[解説]

 毎日新聞が全体として、安倍晋三氏の応援、擁護新聞に成り下がって入るなかで、夕刊の特集したは、毎回気を吐いています。

 読むなら、東京新聞と毎日新聞夕刊です。

この国はどこへ これだけは言いたい 評論家・佐高信さん・74歳 今感じるべきは「絶望」だ 

2019年8月30日 毎日新聞 夕刊2面

特集ワイド

=内藤絵美撮影=内藤絵美撮影

 「あの場面がね、ずっと残っているんだ、自分の中に」--。うだるような真夏の午後。評論家の佐高信さん(74)は窓から差し込む強い日差しをにらみつけながらそう切り出した。

 山形県酒田市出身で、生まれたのは終戦の年の1月。食べる物に窮する子供時代を過ごし、中学を卒業すると周囲の多くは集団就職で東京へ向かった。

 中学3年の時、同級生の中に小柄で頭の良い女子生徒がいた。成績は優秀だが、家は貧しく、進学などできないと周囲は知っていた。ある日、担任教師が進路希望の調査をすると言って、進学希望者は挙手するよう指示した。その子はまっすぐに手を挙げた。教師の瞳に「えっ?」というけげんな表情が浮かんだ。

 「その瞬間、その子がキッとした顔で言ったんだよ。『だって、希望でしょ』って」。佐高さんは女子生徒が内に秘めていた「怒り」を代弁するように強い口調で続けた。「本当の意味の『希望』は、『絶望』の沼にひたっている時にこそあるものだ。それなのに、今は誰もが軽々しく希望、希望と口にする。今、感じなくてはならないのは『希望』ではなく、むしろ『絶望』ではないのか」

 政治や経済、教育など、あらゆる社会問題について鋭く批評してきた辛口評論家の目には、この国が悪い方向へ逆戻りしていると映ってならない。非正規労働者が増え、格差は広がるばかり。憲法は改正に向けた動きが強まっている。そんな中、7月の参院選では何も現状が変わらなかったとして、「もはや日本は近代社会とはいえないのではないかと改めて感じた」と話す。

 永田町では、2世、3世などの「世襲議員」が増えている。とりわけ自民党では国会議員の約3分の1が世襲とされる。「武士の子は武士、農民の子は農民と身分が固定されているのは封建社会の話ですよ。身分による差別をなくし、『身分から契約へ』というのが近代の民主主義社会のはず。世襲は民主主義を息苦しくさせる。世襲が解消されないから、さまざまな弊害が生じている」

 今回の参院選の直前、老後資金2000万円不足問題が持ち上がった。平均的な無職の高齢夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)が老後を30年生きれば、年金以外に2000万円が必要になる--と金融庁のワーキンググループが報告書を作成した件だ。同庁のトップである麻生太郎副総理兼金融担当相はこれに絡み、衆院財務金融委員会で自身が年金を受け取っているかを問われた際、「受け取っていないと思う」とあいまいに答えた。「年金がいくらとか、自分の生活として心配したことはない」とも語った。そんな麻生氏の物言いが国民の怒りを増幅させたのは記憶に新しい。

 佐高さんは吐き捨てるように言う。「生活に困った経験がなければ、老後の切実さを理解しろといっても無理だよ。政治が『家業』になってしまえば、政治家の視野は狭くなり、ふつうに生きる人々の苦しみなんて分からなくなる。だから世襲はダメなんだ」。そして、こう続けた。「もし政治家の子供がどうしても政治家になりたいというなら、少なくとも選挙区を変えなければいけない。それが最低限のルールであるべきだ」

 日本と韓国の関係悪化のニュースが連日、報道されている。両国の政府関係者の顔に浮かぶ憎しみのこもった表情は直視するに堪えないほどだ。そんな状況を招いたことも、世襲議員らの「視野の狭さ」が絡んでいると佐高さんはみる。

 「かつての自民党には『保守の知恵』というのがあった。押してダメなら引いてみなっていう、相手の立場に立った粘り強い交渉を当たり前のように行っていた。沖縄の米軍普天間飛行場返還問題では、あの橋本龍太郎首相(当時)だって、かなり気難しい大田昌秀沖縄県知事(同)のところに何度も何度も足を運んでいたんだ」

