アメリカの若者に広がる ソーシャリズム なぜいま社会主義?

2019年10月11日 13時45分 NHK

アメリカの若者に広がる ソーシャリズム なぜいま社会主義?

トランプ政権下のアメリカ社会で新たな現象が起きています。社会主義に傾倒する若者が増えているのです。若者を対象にした世論調査では「社会主義に好意的」と答えた人は51%にのぼり、資本主義の45%を上回りました。民主主義や資本主義の象徴とも言われてきたアメリカで、今、何が起きているのか。「ソーシャリズム=社会主義」に希望を見いだす若者たちのことばに耳を傾けました。(ワシントン支局記者 西河篤俊)
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アメリカ最大の社会主義団体 全米集会を訪ねると…

南部ジョージア州アトランタ。コカ・コーラ社が本社を置くことでも知られるこのまちの中心部で、全米最大の社会主義団体の2年に1度の全米集会が行われていました。
その団体の名は、
「DSA=Democratic Socialists of America」(アメリカ民主的社会主義者)

参加しているのは、社会主義を普及させる活動を全米各地で進めているメンバー1000人余り。会場で目立っていたのが若者の姿です。
このDSA、3年前、2016年の時点で、会員数は5000人。それが前回の大統領選挙を機に急増。トランプ政権誕生後に格差に不満を持つ若者が次々と加入し、現在ではその10倍以上の6万人と爆発的に増えています。
集会では、富を分配して、福祉を充実させることで、公平な社会を目指すという理念をいかに実現するか、3日間にわたって、熱を帯びた議論が続けられました。

スチュアートさんスチュアートさん

集会に参加していた1人、スチュアート・ストレーダーさん(33)。
4000キロ以上離れた西海岸のシアトルからはるばるやって来たと言います。
「この集会は、アメリカで社会主義が最高潮を迎えていることを象徴する歴史的なイベントです。この左派の運動を盛り上げれば、社会を根本的に変えることができると信じています。私の地元では、若者たちが切迫した状況に苦しんでいます」(スチュアートさん)

なぜ社会主義にひかれるのか

若者たちの間で、何が起きているのか。
私はスチュアートさんの地元シアトルに向かいました。
スチュアートさんはシアトル市内にあるアパートに7年前に結婚した妻のブリンさん(31)と2人で暮らしていました。
大学を卒業したあと、大手企業のウェブサイトの管理を行う会社に就職し、ウェブデザイナーとして働いていたスチュアートさん。しかし、4年ほど前に辞めました。
理由は、いくら必死で働けど、給料が上がらず、経営陣が利益を独占していると感じたからです。

シアトルやその周辺には、アマゾンやマイクロソフトなど世界に名だたる巨大企業が本社を置いています。しかし、それが原因で住宅費が高騰。家賃は、この10年で50%以上も上がっています。

今は、電気の配線工事などで生計を立てるスチュアートさんの収入は、月21万円。そのうち毎月14万円が家賃に消えます。
車もなく、移動はバスなど公共交通機関のみ。外食したり、休みの日に遠出することもほとんどありません。
妻は、より給料の高い仕事に就こうと今、大学院に通っています。

取材中、スチュアートさんが複雑な表情で、妻に「食費も家賃も携帯代も切り詰められるところは全部切り詰めている。もし大学院に通いたいなら、アルバイトしてもらわないと…」と語りかける場面がありました。
「私たちは資本主義の恩恵を受けていない世代です。アメリカでは富を持たない人が99%、持つ人が1%。そして、トランプ大統領が就任してから、格差はさらに広がっています。だから社会主義を支持するようになったんです」(スチュアートさん)

