元埼玉大学名誉教授 市川定夫氏の書籍「新・環境学 現代の科学技術批判 Ⅲ」(藤原書店 2008年7月30日 2,600円)より、引用。

 安斎育郎氏、野口邦和氏、田崎晴明氏などは、ことさらに自然放射能が人間のからだの中にあることを持ち出し、「これくらいの人工放射能は安全」、「除染して福島住民帰還」のための理論を訴えています。果たして、自然放射能カリウム40と人工放射能セシウム137、ストロンチウム90の外部被ばくと内部被ばくの影響は同じなのでしょうか。彼らは、カリウム40もセシウム137・ストロンチウム90も同じようにガンマ線やベータ線を出すから、という理屈です。

 元埼玉大学名誉教授であり、アメリカのブルックヘブン国立研究所(BNL)でムラサキツユクサを利用した低線量被ばくを研究した、市川定夫氏の著書「新・環境学 現代の科学技術批判 Ⅲ」(藤原書店 2008年7月30日 2,600円)より、全文引用します。

☆☆☆☆☆☆☆☆ 引用開始 ☆☆☆☆☆☆☆☆

pp.153~155

 すなわち、ヨウ素の植物体内への著しい高濃縮は、実は、古く1960年ごろには確認されていた。1959年にアメリカのサバンナ・リバー原子力工場という軍事用の施設で放射性ヨウ素の大量放出事故が起こったとき、当時の同国原子力委委員会(AEC)が二名の専門家に調査を依頼して、放出されたヨウ素131が空気中から植物体内に200万ないし1000万倍にも高濃縮されていたことが判明したのである。しかし、AECは、この調査結果を機密扱いとしたため、1970年代半ば過ぎまで、この恐るべき高濃縮の事実が広く知られることはなかった。

 日本の原子力委員会がヨウ素131の空気中から植物体内への濃縮係数を260万倍、空気中から牛乳へは62万倍と設定したのは、1978年9月のことであり、ヨウ素の著しい高濃縮が長期間隠されていた事実を雄弁に物語っているのである。

 ヨウ素131が空気中から植物体内に200万ないし1000万倍にも濃縮されると、その原発からの放出量が放射能希ガスの1万分の1であっても、表2・3で示したように、植物体内でのヨウ素131から、希ガスによる対外被曝よりもはるかに大きな体内被曝を、しかも至近距離から受けることになるのである。

表2・3 希ガスとヨウ素131の対外および体内濃度

 

原発からの放出比

濃縮係数

植物体内の存在比

希ガス(キセノン、クリプトン)

ヨウ素131

1×104

1

1

2~10×106

1

2~10×102

 環境放射線つまり空間線量の増加がごくわずかであるのに、ムラサキツユクサの突然変異頻度が有意に上昇したのは、人工放射性核種の生体内濃縮による体内被曝の著しい増大が主因であった。原発からの放出量がごくわずかだとして軽視されていた、希ガス以外の人工放射性核種が、はるかに重大な影響を生物に与えていたのである。

pp.155~157

■体内被曝の重大性

 生体内で高濃縮されるのは、ヨウ素131以外の放射性ヨウ素も同じである。また、マンガン54、コバルト60、ストロンチウム90、セシウム134、同137など、生体内に沈着または蓄積される核種も多い。重要なのは、これら核種がすべて、天然には存在しなかった人工放射性核種であるということである。

 これら人工放射性核種が生体内で濃縮、沈着、蓄積されるということは、体内被曝のほうが重大で深刻であるということを意味し、次の四点からそれを理解できるであろう。

 まず、線源からの距離の問題である。ガンマ線の線量は、線源からの距離の二乗に反比例する。したがって、ガンマ線を放出するある核種の一定量が体内の一定点、たとえば生殖腺から5メートルの位置にある場合と、等量の同一核種が体内の一定点、等量の同一核種が体内の一定点、たとえば生殖腺から5センチメートルの部位に沈着した場合とを比較すると、後者の場合には、距離が100分の1になるから、生殖腺が受ける線量は、単純計算で前者の1万倍にもなる。つまり、等量の同一核種でも、対外にある場合に受ける対外被曝と対比して、体内に入った場合に受ける線量は、飛躍的に増大することになるのである。

 第二に、ベータ線やアルファ線などの飛距離の短い放射線の場合である。ベータ線は、生物組織内では、せいぜい1センチメートルしか透過しないし、アルファ線の飛距離は0.1ミリメートル以内である。したがって、ベータ線やアルファ線を放出する核種が対外に存在する場合には、生物体が吸収する線量がごくわずかであるのに、そうした核種が体内に入ると、飛程距離が短いこれら放射線のエネルギーのほとんどすべてが吸収され、体内被曝が桁違いに大きくなる。つまり、ベータ線やアルファ線は、それを放出する核種が体内に入った場合にのみ、集中的に大きな被曝をもたらすのである。

 第三は、濃縮などにかかわる問題である。前述したように、原子炉で産み出される人工放射性核種には。生物内で著しく濃縮されたり、沈着、蓄積されるものが多いが、たとえば、人工放射性ヨウ素は甲状腺に濃縮、放射性ストロンチウムは骨組織に沈着、放射性セシウムは筋肉と生殖腺に蓄積というふうに、核種によってはそれぞれ特異的な組織や器官に集まるため、特定の体内部分が集中的な体内被曝を受けることになる。

 第四は、継時性である。たとえば、ある放射性核種が壁に付着している部屋を想定し、かりにそこにいても体内にその放射性核種を取り込む必要がないとすれば、その部屋にいる間は受ける体外被曝も、そこから遠く離れることによって止まる。しかし、体内への取り込みがあって、その核種が体内に濃縮・沈着・蓄積されると、その部屋からどれだけ離れても、その核種の寿命に応じて体内被曝が続くことになる。たとえば、放射線半減期が27.7年(ママ)のストロンチウム90が骨組織に沈着すると、長年にわたって、その周辺でのベータ線の体内被曝が続くのである。

 このように、生体内濃縮されたりする人工放射性核種の場合は、体内被曝が対外被曝よりも桁違いに大きくなり、はるかに深刻なものとなるのである。

☆☆☆☆☆☆☆☆ 引用終わり ☆☆☆☆☆☆☆☆