おおざっばにいって細胞核は回転楕円体であると考えてよい。線量評価上問題になるのはその大きさとともに形であるが, その形の変化, 主軸と副軸の長さの比が変わることがどう線量に影響するかを再びモンテカルロ法を使って求めたのがFig. 3である。こ細胞核にあてはめて考えてみると, 筋肉細胞の細胞核のような特殊な場合ですらも球形の場合に較
べてせいぜい5%くらいしか線量は減少しないことがわかる。したがってこの5%程度の実験の精度の範囲内では細胞核への線量評価上細胞核の形は気にしなくてもよいということになる。

3. トリチウムの代謝と線量評価
 トリチウムは通常水としての飲料水または食物に含まれる水分または有機結合型のトリチウムとして動物に取り込まれる。以下われわれのデータを中心にこれらのトリチウムが動物の体内でどのように代謝され, 得られた代謝データが予想される内部被曝線量を評価するのにどのように使われるかを述べる。始めに放出されるトリチウムは元素状トリチウムまたはトリチウム水である。元素状トリチウムは容易に大気圏で水蒸気中の水素と置換し, トリチウム水になる。生物に摂取されたトリチウム水の一部は光合成などを介して有機結合型トリチウムに変えられる。したがってヒトにトリチウムが取り込まれる場合はトリチウム水としてかまたは有機結合型として
の摂取である。これら二つの型のトリチウムは生体内での代謝のされかたが質的に異なるのでその線量評価法も異なってくる。
 さてトリチウムベータ線による内部被曝線量を評価するためには, 体内でのトリチウム濃度を経時的に知る必要がある。トリチウムが体内に一様分布すると考えて良い場合は尿中のトリチウムを測定するなどの手段で比較的容易にそれを決定することができるがトリチウムが体内であるいは細胞内で局在分布する場合にはことは難しくなる。体内軟組織中で遊離水型成分はほぼ体内に一様分布すると考えてよいが有機結合型トリチウムについてはそうはいかない。具体的な代謝データによってそのことを示そう。Fig. 4~6はほ乳開始より離乳までの期間母マウスにトリチウム水を投与し, 間接的に母乳を介して子マウスにトリチウムを与えてその代謝を調べた結果
である。Fig. 4には各種臓器中の総トリチウム濃度のトリチウム投与停止後の経時変化を示してある。トリチウム投与停止後のトリチウム濃度が停止直後から, 5週齢に至るまで脳を除いてほぼ重なっているのがわかる。これはこのころまでの残留トリチウムの中で酸可溶性成分が支配的であるためである。臓器間の差は7週齢ころからあきらかになる。これは遊離体内水からの寄与が少なくなり, 臓器の有機成分に含まれるトリチウム(有機結合型トリチウム)がトリチウム残留量を支配するようになるためである。トリチウム投与中の体内トリチウムのうち圧倒的な部分が遊離体内水として存在し総トリチウム濃度は授乳期間中に体内で平衡に達する。実際Fig. 5は授乳開始後の子マウス尿中のトリチウム濃度の変化であるが, ほぼ10日で平衡に達することがわかる。また尿中のトリチウム濃度は体内水中のトリチウム濃度と等しいと考えてよい。したがってトリチウム投与中の子マウス体内の被曝線量については尿中トリチウム
濃度より近似的に評価することができる。

