[解説]
(1)はじめに 風に舞い散る放射能を報道しない新聞各紙
東京電力が2019年9月1日(日)、福島第一原発1/2号機排気筒の最頂部(高さ2.3m、重さ4トン)の切断、撤去に成功しました。朝日、毎日、東京、読売のうち、朝日と東京は報道しましたが、毎日、読売はガン無視です。この2社は、福島第一原発1/2号機排気筒の解体工事の開始は報道したのに、その後の作業が何度も中断したこと、最頂部を切断・撤去が行われ、放射性物質が環境中にばら撒かれた可能性を示唆するような報道は一切ありませんでした。すなわち、東京パラリンピック・オリンピックまでは、廃炉作業に伴う放射性物質の拡散のニュースは一切しないと、この2社は決めたようです。編集部に国際原子力機関(IAEA)の職員が常駐でもしているかのようです。
また、朝日新聞は、福島県版では「作業は被曝の恐れから遠隔操作を主としているが、早くも現場に人の投入という『最終手段』が使われた結果となった」と書きながら、全国版ではこの部分を一切カットしました。
福島民友、福島民報は、福島第一原発1/2号機排気筒の最頂部の切断、撤去について報道しましたが、作業員の投入について一切触れませんでした。福島の地方紙がなぜ、作業員の被ばく問題を報道しないのでしょうか?報道するのは明るいニュースだけ?「福島復興」に限定した報道姿勢がうかがわれます。作業員の多くが福島県民であるのに、作業での被ばく問題を報道しない、2社の報道姿勢は改めるべきです。
唯一、東京新聞が福島第一原発1/2号機排気筒の最頂部(高さ2.3m、重さ4トン)の切断、撤去に作業員が投入されたことを、独自に望遠カメラで作業の様子を撮影した写真とともに詳報しました。ツィッターでも「東京新聞原発取材班」@kochigen2017さんが、9月1日の作業のようすツィートしていました。原発問題を考えるなら、読むべきは東京新聞です。地方でも「全般」に注文すると、郵送料込みで月間で注文することができます。
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しかし、いずれの報道も、この排気筒の解体工事で放射能が舞い散る危険性については触れていません。1号機、2号機のベントで使われた排気筒。高濃度の放射能が、それもメルトダウンして圧力容器、格納容器が爆発しそうになったから、または2号機の圧力抑制室が爆発しそうだからベントしたときの放射能は付着しているはずなのに。
ちなみに、放射線、放射線、と専門家は言います。「放射能とは放射線を出す能力のことだ。放射性物質を放射能と呼ぶのは間違いだ」と。これはうそです。日本では、放射線を出す物質のことをもともと、放射能と呼んでいました。アルファ線、ベータ線、ガンマ線が人体に影響するのではありません。放射能がからだの外部または内部にあるからそこから出るアルファ線、ベータ線、ガンマ線が人体に影響するのであって、「アルファ線、ベータ線、ガンマ線」が単独で存在するのではありません。また、内部被ばくした場合、「アルファ線、ベータ線、ガンマ線」が問題である前に、放射能(この場合、放射性物質という意味で用いています)がどんな核種なのが、が大事です。ヨウ素131ならばあっと言う間に甲状腺に集積するし、セシウム137ならば腸管から吸収されて血液に乗り全身の各臓器へ、心臓や脳にも溜まります。ストロンチウム90ならば腸管から吸収されて骨へ。プルトニウムは呼吸で取り込まれた場合は、粒径が0.1マイクロメートル(μm)以下ならば50%以上は肺胞の中に吸着されていきます。
図1 プルトニウム 肺の各領域における粒径分布による差 原子力委員会 1969年11月13日
そこで、蓄積された臓器や組織のそれぞれの場所でベータ線やガンマ線を出すのです。しかし、ストロンチウム90はベータ線しか出しません。プルトニウム239もアルファ線しか出しません。同じプルトニウムでもプルトニウム241はベータ線しか出しません。放射能によって蓄積する臓器が異なり、そこでアルファ線、ベータ線、ガンマ線を出すのですから、被ばく影響も放射能の核種によって違うのです。放射線、つまりアルファ線、ベータ線、ガンマ線で被ばく影響を議論するのは詐欺である、と言えます。「放射線、放射線」と核種を無視した、人体への健康影響を説明する学者がいたら「ああ、これは何かを誤魔化そうとしているな」と考えるべきです。
(2)1号機からの散乱ガンマ線の影響を主張する東京電力 測ったのはガンマ線のみ
東京電力は、この1/2号機排気筒のガンマ線量が300マイクロシーベルト/時(高さ60m)~80マイクロシーベルト/時(高さ120m)であったことを公表しています。
<参考>福島第一原子力発電所1/2号機排気筒解体計画について(準備作業・解体前調査の報告) 東京電力 2019年4月25日
ガンマ線量しか測っていないのに、「筒身内部の汚染は少なく」と評価し、また、線量の原因を1/2号機排気筒内部に付着した放射能のせいではなく「(はるか下にある)1号機オペフロからの散乱線の影響」だとしています。噴飯ものの説明です。
