前双葉町町長 井戸川克隆氏が書いた第一原発事故の真実『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたのか』(3)

 川根は、これまで双葉町で小児甲状腺がんの子どもがでていないことから、「福島市、郡山市、二本松市、など高放射能汚染地帯に子どもたちを住まわせ続けたらからではないのか?全村避難をした双葉町の子どもたちから小児甲状腺がんの患者が出ないことがその証左になるかもしれない。もし、そうならば高放射能汚染地帯(ヨウ素131による土地汚染が10万ベクレル/m2以上の小学校が多くあった)に住まわせ続けた、日本政府、福島県の責任は重い。」と語ってきました。

 この井戸川克隆氏の本著『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたのか』(駒草出版)の中で、井戸川氏は「私は12日の爆発時に、直接、空から降ってくる高レベルの放射性物質に晒されました。そのときに持っていた線量計は振り切れて測れませんでした。だからその日の夜に、私たちは職員と3人で福島県立医大に行って、計測してもらったんです。きっといい加減にされると思ったから。

 夜、門を叩いて測ってもらった。その数字は正確には測れない。セシウム137が万単位のベクレル。ヨウ素が10万単位のベクレルとだけ言っておきます。本当かどうかわからないくらい大きい。初期のヨウ素をものすごい量、被っているんです。これ以外の多方面の検証もしないといけないと思います。」pp.226

「私は、事故後、鼻血が出て、喉は悪い状態となりました。

 3年経った今でも同じです。鼻血は出ますし、喉も調子悪いまま。3,4日前(2014年2月当時)は、喉が塞がってすぐに電話に出ることもできませんでした。疲れやすいし、目は白内障にかかっている、筋肉の痛みもあったんですが、最近はとれました。毛も抜けました。頭髪ではないんです、体毛がぬけるんです。心臓がどきどきすることがあったんですが、最近はなくなりました。当然甲状腺の異常はあります。のう胞は2年前に確認されています。小さいものはたくさんあるんですね。」pp.226~227

「福島県内の多くは、放射線管理区域でいうこのC領域(4万~40万ベクレル/m2。ここでは全身を覆って皮膚の露出がないという状態で、決められた手袋や帽子、靴下、ゴム手袋のほかに、半面マスクという内部被ばくを避けるための特別なマスクを装備しなければ、そこにいてはいけない領域)に相当するんです。

 こんなところに子どもを住まわせることができますか。24時間そんな装備をしていられるわけがない。本来18歳未満の子どもがいてはいけない場所なんです。」pp.210

「県外に避難されている双葉町住民の方で甲状腺がんで手術された方がいますが、この方はこの県民健康管理調査の数には含まれまていません。それに健康被害は甲状腺がんだけではないのです。」pp.136~137

 井戸川克隆氏はここで、甲状腺がんの手術をされた方が、原発事故当時0~18歳だったのか、18歳以上であったのかは触れていません。非常に意味深な表現を使っています。もし、この方が原発事故当時18歳未満であったとしたら、これまでの福島県の県民健康調査検討委員会の数そのものが実態を反映しないでたらめなものであること。実際はもっと多くの小児甲状腺がんに苦しんでいる、子どもたち、青年がいることになります。

 真実はどこにあるのでしょうか?

 政府事故調の中間報告をたんねんに読むと、福島県民で原発事故数日で100ミリシーベルト以上被ばくした可能性がある住民、少なくとも1003人であることが示唆されます。

『福島の原発事故で100ミリシーベルト以上の被ばくをした住民は1003人