記者の目:米インディアン居留地、ウラン鉱汚染=吉富裕倫(ロサンゼルス支局)

毎日新聞 大阪版 2010年6月24日

 ◇吉富裕倫(ひろみち)   ◇核兵器開発のツケで環境被害
 米国アリゾナ州を訪れ、核兵器製造のため採掘されたウラン坑跡の水汚染を取材し、連載記事「オバマの核なき世界/足元のウラン鉱汚染」(4月20~22日)を書いた。アメリカン・インディアンのナバホ族が住む居留地の一部では、汚染された地下水を飲んだ人たちが健康被害を訴えていた。「核兵器」の間違いは、無差別大量に市民を殺傷する非人道性だけでなく、深刻な環境汚染にもあると実感した。
 ナバホ族コミュニティーの生活向上を図る非政府組織(NGO)「忘れ去られた人々」の案内で、アリゾナ州北東部の荒れ地で牧羊などを主な生業とする集落に行く前は、「安全な飲料水がないから飲み水を持参すること」と言われても半信半疑だった。
 米国はドラッグストアに安価なボトル入り飲料水があふれる世界一の経済大国だ。今年1月、震災の取材で訪れた中米のハイチでは、米軍がヘリコプターで大量の飲料水を被災者キャンプに連日運び、援助活動に励む姿が目に焼き付いていた。
 レンタカーのトランクに積み込んだ5ケースの飲料水は、思いのほか役に立った。広大な荒野に点在する民家を訪ね、時折、汚染された水を飲むという女性のロランダ・トハニーさん(47)の家に着いたのは日も暮れ落ちた夕方。彼女は帰宅したばかりで「疲れている」と不機嫌だった。しかし、仲介してくれたNGOのスタッフが、私を紹介する時「水を持ってきてくれたのよ」と言った途端、歓迎の表情に変わったのだ。
 ◇がん患者発生因果認めぬ政府
 夫妻2人の買い置きの飲料水は1ケース。約1週間で使い切った後は、街まで買い物に出かける2~3週間先まで近くの井戸水を飲むという。5年前に夫が心臓病の手術を受け、記憶障害のあるロランダさんの障害手当で暮らす2人にとって、経済的に「ほかに選択肢がない」。
 コーヒーカップが青色に染まるような井戸水だが、基準値を超えるウランなどの有害物質が含まれているとは、当局が標識を張る2年前まで思ってもいなかったという。28歳の娘は6歳の時に甲状腺がんを患った。ロランダさん自身も最近甲状腺がんと診断された。
 地域住民には、腎臓がんなど汚染された井戸水が原因と疑われる病気にかかり、死亡した人もいる。疫学調査は実施されず、政府は「水は飲むな」と警告する一方で、病気の原因が水だとは認めていない。
 ナバホの人たちは、ただ自分たちの伝統的な生活を続けてきたに過ぎない。米国が冷戦下の核兵器開発競争を勝ち抜くため、ウランを掘り、そのまま放置した。その結果、半世紀後の今になっても自国民が苦しんでいる。
 連邦政府はナバホ居留地内の飲料水対策を行い、5億ドル(約450億円)を投じてきた。だが、ウラン坑跡の対象地はウェストバージニア州と同じ広さといわれ、規模の大きさに頭を悩ます。
 ◇他の核施設も閉鎖に巨額費用
 こうした問題を抱えるのは、低所得者が多く「米国の中の第三世界」ともいわれるインディアン居留地だけではない。長崎原爆のプルトニウムが製造されたワシントン州ハンフォードの核施設でも、80年代後半に周辺への環境汚染が明るみに出た。住民たちは健康被害の損害賠償を求め91年に訴訟を起こしたが、今も裁判は続き、約2000人の原告は救済されていない。
 施設閉鎖後の89年から30年計画で始まった汚染除去作業は、20年を過ぎた今、さらに30年かそれ以上かかると推測されている。
 米紙ニューヨーク・タイムズによると、同施設跡を含むエネルギー省所管の107施設の汚染除去作業には、完了するまでに2600億ドル(約23兆4000億円)という気の遠くなるような巨額の費用が必要。米国が今後10年にわたって核兵器の性能を維持するための関連予算800億ドル(約7兆2000億円)をはるかに上回る。しかも、いまだこれら核のゴミを安全に閉じこめておく最終処分場は定まっていない。
 米国はオバマ大統領が将来の「核なき世界」を目指すと述べ、核弾頭数を初めて公表するなど核軍縮への積極姿勢に転換した。核大国同士の核戦争より、核テロの脅威に対処することがより重要になったという安全保障環境の変化が主な理由だ。核兵器による環境汚染やそれによる健康被害は米国だけの問題ではないはずだ。核兵器の開発製造、実験がもたらしたつめ跡の深さも積極的に訴え、核兵器廃絶へのリーダーシップを取ってほしい。