図2 排気筒の解体前の調査結果 γ線スペクトル 福島第一原子力発電所1/2号機排気筒解体計画について(準備作業・解体前調査の報告) 東京電力 2019年4月25日
ちなみに「オペフロ」とは原子炉建屋の最上階で、使用済み核燃料の交換が行われる場所。また、「散乱線」とは「散乱ガンマ線」のことで、強いエネルギーを持つガンマ線は数100メートルも飛びます。しかし、ウランやプルトニウムが核分裂してできた死の灰、さらに、メルトダウンしてできた死の灰は、ガンマ線を出すものばかりではありません。セシウム137やセシウム134に次いで多く生成したストロンチウム90は、ガンマ線を出しません。上記のガンマ線スペクトルはガンマ線だけを測ったものですから、ストロンチウム90はあるかないかは分からないのです。それを東京電力は、セシウム134、セシウム137しかなかった、としています。この説明で現場に作業員を投入したのだとしたら、これは悪質な不当労働行為です。現場作業における健康被害の影響を説明なく、現場に人間を投入したことになります。
図3 オペフロとは 日本原子力学会 原発用語集
この資料の(1)に、1/2号機排気筒の周辺の線量は、東京電力が言うような、1号機原子炉建屋のオペレーティングフロアからの散乱ガンマ線の影響ではなく、排気筒の下部に付着した放射能の影響であることを論証してあります。また、排気筒のあちこちに高濃度の放射能は付着していることも分析してあります。
<参考> 2019年9月1日、東京電力が福島第一原発1/2号機排気筒(高さ120m)の最頂部の切断、撤去に成功。舞い散る放射能汚染は?(1)
(3)1号機、2号機のベントはいつ行われたのか?その影響は?
資料に基づき、1号機、2号機のベントおよび2号機の圧力抑制室の底抜けがいつ起こったのか、時系列で分析してみます。ただし、このデータでさえ、いじられている可能性があります。少なくとも、政府原子力災害対策本部に伝えられた情報は誤っています。
図4 福島第一・第二原子力発電所事故について 原子力災害対策本部 2011年3月17日 7:30現在
1号機の原子炉格納容器(PCV)の圧力の推移を見ると、ベントが行われたのは政府原子力災害対策本部に伝えられた2011年3月12日9:07ではなく、2011年3月12日14:30です。この2011年3月12日14:30に石川梵氏が福島第一原発の1/2号機排気筒から北西の方角に白く棚引くプルームを撮影しています。福島第一原発の北西の方角には、双葉町民が避難していました。双葉町の町長だった井戸川克隆氏は、原発の北西約四キロの町役場近くにいました。「付近に三百人ほど。上羽鳥(かみはとり)近くにも多くの人がいたと聞いた。子どもも妊婦もね」と井戸川克隆氏は東京新聞の取材に答えています。<参考>こちら特報部 背信の果て(下) 「甲状腺問題意識高く」 当時の関係者 広い範囲を心配 回答と食い違いか 2019年1月28日 東京新聞 朝刊25面
図5 1号機のベントは2011年3月12日14:30pm 時系列
図6 1号機のベントの白煙 2011年3月12日 14:40頃 石川梵氏撮影
<参考>こちら特報部 背信の果て(下) 「甲状腺問題意識高く」 当時の関係者 広い範囲を心配 回答と食い違いか 2019年1月28日 東京新聞 朝刊25面
専門家の中には、1号機のベントはウェットウェルベントと呼ばれる、圧力抑制室の中の水を通してベントは行ったので、「水に溶けやすい放射性ヨウ素は99%取り除くことができる」とデマを語っている者がいます。実際には、この1号機のベントの14分後に、双葉町上羽鳥のモニタリングポスト(福島第一原発の北西5.6km)で4600マイクロシーベルト/時の空間線量が一時的に観測されています。大量のヨウ素131が空気に含まれていたことは想像に難くありません。
図7 原発事故 克明な放射線量データ判明 2014年3月11日 NHK NEWS WEB
<参考> 原発事故 克明な放射線量データ判明 2014年3月11日 NHK NEWS WEB
1/2号機排気筒の内側には、この1号機のベントの際の放射能が付着しているのです。セシウム134,セシウム137だけのわけがありません。また、1号機建屋のオペレーティングフロアはこの8年間でかなり放射能汚染がれきが撤去されました。しかし、1/2号機排気筒の内部は手つかずのままです。これをオープンエアで解体しようとしている東京電力は、放射能拡散による健康被害の責任を取ることはできません。責任を取るつもりがないから「放射能はついていない」と言っています。
2号機についてです。まず、2号機爆発の前日2011年3月14日18:02に原子炉圧力容器から圧力抑制室(S/P)に蒸気が逃がされました。上記、図3のサプレッションプールと書いてある場所です。
図8 2号機の原子炉圧力容器から圧力抑制室への蒸気逃しは2011年3月14日18:02pm
それが、2号機格納容器のドライウェルから直接漏洩したのが、2011年3月15日7:20amと解析されています。しかし、同日、6:10amには2号機建屋でも爆発音が起きています。この時に圧力抑制室が破壊されたと考えられています。同時に、1/2号機排気筒にも大量の放射能が通過したことでしょう。
