環境試料・人体臓器中のプルトニウム等の濃度測定
放射線医学総合研究所 岡林 弘之
以下は、1975年に発表された、科学技術庁 第18回放射能調査研究成果 論文抄録集(昭和50年度)
p.138~140(手書き原稿)を川根が打ち直したものである。
注:編者 μCi/k m2をBq/m2に変換した。
http://www.kankyo-hoshano.go.jp/08/ers_lib/ers_abs18.pdf
1 諸言
核爆発実験によって生成したプルトニウム、およびSNAP-9A(注1)の事故によって放出されたプルトニウム238はいずれも大気圏内に広範囲に拡散し、徐々に地球上に降下している。今日までの降下量は、気象研究所に測定された結果が発表されているが、それによると、東京における全降下量は、1974年末までにプルトニウム-(239+240)が1,160μCi/km2(=42.92Bq/m2 ※編者)、プルトニウム-238が54μCi/km2(=2.0Bq/m2 ※編者)に達している。
更に将来、使用ずみ核燃料の再処理業務が実施されるようになると、環境中のプルトニウム量が増加するおそれがある。
これら環境中に放出されたプルトニウムは、浮遊塵と共に吸入摂取され、あるいは食物と一緒に体内に取り入れられている。体内に取り入れられたプルトニウムはその化合物の化学形によって体内での挙動が非常に異なると思われるが、主として骨・肝臓などに蓄積する。
人体内の蓄積量・環境試料中の濃度・環境試料と人体の間の循環経路を知ることは、内部被曝線量を推定する上に重要である。
(注1)1964年、アメリカの軍事衛星SNAP-9Aが大気圏突入の際に破壊した事故。1kgのプルトニウム238(630兆ベクレル)が全地球上にばらまかれた。プルトニウムの降下は遅く、1970年になっても5%が大気中に残っていた。
2 調査研究の概要
日本各地(札幌・東京・京都・大阪)で1962年より1971年の間に採取した骨、1963年より1973年までに新潟地方で採取した成人の各種臓器中のプルトニウム-(239+240)の濃度は夫々表1、表2の通りであった。また1967年~1969年に、札幌市・京都市で採取した日常食中の濃度は、表3に示す通りであった。
プルトニウムは、骨・肝臓に蓄積するといわれているが、日本人の臓器内分布をみると、卵巣・心臓・脾臓の濃度が高くなっている。臓器内のプルトニウム分布は均一ではなく、試料間のばらつきの大きいことは、標準偏差の値からも推定できる。この点を考慮して、更に検体数を増し、臓器間濃度差の関係を明らかにしたい。
また、人体内へのプルトニウムの取り込みは、飲食物による経口摂取と、呼吸による経気道摂取が考えられるが、消化管によるプルトニウムの吸収は極めて少ないと考えられ、経口摂取されたプルトニウムが臓器に移行する割合は、ICRPのPub.2およびMRCの”The toxicity of plutonium ”によると、骨に対して2.4×10-5~4.5×10-7、肝臓に対しては4.5×10-6~4.5×10-7という値が与えられている。これに対して、吸入摂取されたプルトニウムの移行割合は、骨に対して0.2~2.3×10-2、肝臓に対しては3.8×10-2~2.3×10-2とされている。
ICRPのPub.2に示されている臓器負荷量を算出する式 Q=P(1-e-λt)/λ
Q:臓器の放射性核種負荷量(μCi).
λ:有効崩壊数=0.693/T.
T:有効半減期(日).
t:被曝期間(日).
P:放射性核種の1日当たり摂取量(μCi)×f(a)またはf(ω).
f(a):経気道摂取された放射性核種が臓器に移行する割合.
f(ω):経口摂取された放射性核種が臓器に移行する割合.
を用い、プルトニウムの臓器内半減期を骨については100年、肝臓については40年とし、前述の移行係数を用いて、臓器負担量を計算してみる。
表3に示した日常食中濃度から、プルトニウムが経口摂取された場合の臓器内蓄積量を算出すると、骨・肝臓の負荷量は、表2に示した実測値の数100分の1となる。これに対して、表2に示す骨・肝臓中の濃度から算出した夫々の臓器負荷量が経気道摂取されたものとして、成人の呼吸量を1日20m3として、空気中濃度を算出すると、各国で測定された実測値と大体合致した値となる。
このような事実から、人体臓器に蓄積したプルトニウムは経気道摂取されたものの寄与が大きいと思われる。
3 結語
以上のように、昭和50年度までは、ごく一部の人体臓器・環境試料中のプルトニウム濃度を測定したのみであり、昭和51年度以降は、全国的な規模で人体臓器・日常食・土壌・浮遊塵などの環境試料に含まれているプルトニウムの測定を行い、現在の日本における汚染状況を把握すると共に、体内に取り入れられたプルトニウムの各臓器への移行係数・プルトニウム化合形のちがいによる体内の挙動の相異などの問題解決に努める予定である。
表1 人骨中プルトニウム-(239+240)濃度
試料採取年 |
試料部位 |
試料数 |
プルトニウム濃度(範囲)・fCi/g・f・ω |
1962 1963 1965 1968 1969 1970 1971 |
大腿骨・肋骨 肋骨 肋骨 肋骨 肋骨 肋骨 肋骨 |
3 7 8 71 14 17 48 |
0.43±0.15(0.3~0.6) 0.90±0.57(0.2~1.7) 2.17±1.05(0.9~3.9) 2.67±1.82(0.5~5.8) 3.33±2.74(0.9~4.8) 1.88±0.97(0.9~4.5) 4.89±2.21(0.6~6.0) |
1969 1971 |
肋骨 肋骨 |
39 9 |
0.82±0.54(0.2~2.2) 1.39±1.35(0.1~3.7) |
表2 人体臓器中プルトニウム濃度-(239+240)濃度
臓器 |
試料数 |
プルトニウム濃度(範囲)・fCi/g・f・ω |
脳 肺 心臓 肝臓 脾臓 腎臓 睾丸 子宮 卵巣 骨 |
7 27 7 19 12 19 4 5 6 14 |
0.49±0.69(0.03~1.8) 1.18±1.78(0.02~6.9) 2.28±1.84(0.09~5.3) 0.81±1.13(<0.01~3.9) 1.07±1.44(<0.01~4.8) 0.58±0.58(<0.01~1.9) 0.86±0.38(0.4~1.3) 0.79±0.61(0.03~1.7) 3.38±1.84(0.8~5.6) 2.66±2.60(<0.01~7.6) |
表3 日常食中プルトニウム濃度-(239+240)濃度
札幌 |
京都 |
||
試料採取年月 |
プルトニウム濃度・fCi/日/人 |
試料採取年月 |
プルトニウム濃度・fCi/日/人 |
1968・2 〃 ・4 〃 ・6 〃 ・8 〃 ・10 〃 ・12 1969・2 |
119 32 266 69.5 236 202 82 |
1967・12 1968・2 〃 ・10 〃 ・11 〃 ・12 1969・1 〃 ・2 |
84 21.4 130 84 122 292 157 |
平均 |
143.8 |
平均 |
127.2 |
出典:科学技術庁 第18回放射能調査研究成果 論文抄録集(昭和50年度)
p.138~140
http://www.kankyo-hoshano.go.jp/08/ers_lib/ers_abs18.pdf
編集:川根眞也 手書き原稿であったものを川根が文字で打ち直した。
注:編者 μCi/k m2をBq/m2に変換した。
環境試料・人体臓器中のプルトニウム等の濃度測定 岡林弘之 1975年