困窮する若者たち

夜、まちなかでは、1年ほど、車で生活を続けているカップルにも出会いました。
カイル・フラズィさん(25)とガールフレンドのジョダナ・ペタチアさん(30)。食事の宅配の仕事をしていますが、家賃を払うだけの収入は得られず、しかたなく車内で寝泊まりを続けています。
後部座席には洋服や生活用品が所狭しと置かれていました。トランクも同様で、いったん開けると簡単には閉められないほど洋服が詰め込まれていました。
ジョダナさんは狭い車内の助手席で猫を抱いていました。1か月ほど前、路上で捨て猫2匹を見つけたものの、自分たちの状況と重ね合わせて放ってはおけず、ともに暮らすようになったのです。ただ、今ではその猫にあげる餌代も負担になっていると言います。
「毎日働いているものの、今の仕事では、家賃を払えるレベルは稼げません。なんとかこの生活から抜け出したいですが、めどは立っていません」(カイルさん)

さらに、シアトルのあちこちで見かけるのが、ホームレスが暮らすテント村です。シアトルやその周辺では、ホームレスは実に1万1000人を超えているのです。
そのうちの1つのテント村で取材をしていると、赤ちゃんを抱いた若い女性がわれわれに話しかけてきました。

カーラ・コイヤーさん(28)。10か月の娘ウタちゃんとテントでの生活を続けています。
アラスカ州出身のカーラさん。夫と別れて、住む場所がなくなり、しばらくは路上で生活していましたが、貯金も底をつき、NGOが運営するこのテント村にたどりついたそうです。
ただ、赤ちゃんのための離乳食や服などはなく、この生活を続けるのは、もはや限界だと感じています。

取材中、赤ちゃんが誤って食べ物をのどに詰まらせてしまいました。するとカーラさんは動揺し「私を責めないでください。この子のために早くこんな場所からは出ていきたいんです。でも、頼れる身内もいなくて、私の力ではどうしようもないんです」とまくしたてました。
カーラさんの目からは涙があふれ出ていました。

「今のシステムは機能していません。なんとか早く変わってほしいです。この子が大きくなった時に今のような不平等な社会であってほしくないです。社会主義は『正しい』というより、『今よりはマシな選択』だと思います」(カーラさん)

政治の世界で変化も

こうした若者の不満の高まりを受けて、政治の世界でも変化が見えています。
アメリカ最大の社会主義団体DSAのメンバーで、ジャーナリストのショーン・スコットさん(34)です。

8月のシアトル市議会の予備選挙に立候補。11人中2位の得票を獲得し、その結果は地元でも驚きをもって受け止められました。

選挙戦でも社会主義的な政策を前面に押し出しています。
シアトル市が所有する4か所の公営のゴルフ場。これを低所得者向けの公営住宅に変えると訴え、支持を広げています。

「誰もが住む場所を持ち、屋根の下で暮らすべきです。人としての基本的な欲求です。これからアメリカで社会主義は、もっと広がっていくと思います」(ショーンさん)

来年の大統領選挙を見据え

1年後に迫ったアメリカ大統領選挙でも、「社会主義」を支持する若者の動向が鍵を握ると見られています。
打倒トランプを目指す民主党の候補者争いでも、すでに“勢い”が数字で表れています。
支持率で優位に立っているのは、
▽「中道派」のバイデン前副大統領
▽「左派」のウォーレン上院議員
▽「左派」のサンダース上院議員の3人です。

富裕層への増税や国民皆保険の実現などを掲げ、社会主義を求める若者が支持する左派がトップ3のうちの2人を占めているのです。

一方のトランプ大統領。
先月(9月)の国連総会での演説で、力強くこう語りました。
「アメリカが直面している最も深刻な課題は、社会主義だ。社会主義は国家や社会の破壊者だ/アメリカは絶対に社会主義の国家にはならない」(トランプ大統領)
冷戦時代にソビエトをはじめとする社会主義陣営と厳しく対立したアメリカでは、「社会主義」ということばに抵抗感やアレルギーを感じる人が特に中高年の間では多くいます。
社会主義の否定的なイメージを呼び起こさせて、支持固めを図るとともに、民主党への攻撃材料にしようという思惑が透けて見えます。
若者の間で社会主義が広まりつつあるというのは、格差が広がる今のアメリカを象徴する現象と言えます。来年に迫った大統領選挙の行方を左右する、新たな潮流となりそうです。
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ワシントン支局 記者

西河篤俊
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