図9 2号機ドライウェルからの直接の一部漏洩(推定)は2011年3月15日7:20am
先の2014年3月11日のNHK NEWS WEBの報道にょれば、東電福島第一原発事故で環境中に出された放射能のうち、4割が2号機、2割が1号機です(残り3割が3号機)。2号機は建屋は爆発していませんから、ほとんどがこの1/2号機排気筒を通じて、環境中に放出された可能性があります。1号機のベント+2号機の圧力抑制室の破壊分の放射能がここを通過したのです。
(4)1/2号機排気筒の下部には、25シーベルト/時、15シーベルト/時の放射能が付着しています
東京電力が2013年に調べたところによれば、1/2号機排気筒の下部に25シーベルト/時の線源①、15シーベルト/時の線源②があります。これはほぼ、使用済み核燃料に近い線量です。
図11 福島第一原子力発電所1/2号機排気筒の下部線量測定について 線源における線量率の測定 2013年12月6日 東京電力
これは2013年楢葉町井出川河口で見つかった高線量の放射性物質と似ています。
図12 楢葉町で発見された高線量がれき 2013年6月20日 7月2日 7月5日
図13 楢葉町で発見された高線量がれき 2013年6月20日 7月2日 7月5日 放射能分析結果
図14 楢葉町で発見された高線量がれき 2013年6月20日 7月2日 7月5日 放射能分析結果 2
しかし、楢葉町で見つかった高線量がれきですら、もっとも高いもので400マイクロシーベルト/時です。25シーベルト/時、すなわち25000マイクロシーベルト/時とは比べものになりません。1/2号機排気筒の下部には少なくとも、上記楢葉町の高線量がれきと同じ、ストロンチウム90、プルトニウム239+240、プルトニウム238+アメリシウム241、キュリウム242、キュリウム244が存在する、と考えられます。それも排気筒に付着しているものは、楢葉町の高線量がれきの62.5倍以上の放射能を持つと推定されます。
(5)1トンのウランが燃えた場合にできる死の灰の放射能とは?
ウランが燃えると、できるのはセシウム134やセシウム137だけではありません。もっとも多くできるのが質量数で95付近と138付近の元素です。以下は、MOX燃料の場合です。MOX燃料の場合は、質量数が99付近と135付近の元素ができます。質量数が99ではテクネチウム99、質量数が135とはセシウム135(もともとはキセノン135)が代表例です。
図15 核燃料から生み出された「死の灰」の収率 Physics of Uranium and Nuclear Energy World Nuclear Org
したがって、質量数99や質量数135を中心に実にさまざまな核種が原発の使用済み核燃料に含まれていました。それがメルトダウン、爆発あるいはベントで環境中にばら撒かれました。そのベントでは1/2号機排気筒を使ったわけですから、排気筒の内側には以下の放射能がついています。以下は、1トンの使用済み核燃料から取り出した高レベル廃棄物中の放射能です。第1位はセシウム137ですが、第2位はストロンチウム90です。ストロンチウム90はガンマ線を出しません。ベータ線しか出しません。東急電力が1/2号機排気筒のガンマ線の線量しか測らなかったのは、ストロンチウム90が環境中に拡散する危険性を隠すためであった、と考えらます。また、次に多いのはアメリシウム241ですが、これはアルファ線しか出しません。以下のように、もっと多いセシウム137だけがガンマ線を出すのであり、東京電力の言う「セシウム134、セシウム137しか排気筒の線量から見つからなかった」は明らかな虚偽説明であり、「セシウム134、セシウム137しか測らなかった」が真実です。少なくともベータ線汚染、アルファ線汚染を測るべきです。ちなみに、高さ120mまでは、1号機建屋オペレーティングフロアのベータ線やアルファ線は飛んできません。排気筒の汚染だけが測れます。
セシウム137 ベータ線、ガンマ線(←ガンマ線を出すのはこの中でセシウム137だけ)
ストロンチウム90 ベータ線のみ
アメリシウム241 アルファ線のみ
アメリシウム243 アルファ線のみ
テクネチウム99 ベータ線のみ
プルトニウム240 アルファ線のみ
プルトニウム239 アルファ線のみ
ネプツニウム237 アルファ線のみ
セシウム135 ベータ線のみ
図16 1トンの使用済み核燃料から取り出した高レベル廃棄物中の放射能 Physics of Uranium and Nuclear Energy World Nuclear Org
東京電力が言う、「排気筒の線量はセシウム134、セシウム137のガンマ線による」「その線量は地上にある1号機建屋オペレーティングフロアからの散乱ガンマ線の影響」は両方とも虚偽です。また、ベントや圧力抑制室の破壊で放出された核燃料物質、核燃料デブリの粒子がこびりついている排気筒をオープンエアで解体するべきではありません。ただちに作業を中止し、覆いの中で解体を行うべきである、と考えます。
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