ブログ Fiddledadのblogさんから、東京第一原発事故以前の日本の小児甲状腺がんに関する重要な論文を2つ紹介していただきました。その論文の内容と、野呂美加さんが作られた、1975年~2008年までの日本の小児甲状腺がんの発症人数(日本全国)の推移のグラフとを紹介します。
もし、1986年以降、日本でも1992年(チェルノブイリ原発事故から6年後)をピークとする小児甲状腺がんの発症が、旧ソ連のチェルノブイリ原発から放出されたヨウ素131などの放射性ヨウ素が原因だとすると、その距離は8200km(ウクライナの首都キエフから日本の東京)離れています。チェルノブイリ原発事故が原因で、日本でも小児甲状腺がんが発症したとするならば、小児甲状腺がんは何も福島県だけに限定されるものではなく、日本全国で発症する危険性があります。それは原発から放出された放射能プルームを吸ったか、吸わなかったかに原因すると考えられます。
ブログ フランスねこのNews Watching さんがすでに2011年4月4日(月)に、チェルノブイリ原発から2600km離れたフランス南西部で、多量の放射性物質により、多くのフランスの子どもたちが甲状腺がん、奇形児、白血病に罹ったことを紹介されています。
東京の空気、チェルノブイリ事故後の仏以上に汚染 ~甲状腺がん大量発生の予感~
以下、東京第一原発事故以前にかかれた、小児甲状腺がんに関する論文2つから重要な点を引用および、川根のコメントを書きました。各症例1、2、3などの後の(12歳の女の子)は川根が挿入したものです。※印のコメントは川根が書きました。
若年者甲状腺癌の臨床的検討 杉田圭三 武市宣雄他 日臨外医会誌 58(3)1997
広島大学第2外科では、過去22年(1973年から1995年)に10例の若年甲状腺癌を経験。これは当科で手術した甲状腺悪性腫瘍610例の1.6%。年齢は9歳から19歳まで10名。9歳の男児を除く、9例は女性。乳頭がんが8例。濾胞がんが2例。濾胞がんの症例2、5は、いずれも被膜外湿潤、リンパ節転移を認めず、EX0、n0であった。
リンパ節転移は4例。2例がN1a、2例がN1b、6例はN0だった。劇症肝炎で死亡した1例を除き、存命中。
甲状腺がんに対して当広島大学第2外科では、甲状腺片葉切除+同側Ⅰ~Ⅶ、対側Ⅲのリンパ節郭清を標準術式としている。
甲状腺がんの発生要因として、頸部へのX線照射が問題とされ、20歳未満の甲状腺がん患者の20%にX線照射の既往があったとの報告も見られる。Frankenthaler RA, Sellin RV, Cangir A, et al: Lymph node metastasis from papillary follicular thyroid carcinoma in young patients. Am J Surg 160: 341-343, 1990
当科の症例では、全例、両親の被ばく、X線照射と無関係であった。
症例1(9歳の男の子)は、両側郭清D3bを必要とする進行がんであった。初診時胸部X線で粟粒結核と診断されたほど広範囲の肺転移を呈していた。数mm大の肺転移を無数に認めた。頸部MRIでは甲状腺両葉にびまん性の腫瘍の進展が見られ、気管は高度の狭窄を示している。腫瘍は気管、両側反回神経に高度に湿潤していた。甲状腺全摘、両側頸部リンパ節郭清後、気管切開を行いレスピレーターによる呼吸管理を行った。その後ヨウ素131治療を継続して行っている。
小児甲状腺がんの特徴として、
(1)男児の比率が成人に比べ高い。男女比は1:1.5~2.6と報告されている。
(2)初診時、頸部リンパ節転移、肺転移を起こしている症例が多い。
(3)進行度の割に予後良好であることが多い。
(4)肺転移に対してヨウ素131治療の有効例が多い。
などが報告されている。
症例1は気管、反回神経に湿潤し、多発性肺転移を起こした進行がんであり、これらの特徴を備えている。
小児甲状腺がんの場合、発症機転として結核、気管支喘息様の症状で見つかることがあり、注意が必要とされる。
小児甲状腺がんの手術方針は、予後良好のことが多く、最低限度の保存的手術に止めるべきであるとの意見(Kodama T, Fujimoto Y, Obara T, et al: Justification of conservative surgical treatment of childhood thyroid cancer: Report of eleven cases and analysis of Japanese literature. Jpn J Cancer Res 77: 799-807, 1986)と、進行例が多いので甲状腺全摘、リンパ節郭清を行うべき(佐藤康幸,舟橋啓臣,今井常夫他: 10歳台甲状腺乳頭癌症例の特異性とその手術法.内分泌外科7: 57-62, 1990 佐藤康幸:小児甲状腺乳頭癌の特徴.内分泌外科12: 121-125, 1994)との2つの相反する意見がある。
