スリーマイル島原発事故40年 終わらぬ悪夢 (上) 癒えぬ傷 がん患者増加 続く不安 被ばくの影響 子孫どうなる
東京新聞 2019年4月7日 朝刊 4面

 世界初の炉心溶融(メルトダウン)事故とされ、大気中に放射性物質をまき散らした米東部ペンシルベニア州のスリーマイル島(TMI)原発事故から四十年がたった。米政府は「死傷者ゼロ」を強調するが、住民らは現在も健康被害を訴え、事故とのつながりを示唆する研究結果は絶えない。一方、州議会ではTMI原発の延命策が議論され、事故機の廃炉が先送りされる可能性も出ている。米史上最悪の原発事故は今も終わっていない。

 母、めい、同級生、そして自分-。TMIの南約十キロに住む当時高校生だったペギー・パーキンスさん(54)は、身近な人々が次々と脳腫瘍などのがんを患い、自身も三十一歳から皮膚がんや甲状腺異常症と闘ってきた。

 もともと家族や親戚にがん患者は「一人もいなかった」。長女(33)には背骨の先天異常や腎臓病がある。全てが偶然とは思えない。心配なのは孫やまだ見ぬひ孫に、放射線被ばくの影響が受け継がれること。「もっと早く放射能漏れを教えてくれていたら…」

 州都ハリスバーグ近郊のミドルタウンにあるTMIは、米東海岸で最も長いサスケハナ川の中州の名前だ。川岸には住宅地が広がる。

 一九七九年三月二十八日午前四時。原子炉二基のうち、三カ月前に営業運転が始まったばかりの2号機で設備の不備や誤操作が重なり、核燃料が溶け落ちる炉心溶融が発生、放射能が外部に漏れ出した。

 当時の州知事が妊婦と未就学児を対象に半径五キロ圏からの退避を勧告したのは三十日の昼。事故発生から五十六時間がたっていた。

 「放射性物質の放出量は少なく、健康や環境への影響は無視できるほどだった」。米原子力規制委員会(NRC)や業界団体の見解だ。がん患者や死亡率の増加を指摘した著名大学の研究ですら放射線被ばくとの関係を否定し、原因は「事故による精神的ストレス」と結論づけた。

 一方で、実際の被ばく量が政府側の説明より相当多くなければ、がん患者の増加は「考えづらい」と疑問視する研究結果もある。直近では二〇一七年、地元ペンシルベニア州立大の研究チームが甲状腺がんを患った周辺住民の検体を調べ、「事故と甲状腺がんの相関性の可能性が示された」と発表。がんの原因そのものが放射線かどうかは判断を避けつつ、事故後の一定期間に発症した集団で、放射線被ばく特有の遺伝子変異が多かったという。

 米疾病対策センター(CDC)の統計では、ペンシルベニア州は直近一一~一五年の甲状腺がん発症率が全米二位、がん全体では三位。それ以前も全米平均より高い状態が続いていた。

 メアリー・ステイモスさん(75)は事故以来、頭が二つある乳牛など動植物の奇形を千例以上集め、NRCに放射能の影響を訴え続けている。「政府は『事故は終わった』と言うけれど、私たちはそれが真実ではないと学んできた」と語る。

 一方、事故当時ミドルタウン市長だったロバート・リードさん(86)も友人や近隣住民、きょうだいをがんで失った。事故の影響だと思っているが、「専門家ではないから」と断言はしない。もはや因果関係の解明そのものに悲観的だ。「これから医者や科学者が明らかにしてくれるのか。そうは思えない」

 四十年前の真相がはっきりしないまま、TMI原発は今も稼働している。

  (ミドルタウンで、赤川肇、写真も)

終わらぬ悪夢 スリーマイル島原発事故 (下) 「廃炉」が一転 延命法案 潮流に背 クリーン・雇用維持名目
東京新聞 2019年4月8日 朝刊5面

 夜空を蒸気で染める巨大な冷却塔を背に、約三十人の住民らが並んだ。吐く息が白い。米ペンシルベニア州ミドルタウンのスリーマイル島(TMI)原発事故から四十年となった三月二十八日未明、事故を次世代に伝えようと毎年続く抗議集会。参加者が掲げるプラカードには今年、こんな文言が目立った。「TMIを救済するな」

 米国は世界随一の原発大国だが事故以降、二〇一三年まで新規着工が止まった。米エネルギー情報局(EIA)によると、ピーク時の一九九〇年には百十二基が稼働していたが、いまは九十八基。シェールガス革命に加えて太陽光、風力などの再生可能エネルギーの普及で競争力が衰え、運転許可期限を待たずに退役を迫られる例も相次ぐ。

 TMIもそう。事故を起こした2号機が閉鎖され、1号機だけが八五年に再稼働したが、六年前から不採算に陥っている。

 「二〇一九年九月末にTMI原発を閉鎖する」。経営を受け継いだ米電力・ガス大手エクセロンが一七年五月に発表した。しかし、「必要な政策変更がなければ」との条件付き。クレーン最高経営責任者(CEO)は「きれいで信頼できるエネルギーと高収入の雇用の維持」を求め、州政府に事実上の救済を迫った。

 これを受けて州議会では今年三月、TMIの地元選出のメハフィー議員が、州内の原発九基を「無公害な発電源」として、年五億ドル(五百五十億円)かけて延命させる法案を提出。地元フランクリン&マーシャル大の世論調査では、再エネと同様に原子力を支援することに州内の50%が賛成し、反対の37%を上回った。廃炉に向けた風向きが変わりつつある。

 背景には原発依存度の高さもある。全米の総発電量のうち原発は二割だが、同州は四割。メハフィー氏は「原発による雇用や経済、環境への恩恵に感謝するときだ」と主張する。

 一方で、米原子力規制委員会(NRC)によると、事故で溶け落ちた2号機の核燃料(デブリ)は一九九三年までに99%を除去したが、1%は解体しないと取れないため現場に残ったまま。解体は1号機の廃止を待って行われる予定で、延命は事故処理の先延ばしにもつながる。

 四十周年の抗議集会に母親(87)と参加したマリア・フリスビーさん(55)はTMIの訓練のサイレンを聞くたび、避難勧告後に高校で迎えを待ちわびた当時の恐怖がよみがえる。「二度と事故が起きないなんて誰も約束できない」。延命策への嫌悪感をあらわにする。

 原発を動かし続れば、行き場のない使用済み核燃料もため込むことになる。原発が「トイレなきマンション」といわれるゆえんだ。

 TMIの監視を続ける市民団体「TMIアラート」のエリック・エプスタイン代表(59)は道義的な面からも「原発の悪夢」に終止符を打つべきだと訴える。「重ねた失敗のツケを次世代に先送りする。実に不公平だ」(ミドルタウンで、赤川肇、写真も)