 有機結合型トリチウムの総量はトリチウム投与停止時には全残留トリチウムの9~15%にすぎないが, その残留半減期は数日から数月に及び, 長期間にわたる内部被曝を考慮すると蓄積線量に対する寄与を無視できなくなる。Fig. 6からわかるように長期間飼育後の残留トリチウムは大部分が脂質, DNA, および蛋白質成分として存在する。特に脳の脂質成分におけるトリチウムの残留は顕著であって他の臓器に較べて10~100倍の残留濃度を示している。これは脳のミエリン成分が代謝的に安定であるためらしい。これら有機結合型トリチウムの残留曲線をみるといずれも少なくとも2相性を示している。すなわち速く代謝される成分と, ゆっくり代謝され
る成分を持っている。後者はおそらく細胞内器官や組織の構造の安定成分として取り込まれたものである。
 一方有機結合型トリチウムを動物に投与した場合の体内または細胞内分布はどのように時間的変化をたどるであろうか。この場合投与されたトリチウムの化学形が生体構成成分の前駆体となるものである時にはトリチウムが生体有機成分として取り込まれる効率はトリチウム水の場合に較べて極めて高くなる。典型的な例としてわれわれがDNA前駆体であるトリチウム標識チミジン(TTdR)を妊娠したマウスに投与した実験結果を示そう。マウス新生児生体中のトリチウムとその各成分への%分布を肝臓と脳について得たものがFig. 7である。トリチウム水投与の場合に較べてDNA結合型トリチウムの寄与が大きいことが明かである。特に肺や心臓ではDNA結合型トリチウムの寄与が大きい。このようにトリチウムの化学形によって細胞内生体分子間への取り込み分布は大きく違う。この違いが微視的な吸収線量の違いを産むことになる。Table 1はT-TdR投与実験の結果からDNA結合型トリチウムによる細胞核への蓄積線量を出生後4週齢までについて評価した結果である。これは前述の計算機シミュレーショソの結果と核サイズのデータを用いて求められた。細胞核へのトリチウム局在による局在化係数は臓器によって異なるが1. 5~6. 2の値を取ることがわかる。特に脳においては最大の6.2という値になる。

 他の有機結合型トリチウムについて局在化係数を得ることは今のところ難しいが, その値を得ることの重要性は次のことからわかる。Table 2にトリチウム水投与実験から得た子マウスの長期間飼育期間中の蓄積線量に対する種々の生体成分の寄与を各種臓器について, 与えてある。一見してわかることは脳を除いて全蓄積線量が7~8mGyであり, 酸可溶成分の寄与が80~90%であることである。酸可溶成分の95%以上は遊離水成分であるので有機結合型トリチウムの線量寄与は一様分布を仮定した場合10~20%(例外的に脳では約40%)である。新生児マウス中でのトリチウムの残留曲線はトリチウム排出の速い成分と遅い成分について残留半減期を求
めることができる。速い成分はおもに遊離水成分によるものであり, 遅い成分は有機結合型トリチウムによるものである。Table 3に示すように第二成分の残留半減期は多くの臓器において100日を超えている。したがって動物個体の寿命に近い長い期間の線量蓄積に対する有機結合トリチウムの寄与はTable 2に示した値の少なくとも2~3倍にはなるであろう。さらにDNA結合型トリチウムについて得られたような局在化係数が他の有機結合型トリチウムについても得られるならばこれらの微視的線量寄与も求めることができ,その値は遊離水成分トリチウムの寄与と同一じ程度のものになるであろう。

