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 毎日新聞2018年11月20日夕刊8面に「福島のサル、成長遅れ 食べ物から放射性物質? 「人より被ばく多く」」という記事が掲載されました。

■福島第1原発事故 福島のサル、成長遅れ 食べ物から放射性物質? 「人より被ばく多く」

毎日新聞2018年11月20日 東京夕刊

 

福島市内に生息するニホンザル=羽山教授のチームの今野文治さん提供

 福島県内に生息する野生のニホンザルについて、福島第1原発事故後、成獣の骨髄で血液のもとになる成分が減ったり、胎児の成長が遅れたりしたとする研究成果が英科学誌に相次いで報告された。事故で放出された放射性セシウムを木の皮などの食べ物から取り込んだことなどによる被ばくの影響の可能性があるという。【須田桃子】

 成獣を調査したのは、福本学・東北大名誉教授(放射線病理学)らの研究チーム。福島第1原発から40キロ圏内にある南相馬市と浪江町で事故後に捕殺されたニホンザルを調べ、成獣18頭で骨髄中の成分を調べ他の地域と比べた。その結果、血小板になる細胞など血液のもとになる複数の成分が減っていた。さらに、一部の成分は、筋肉中の放射性セシウムの量から推定される1日あたりの内部被ばく線量が高い個体ほど、減り方が大きくなっていたという。福本さんは「健康への影響が表れるのかなど、長期的な調査が必要だ」と話す。

 また、羽山伸一・日本獣医生命科学大教授(野生動物学)らの研究チームは、福島市が個体数調整のため2008~16年に捕殺したニホンザルのうち、妊娠していたメスの胎児を調べた。原発事故前後の計62頭のデータを比較したところ、事故後の胎児は事故前に比べ、頭の大きさが小さく体全体の成長にも遅れがみられた。母ザルの栄養状態には変化がなく、チームは事故による母ザルの放射線被ばくが影響した可能性があると結論づけた。

 羽山教授は「サルは森で放射性物質に汚染された食べ物を採取していた上、線量が高い地面に近いところで生活していたため、人に比べて被ばく量が桁違いに多いはずだ」としている。

 環境省が実施する野生動植物への放射線影響の調査対象にニホンザルは含まれておらず、日本霊長類学会など5学会は、ニホンザルを対象に含めることなどを求める要望書を同省に提出した。同学会の中道正之会長は「ニホンザルは寿命が20~30年と長く、定住性もある。世界的に見ても、ニホンザルへの長期的な影響を調べることは極めて重要だ」と話した。

[解説]

 原論文は福本学ほかのScientific Reportsに2018年11月13日掲載された以下の論文です。

Haematological analysis of Japanese macaques (Macaca fuscata) in the area affected by the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident 福本学ほか 2018年

 毎日新聞の記事などでは、はっきりと書かれていませんが、この論文では重要な指摘があります。その被ばくした日本サルの骨髄の異形成は、外部被ばく線量(年間9.1ミリシーベルト)がほぼ同じなのに、内部被ばくが15.6倍も多い、日本サルに顕著に見られる、ということです。つまり、長期に渡る低線量被ばくの影響を、外部被ばくで推定するのは間違いである、ということです。決定的なのは内部被ばくである、ということです。

 また、この研究の致命的な欠陥は、「被ばくした日本サル」として福島県南相馬市および飯舘村のサルを選んでいますが、「被ばくしていない」対照群として宮城県の仙台市、川崎町、七ヶ宿町のサルを選んでいることです。宮城県のこれらの地域のサルの体内の放射性セシウムの蓄積量は、成獣で102.7ベクレル/kg、幼獣で76.3ベクレル/kgもあります。どちらも骨格筋の放射性セシウム濃度を捕獲したその日に測定したものです。つまり、宮城県仙台市、川崎町、七ヶ宿町の野生植物や果実を食べてはならない、ということをこの論文は言外に示しています

