前原子力規制委員会委員長 田中俊一氏が、伊達市ガラスバッジを利用した個人線量についての、宮崎・早野論文について、2019年4月4日読売新聞「論点」に「論文が一度取り下げられるにしても、適切な手続きを経て(伊達市民のガラスバッジデータの)解析はやり直されるべきだ」「不安に立ち向かってきた多くの市民の貴重なデータは埋もれることなく、広く活用される成果につながるよう願っている」と寄稿しています。

 田中俊一氏は、宮崎・早野氏の伊達市民ガラスバッジ論文が「個人情報の取扱いに不備があった(自分のガラスバッジ測定データが論文に使われることを同意していない人のデータまで使われていた)」だけに、問題を矮小化しています。宮崎・早野論文の根本的な問題は、そもそも伊達市民はガラスバッジを一日24時間身に付けていなかったのです。70%もの人が家に置き忘れたり、自動車の中につるしていたり、体育の授業の際に着替えと一緒に教室に置いておいたりした、データです。また、原発労働者やX線技師などは、測定のためにガラスバッジを2個用意されています。1つは事務所などに置き、1つはからだの胸に付け作業現場に入ります。作業後に事務所に置いておいたガラスバッジ(バックグラウンドと言います)と身に付けたガラスバッジの線量の差から、個人の被曝線量を求めます。伊達市民の家は、2011年8月市民のガラスバッジ測定開始当時でも、高い所は、1や2マイクロシーベルト/時あったと言われます。市民は家でも外でも24時間被ばくしていました。こうした中、バックグラウンド用のガラスバッジを置く場所は伊達市にはなかったのです。そこで宮崎・早野氏はバックグラウンドの線量を勝手に決めましたが、この数値は明らかに高すぎる値です。胸に付けたガラスバッジ-バックグラウンドのガラスバッジ=個人の被ばく線量、と計算しますから、バックグラウンドの数値が高く改ざんをされたら、個人の被ばく線量が小さくなるのは当たり前です。更に更に、宮崎・早野論文の悪質な「計算間違い」は、3ヶ月分の個人被ばく線量の平均値(1ヶ月分)を、4倍にしただけで年間被ばく線量としたことです。3ヶ月分×4=12ヶ月(1年間)ですが、3ヶ月分の平均値(1ヶ月分)×4=4ヶ月分です。すなわち、年間被ばく線量を1/3に過小評価したのです。早野龍五氏は、欧州合同原子核研究機構(CERN)で反物質を探究する国際共同実験グループのリーダーです。こんな計算間違いをするとは、信じられません。意図的、計画的な「計算ミス」であると思います。

 政府の放射線審議会は、この悪質な宮崎・早野論文に基づいて、モニタリングポストの数値の0.15倍程度が、個人の被ばく線量に相当する、と結論付けようとしていました。それが、宮崎・早野論文の倫理規程違反から、論文の内容の数々の誤り(岩波書店「科学」2019年2月号 島明美・黒川真一論文に詳しい)を指摘されて、早野龍五氏が論文取り下げを示唆したにもかかわらず、放射線審議会は、空間線量×0.15を個人被ばく線量とする結論を見直すつもりはない、としています。

 そもそも、原子力規制委員会は、前委員長の田中俊一氏、現委員長の更田豊志氏にしても、国際放射線防護委員会の言う、一般市民年間被ばく線量1ミリシーベルトすら、政府に要求することすらせず、逆に、福島市、郡山市、伊達市、相馬市の4市から「年間1ミリシーベルトに相当する、空間線量0.23マイクロシーベルト/時を除染目標とするのは厳しすぎる」との要望を受け、除染目標の線量基準を緩める検討をしていた人物です。

「『除染基準』議論が再燃 空間線量・毎時0.23マイクロシーベルト」

福島民友 2018年3月8日

《注》一般人の被ばく線量限度年間1ミリシーベルトは、国際放射線防護委員会(ICRP)が主張しているに過ぎません。日本の法令では、一般人の被ばく線量限度は規定されていません。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学幹事クリス・バズビー氏は、一般人年間1ミリシーベルトは高すぎる、せめて年間0.1ミリシーベルトを、と主張しています。