4. 環境中トリチウムのヒトへの取り込みモデルと蓄積線量評価
食物または飲料水として摂取されたトリチウムの生体内での挙動をモデル化するためには生体内でのトリチウムの存在形態をいくつかの形態に代表させて考える必要がある。このように代表さたれ存在形態のトリチウムの生体内での一般化された容れ物のことをコンパートメントと呼ぶ。たとえば体内水として存在するトリチウムは体内水コンパートメントに属するという。TRAVISらの4コンパートメソトモデル6,7)によるとコンパートメントの大きさはそこにふくまれる元素状水素の質量で表現される。彼らのモデルでは体内に取り込まれたトリチウムは体内水コンパートメントA, 第一の有機結合型トリチウムコンパートメントB, 速く代謝される脂肪組織コ
ンパートメントCおよび第二の有機結合型トリチウムコンパートメントDのいずれかに分布する。摂取されたトリチウムがトリチウム水であれば体内水コンパートメントAに直接入るが有機結合型トリチウムはコンパートメントBおよびCにまず入る。したがって摂取された食物および飲料水のうちで有機結合型トリチウムの割合が遊離水型トリチウムに較べて大きければ大きいほど, 残留半減期の長いBやDのコンパートメントに残留するトリチウム量が相対的に多くなり内部被曝線量は大きくなる。
 4コンパートメントモデルではそれぞれのコンパートメントに属するトリチウムが生体成分のどれに対応するかは問題にしていない。また細胞内でのトリチウムの局在や臓器間の差も問題にしないで環境-ヒトモデルを構築している。われわれの生化学的トリチウム代謝実験はヒトでのトリチウム代謝のモデル化のまったく違う方向からのアプローチであるが, 4コンパートメントモデルに対応づけられる側面をもっている。Fig. 7の肝臓と脳におけるトリチウム残留曲線で, 酸可溶成分は体内水コンパートメントの成分と考えてよい。蛋白質成分, リピド成分, DNA成分は酸可溶性成分に較べて長い半減期を持つがいずれも少なくとも2相性の残留曲線を示す。すなわちヒトモデルでの2つの有機結合トリチウムコンパートメントに対応していると考えてよい。特に肝臓のリピド成分は3成分の指数関数的残留曲線からなると考えるべきであり, その最も代謝の速い成分はTRAVISモデルのCコンパートメントに対応している。われわれの得た代謝データをさらに洗練されたものにすることによって, 臓器ごとの4コンパートメソトを構築することも可能である。そうなれば内部被曝線量評価において臓器や組織に重みを付けることも可能になる。
5. おわりに
 トリチウムの生体内代謝についてトリチウム水摂取の場合と有機結合型トリチウム摂取の場合でどのような違いがあるのか, またその違いが内部被曝線量評価の上でどのように反映されるのかを, 最近見直されているヒトの内部被曝線量評価モデルにも触れながら述べた。動物実験による代謝データ蓄積は線量蓄積の環境一ヒトモデルに実験的根拠を与えまた内部被曝の臓器特異性を明らかにする。また発癌などの晩発効果の生物学的障害を定量的に予見する上で大きな意味を持っている。今後われわれは具体的な生物的最終効果としての発癌の頻度とスペクトルが内部被曝線量にどう依存するかを明らかにする実験を進めて行きたいと考えている。
 本稿で述べたトリチウム代謝実験は文部省科学研究費「エネルギー特別研究(核融合)」の補助により行われた。

参考文献
1) L. E. FEINENDEGEN, E. P. CRONKITE and V. P.BOND; Radiation problems in fusion energy production, Radiat. Environin. Biophys., 18,157 (1980).
2) M. SAITO, C. STREFFER and M. MOLLS;Tritium distribution in newborn mice after providing mother mice with drinking water containing tritiated thymidine, Radiat. Res.,95, 273 (1983).
3) M. SAITO, M. R. ISHIDA, C. STREFFER and M.MOLLS; Estimation of absorbed dose in cell nuclei due to DNA-bound tritium, Health Phys., 48, 465 (1985).
4) M. SAITO and M. R. ISHIDA; Tritium metabolism in fetal and newborn mice. In “Proceedings of the Second  Workshop on Tritium Radiobiology and Health Physics, Chiba” (1985), in press.
5) K. TAGDER and W. SCHEUERMANN; Estimation of absorbed doses in the cell nucleus after incorporation of H- or C-labelled thymidine,Radiat. Res., 41, 202 (1970).
6) E. L. ETNIER, C. C. TRAVIS and D. M. HETRICK;Metabolism of organically bound tritium in man, Radiat. Res., 100, 487 (1985).
7) C. C. TRAVIS, E. L. ETNIER and D. M. HETRICK;Validation of a metabolic model for tritium,Radiat. Res., 100, 503 (1985).

 *1京都大学原子炉実験所; 大阪府泉南郡熊取町野田(〒590-04)
Research Reactor Institute, Kyoto University;
Kumatori-cho, Sennan-gun, Osaka, 590-04 Japan.