 

放置された放射能被害 アメリカのウラン鉱山開発に日本企業が出資 写真家・森住 卓
土壌汚染・健康被害に苦しむ先住民
ヒロシマ・ナガサキの悲劇はここから

全日本民医連 いつでも元気 201年3月1日

閉鎖されたユナイテッド・ニュークリアー社のウラン精錬工場(チャーチロック)

 米国南西部のニューメキシコ、コロラド、アリゾナ、ユタの四つの州にまたがる地域は「フォーコーナーズ」と呼ばれている。
 広島・長崎に投下された原爆の原料になったウランは、この地域から掘り出された。第二次世界大戦後、核開発に血道を上げたアメリカ政府と企業はこの地域 にウラン鉱山の開発ラッシュをもたらした。ここはアメリカ国内最大のウラン産地でもある。この地に住む先住インディアンは労働力として雇われていった。企業は労働者と環境への影響を考慮せず、その結果、広大な地域を汚染し住民の健康被害をもたらした。鉱山労働者の肺がん罹患率(病気にかかる率)は、先住民ナバホ族平均の二八倍、子どもの骨がん罹患率も全国平均の五倍にもなっている。

危険を知らされず働かされた

ウラン鉱滓を土台や壁の建材に使ったナバホ族の住宅(チャーチロックのテッドさんの隣の家)

 「レインコートのようなジャケットを着て、水が滴る地下一三〇〇フィート(約四〇〇メートル)のトンネル内でダイナマイトをしかける仕事だった。放射線の強い時にはマスクをつけ、その後いっしょに働いた仲間はいろんな病気になった。なかでも、肺がんが多かったよ」とニューメキシコ州チャーチロックに住むピーターソン・ビルさん(55)は当時の坑内の様子を話してくれた。彼は一九七四年から一九八二年の閉山まで働いた。
 「検査を受けたいが病院は五〇〇マイル(約八〇〇キロ)も離れている所にしかないのでとても行けない」とピーターソンさんは健康への不安を語ってくれた。驚いたことに、自宅のすぐ目の前に鉱滓(精錬の際に出る岩石や不純物などの残り滓)の捨て場がある。雨が降れば流れ出し、乾燥すれば埃が舞い、風で遠 くに運ばれていく。こうして汚染が広がっていった。「安全でクリーンな土地に引っ越したいが、そのお金もない」と言った。「ポスト71」(元鉱山労働者の 会)の世話人のリンダ・エバーさん(52)も次のように言う。「町のハンバーガー屋さんで働くより六倍もいい給料で、あこがれの職業だった。坑内は、蒸し 暑くてほこりが充満していた。会社から支給されたのはヘルメットと長靴だけ。マスクも手袋もなかった。放射能が危険だなどと一度も教えてもらわなかった。 仕事が終わると汚れた作業着のまま帰宅し、手や顔を洗う前に子どもたちとキッスをかわすのは日常の光景だった。汚れた作業着は、家族の衣類と一緒に洗濯し ていた」
 いま、ポスト71は被害補償を国や企業に求めるため、アメリカ全土に散り散りになった元鉱山労働者に、健康調査などを呼びかけている。しかし企業は作業中の被曝線量を記録したデータを労働者に渡していないケースが多いため、被曝の立証が難しいという。

 

汚染物質は除去されないまま

テディー・ネッズさんが毛のない羊が生まれたと写真を見せてくれた(チャーチロック)
 ウラン鉱山の谷筋の丘に上ると下流にテディー・ネッズさん(65)の家が見える。ウラン鉱山入り口からわずか一五〇メートルしか離れていない。
 「昨年、汚染している表土を五〇センチほど削り取った。表土は自然界の平均の二〇倍も汚染していたよ」と言って家の中から一枚の写真を持ってきた。その 写真にはピンク色の肌をした毛のない羊の赤ちゃんが写っている。「時々このあたりで放牧している羊の中にこんな赤ちゃんが生まれるんだ」と言った。テ ディーさんは大腸がんにかかり闘病中で、五〇代半ばの妹もがんだという。
 ニューメキシコ州議会調査局は「州北西部の鉱山開発跡周辺では、汚染物質の除去がおこなわれていない」と指摘した。たとえ汚染した表土をはがしても、地下水の汚染は続くという。