 「強度に内部被ばくしている日本サル」と「低いレベルに内部被ばくしている日本サル」とを比べることで、抹消血液像の数値もさほど変わらない結果となっています。しかし、これは本来、ほとんど放射能汚染のない青森県(六ケ所村はだめ)や岐阜県などの日本サルと比較すべきではないでしょうか。「被ばくした日本サル」と「被ばくしていない日本サル」とを比較することで、白血球の数値の減少も明らかになるのではないか、と思われます。また、人間の電離放射線健康診断のように、異形リンパ球の検査は行っていないのでしょうか?異形リンパ球が観察されることで、被ばく影響を証明することができます。

 この論文の中の3枚の図版を紹介します。

■福島第一原子力発電所を中心とする大地の放射能汚染と被ばくした日本猿×と被ばくしていない日本猿とを採取した地点+

図1.試料採取地点の地図。黒い丸●は福島第一原子力発電所(FNPP)の位置を示す。×印および+印は被ばくした日本猿および、対照群とした被ばくしていない日本猿の試料を採取した地点を示す。被ばくした日本猿と被ばくしていない日本猿の抹消血液像の数値、体内の放射性セシウムの蓄積量

■被ばくした日本猿と被ばくしていない日本猿の抹消血液像の数値、体内の放射性セシウムの蓄積量

表1.抹消血液像の数値。体内のセシウム134およびセシウム137の放射能濃度は試料が捕獲されたその日に測定された。WBC:白血球、RBC:赤血球、Hb:ヘモグロビン、Hct:ヘマトクリット値、PLT:血小板。被ばくした日本猿のグループは福島県南相馬市および飯舘村に生息している群を含んでいる。被ばくしていない日本猿のグループは宮城県仙台市および川崎町、七ヶ宿町に生息している群を含んでいる。標高のデータは国土地理院のデジタル標高モデル(DEM)に基づく。「 ✣ 」のマークで示した値は、被ばくした日本猿(成獣)と被ばくしていない日本猿(成獣)とで大きな違いが見られる値を示している。
そのp値は、✣0.01 ≤ p < 0.05 , ✣✣0.001 ≤ p < 0.01 , ✣✣✣ p < 0.001

[編集者注]被ばくしていないグループとして、宮城県仙台市、川崎町、七ヶ宿町の日本猿が選ばれているが、これらは明らかに被ばくしている日本猿である。放射性セシウムによる内部被ばくが102.7ベクレル/kg(成獣)、76.3ベクレル/kg(幼獣)もある。「強度に被ばくしたグループ」と「弱く被ばくしたグループ」とを比較することで、低線量被ばく影響を過小評価する研究結果となっている。

■ 被ばくした日本猿の骨髄組織の比較(a)9歳オス (b)8歳メス

図3.被ばくした日本猿の骨髄組織の比較
(a)2013年8月27日に捕獲した9歳オス。骨格筋の放射性セシウム合計(Cs134+Cs137)は439ベクレル/kg。推定実効線量(内部被ばく)は4.79マイクログレイ/日(=4.79マイクロシーベルト/日に同じ。)外部被ばくは24.8マイクログレイ/日(=24.8マイクロシーベルト/日に同じ。年間9.1ミリシーベルト。)
(b)2014年1月24日に捕獲した8歳メス。骨格筋の放射性セシウム合計(Cs134+Cs137)は11,400ベクレル/kg。推定実効線量(内部被ばく)は74.5マイクログレイ/日(=74.5マイクロシーベルト/日に同じ。)外部被ばくは24.9マイクログレイ/日(=24.9マイクロシーベルト/日に同じ。年間9.1ミリシーベルト。)

[編集者注] つまり9歳オスと8歳メスはほぼ同じ時期に捕獲されて、外部被ばくは年間9.1ミリシーベルトと同じ。しかし、内部被ばくは4.79マイクロシーベルト/日に対して、74.5マイクロシーベルト/日と15.6倍。この骨髄の異形成は内部被ばくによるもの、と判断できる

[解説] 

 ちなみに、日本サルはだいたい5歳で成熟し、子どもを作れるようになります。0歳~4歳を幼獣。5歳以上を成獣としています。平均8.99km2(0.29km2~39.7km2)の縄張りを持ち、植物の葉、果実、昆虫、その他小動物を食べて生活します。(以上、上記論文より抜粋)