 田中俊一氏の議論は、宮崎・早野論文がつぶれたので、次なる「伊達市民ガラスバッジ論文」を、と要望するものに過ぎません。

 伊達市民はガラスバッジを24時間つけてはいませんでした。そもそも、バックグラウンドが伊達市には存在しなかった。また、作業現場に入ってから作業現場から出るまでを測るガラスバッジを、24時間の被ばく状況を測る伊達市民の被ばく状況に応用するのは、間違っています。原発労働者やX線技師は、被曝ばくしながらの労働で対価を得ることができます。しかし、伊達市民は、何の対価も得ず、心筋梗塞や脳梗塞などの突然死、がんや白血病のリスクだけを受け取るだけです。同じ被ばく線量、という概念で語ることに、人道的な問題がある、と考えます。

 2019年4月4日読売新聞 朝刊13面に掲載された、田中俊一氏の「伊達の被曝データ 活用の道」を全文紹介します。

論点 伊達の被曝データ 活用の道 田中俊一

2019年4月4日 読売新聞朝刊 13面

 福島県伊達市は、2011年に事故が起きた東京電力福島第一原子力発電所から北西へ約50キロメートルの位置にある。全域が避難指示区域となった飯舘村に隣接している。市内の一部は当初、避難基準の年20ミリシーベルトを超えると推定され、多くの市民が不安におびえていた。そこで伊達市は11年8月、市民の被曝線量の実測を始めた。「ガラスバッジ」というタイプの線量計を貸し出し、一人一人の被曝線量をおおむね3ヶ月単位で把握した。正確な被曝線量を知ることは、不安を乗り越える上で極めて重要だと考えられたからだ。線量の高い人がいれば原因を探り、被曝をできるだけ減らすことにもつながる。私も市のアドバイザーとして、この取り組みに協力した。

 各地での被曝線量は、地域ごとの空間線量率を基に国の示した計算式で推定されてきたが、実測した被曝線量は推定値よりもはるかに低い人が多かった。同じ地域に住む人でも生活パターンによって差があり、家庭内でさえ親子それぞれの線量は違っていた。幸い、健康への影響は心配される人はいなかった。市民の不安は和らぎ、生活は落ち着きを取り戻した。

  「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」の報告書は、福島の原発事故による最大の健康被害は、放射線被曝についての「不安」であると指摘している。過大に見積もられた被曝線量を基に対策を講じることは、住民に無用なストレスをもたらす。その点、伊達市では全市民を対象としつ被曝線量を測り、高めの線量が測定された家庭には保健師や専門家が説明することで、不安を大幅に軽減できた。「伊達市モデル」として、国際的に高く評価されている。

 測定は一昨年まで約6年間にわたって行われ、このように多くの収穫が得られた。事故で汚染された地域に暮らす人々が受ける放射線の量が、時とともにどのようなに変化してきたかを表す、極めて貴重な記録だ。伊達市はこのデータを広く役立てもらうため、福島県立医大と東京大の研究者に科学的な解析を委嘱した。成果は英国の専門誌に学術論文として発表された。

 ところが、市から研究者にデータが提供される段階で、個人情報の取り扱いに不備があった。自分の測定データが研究に使われることについて、同意していた市民は3万1151人だったが、不同意の97人と意思表示がなかった2万7233人のデータまで使われていた。それが最近発覚し、学術論文の取り下げもありうると聞いている。

 この不備は関係者が厳しく反省すべきものだ。しかし、市民の被曝線量を実測したデータの価値が揺らぐわけではない。仮に論文が一度取り下げられるてしても、適切な手続きを経てデータの解析はやり直されるべきだ。その成果は、他の市町村でも被曝線量の推計に役立つだろう。

 不安に立ち向かってきた多くの市民の貴重なデータが、埋もれることなく、広く活用される成果につながるよう願っている。

《参考》

宮崎・早野論文をめぐる問題に関する若干の誤解について」研究ブログ 2019年2月19日 

影浦峡

 

「実態とかけ離れる「個人に線量計」調査 7割の家庭で屋内に置きっぱなし 本紙が伊達市で実態解明」

2013年12月23日 東京新聞