“先住民への差別だ”と憤り

テーラー山の麓にある閉山されたウラン鉱山。汚染は放置されたままだ(ミラン近郊)
 一九七九年、史上最悪の放射能事故が起こった。カーマギー社のウラン精錬所から出た鉱滓を貯めていたダムが決壊。コロラド川の支流のプエルコ川に流れ込んだ。
 この川を水源としているナバホ族一七〇〇人が被害にあった。汚染した水や草を食べたり飲んだりした羊や家畜が被曝した。
 その後、ろくな除染もおこなわないまま同社は一九八五年に撤退。ラリー・キングさん(55)は精錬所の閉ざされたゲート脇で放射線を測ってみせた。自然界平均の二倍以上の放射線が出ていた。
 ダム決壊事故の四カ月前には史上最悪と言われたスリーマイル島原発事故が起こったばかりだった。「マスコミはスリーマイル島事故を連日報じたが、ダムの 事故は何も報じなかった。ナバホ族の住む土地で起こった核事故だからだ。これは先住民への差別だ」とテディーさんは怒りをあらわにした。

浮上するウラン鉱山開発計画

雨が降ると汚染した水が住宅まで流れてきた。汚染した表土をはがした跡には樹木がなくなった。ナバホ族にとって大切な儀式をおこなう森もなくなってしまった(チャーチロック)
 二〇〇〇年以降、ブッシュ、そしてオバマ政権は「原発はクリーンエネルギー」だと原発推進政策をとり続けた。ウランの国際価格の高騰も相まって、閉山した鉱山の再開と、新たなウラン鉱山開発計画がはじまっている。
 ニューメキシコ州西部のミラン郊外に静かな住宅地がある。かつてウラン鉱山労働者が多く住んでいた地域だ。「あの家庭は、夫婦とも鉱山で働いていて、二 人ともがんで亡くなったんです。その家を会社が買い取って、更地にしてしまった。証拠隠滅のためにね」とキャンディス・ニード・ディラさんは話してくれ た。
 住宅地の四〇〇メートルほど北には、ウラン精錬所から出た汚染水を蒸発させて濃縮する池がある。濃縮した水をどうするのか。住民には何の説明もないという。
 近くには閉山されたマウント・テーラー・ウラン鉱山があった。正面ゲートに「ここは汚染されているかもしれません」という、へんてこな看板がかかっている。放射線測定機器のアラームが鳴り続けた。測定器は通常の一〇倍近くの値をしめしていた。
 この町の東、テーラー山の裾野ロカホンダで、ウラン鉱山開発がはじまろうとしている。この山は、先住民の間で「聖なる山」と崇められている。テーラー山の鉱山開発計画には、日本の住友商事が出資している。
 その土地所有者は同じ町の住民だ。彼らは「自分たちの土地なのだから、何に使おうと勝手だ」と鉱山会社と契約してしまった。周辺住民たちは「閉山したウ ラン鉱山からの汚染を放置して、さらに新しいウラン鉱山を開発するなんて認められない。日本企業が出資さえしなければ、この計画は中止される」と訴えてい る。
 ナバホ族の長老は「トウモロコシの花粉とウランの粉は同じように黄色い。トウモロコシは自然の恵みだが、ウランは使い方を一歩間違えば人間に不幸をもたらす」といった。
 被爆国・日本の企業が新たな放射能被害拡大に手を貸すことを黙ってみているわけにはいかない。

被害・汚染に触れず


ニューメキシコ州・ミラン ウラン鉱山博物館
 ニューメキシコ州の州都アルバカーキから西にルート66を走ると、2時間ほどでミランに着く。町の中心にウラン博物館がある。受付の女性が「どうぞ何でも写真に撮っていいわよ」と愛想良く言った。
 展示されているのは、ウラン鉱山がいかに町に繁栄をもたらしたかという当時の記録写真や、ウラン鉱石の採掘の様子を表した模型。

天然ウランがガラスカプセルに入れられている
 驚いたのは、ガラスのカプセルに入れられた天然ウランの粉末が無造作に展示されていたことだ。硬い石や金属がぶつかれば、簡単に割れてしまうガラスカプセルに入れられている。その無神経さには驚いた。
 しかし、多くのウラン鉱山労働者や住民の被ばく被害や環境汚染については何も語られていない。そして、博物館に面した道の反対側には「ウラニウムカ フェ」というネオンサインのかかったカフェがあった(写真上)。この町でウラン汚染や被害の声を上げることはいかに大変かを示しているようだった。

いつでも元気 2011.3 No.233