 今はどうか。もちろん日韓関係がここまで悪化した一因は、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領側にもあるだろう。歴史的経緯を含め、幾重にも入り組んだ糸をほぐすのは容易な作業でないことも理解できる。だが「保守の知恵」が当然のようにあった時代に比べ、今の安倍晋三政権は、地道に、あきらめず、あらゆる知恵を絞って解決を目指す、という努力を十分にしているだろうか。

 「安倍政権は米国重視で何が悪いんだという『開き直り』を見せる一方で、米国に対するものとは明らかに違う『強気』を韓国に向けている。それはものすごく嫌な感じだ。結局、相手の痛みを知らないということなんじゃないか」

 ふいに田中角栄元首相のことを持ち出した。「田中元首相は『人間が10人いれば、1人ぐらい共産党がいる』と口癖のように語っていた。自分の理解が及ばないものは必ず存在するし、存在する理由もあるということだ。安倍政権は異論を許さないという姿勢だが、かつては異論があってこそ面白いという発想があった」

 自分とは正反対の立場の人々の考えも尊重する。そうした懐の深さを欠いていることが、さまざまな問題の根に潜んでいると指摘する。

気骨のある財界人として知られた中山素平氏=1986年撮影気骨のある財界人として知られた中山素平氏=1986年撮影

 かつて「財界の鞍馬天狗(てんぐ)」の異名をとった人物がいた。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の元頭取、中山素平(そへい)氏だ。周囲から「そっぺいさん」と呼ばれて親しまれる一方で、富士製鉄と八幡製鉄の合併による新日本製鉄(現日本製鉄)の誕生に尽力するなど、戦後の経済界で活躍した。

 佐高さんによれば、中山氏は湾岸戦争(1991年)の際、「(自衛隊の)派兵はもちろん、派遣も反対です。憲法改正に至っては論外です。第二次世界大戦であれだけの犠牲を払ったのですから、平和憲法は絶対に厳守すべきだ」と言い切ったという。

 「そっぺいさんの潔い言動はよく知られているが、政権に対して堂々と物申す財界人はこれまで決して珍しくはなかった」と佐高さん。小泉純一郎元首相を支えた富士ゼロックス会長で、経済同友会の代表幹事だった小林陽太郎氏もその一人だ。首相の靖国神社参拝に関し「中国の理解が得られない。やめていただきたい」と直言した。自宅に火炎瓶が置かれるなどの悪質な嫌がらせを受けたが、小林氏は日中関係を良好に保つという信念を曲げなかった。

 古くは旧倉敷レイヨン(現クラレ)の社長だった大原総一郎氏がいる。国交回復前の中国にプラントを輸出しようとして、時の政権から大反対にあった。しかし大原氏は中国に対する戦争責任を感じていたとされ、「私は理想に忠実でありたい。いくばくかの利益のために、私の思想を売る意思は持っていない」と語ったという。

 「今の安倍政権の下では、直言するどころか、政権とうまく付き合い、その陰に隠れ、楽をして金をもうけようとする経営者ばかりじゃないか」。佐高さんの口調は激しい。

 日韓関係の悪化についても、実際に、貿易や観光などビジネスに影響が出始めている。だが財界からは政府に対して進言したり、提案したりといった大きな声は聞こえてこない。政治に対する一定の監視機能を持つのも財界人の役目だったはずなのに、どうしたことか。

 「そっぺいさんは一貫して政府からの叙勲の申し出を断り続けたと聞く。それは経済という独自の論理で動くことに徹し、政治家や官僚には頭を下げず、民間の気概を貫いたからだ。今の政権は自分たちに直言するような財界人を認めない。政治家の劣化とともに、財界人の劣化も進んでいるということだろう」

 私たちは「絶望」の沼の底に沈みつつあると自覚し、一刻も早くはい出さなければいけない。佐高さんの険しい横顔が、そう告げていた。【宇田川恵】


 ■人物略歴

さたか・まこと

 1945年、山形県生まれ。慶応義塾大法学部卒。高校教員や経済誌編集長などを経て、82年、評論家として独立。「憲法行脚の会」の呼びかけ人の一人。著書に「平民宰相原敬伝説」「巨大ブラック企業」「城山三郎の昭和」「反-憲法改正論」など多数。