症例8(18歳の女の子)の場合、原発巣が1.5cmと小さくても両側頸部リンパ節転移を起こす症例もあり、T2以上の臨床がんと診断されれば、成人と同様の術式、リンパ節郭清が必要と考えられる。
1973-1995 症例 悪性610 若年者10例
症例 年齢 性別 病悩期間 病理 合併病変 予後 診断年月
1 9歳 男 1年 乳頭がん ― 4年5カ月生存中 1991.10 チェ事故4年6カ月
2 14歳 女 4カ月 濾胞がん ― 5年9カ月生存中 1990. 2チェ事故3年10カ月
3 15歳 女 3年 乳頭がん 機能亢進症 16年8カ月生存中 1976.7
4 16歳 女 11カ月 乳頭がん ― 4年4カ月生存中 1990.12チェ事故3年8カ月
5 16歳 女 9カ月 濾胞がん ― 4年8カ月生存中 1990.10チェ事故3年6カ月
6 16歳 女 6年 乳頭がん 機能亢進症 14年8カ月生存中 1981.1
7 17歳 女 5年 乳頭がん 機能亢進症 16年7カ月生存中 1974.8
8 18歳 女 2年 乳頭がん ― 5年2カ月生存中 1990.11 チェ事故4年7カ月
9 18歳 女 2カ月 乳頭がん 腎移植後劇症肝炎 2か月劇症肝炎死亡
10 19歳 女 2カ月 乳頭がん ― 12年9カ月生存中 1981.1
※ 診断年月は、川根が予後(○年○カ月生存中)と病悩期間から計算した。論文受理年月日が1996年5月17日受付、1996年9月4日受理と書かれているので、1996年3月末段階で予後を判断していると考え、症例1の場合、1996年3月-4年5カ月-1年=1991年10月
※ 23年間で若年者甲状腺がんの症例10例-川根が作成。
1973年-1977年(4年間) 2例
1977年-1981年(4年間) 2例
1982年-1986年(4年間) 0例 チェルノブイリ原発事故 1986年
1987年-1991年(4年間) 5例 チェルノブイリ原発事故から1年後~5年後
1992年-1995年(3年間)
不明1例
※ うち5例がチェルノブイリ事故3年6カ月~4年7カ月で発症。チェルノブイリ事故当時年齢 4歳、10歳、12歳、12歳、13歳。
当科における小児甲状腺癌の検討 清水直樹 他 奈良県立歯科大学耳鼻咽喉科 2008
奈良県立医科大学耳鼻咽喉科では1990年から2006年の過去17年間に7例の小児甲状腺がんを経験した。これは当科で手術を施行した甲状腺悪性腫瘍全体の1.6%に相当する。性別は男性3例、女性4例で、年齢は8~16歳、平均年齢は11.6歳であった。病理組織型は、乳頭がん6例、濾胞がん1例と、成人同様乳頭がんが多く認められた。
乳頭がんのうち、びまん性硬化型乳頭がんと診断した症例が1例、充実濾胞型の増殖を示した症例が1例あった。
また、7例全例に頸部リンパ節転移を認めた。甲状腺全摘出術を施行した2症例は、術後一時的に気管切開を要した進行例であった。
肺転移が認められた症例が3例あり、そのうち2例に術後アイソトープ治療を施行した。
小児甲状腺がんの予後は成人と比較し、良好であると報告されているが、初診時から周囲組織への高度湿潤を認める症例や、遠隔転移をきたすなど進行がんである場合も多く、治療方針の選択には十分注意する必要があると考えられた。
当院で手術を行った16歳以下の甲状腺手術はこれら7例のみで、全例が悪性腫瘍でああ。腫張を自覚症状として診察に訪れた症例は3例で、残りの4例は健康診断等で前頸部腫張を指摘され受診した症例であった。触診所見では両葉のびまん性腫張が3例に認められ、残りの4例は結節性であった。
TMN分類は、T1、T2がそれぞれ1例(12歳の女の子、16歳の女の子)、T3は2例(12歳の女の子、13歳の男の子)、T4が3例(8歳の女の子、8歳の男の子、12歳の男の子)であった。頸部リンパ節転移は全例に認められ、T4の3症例(8歳の女の子、8歳の男の子、12歳の男の子)はすべて肺転移を認めた。
遠隔転移は骨転移をきたした症例も報告されているが、ほとんどは肺転移である。成人と比較して小児例では肺転移をきたしやすく(伊藤公一,三村孝:小児甲状腺癌に対する放射線療法.内分泌外科,17:259-262,2000)、当院でも7症例中3症例に肺転移を認めた。病理組織型は乳頭がんが2例、濾胞がんが1例で、いずれも腫瘍の被膜外湿潤を認めた症例であった。
小児甲状腺がんでアイソトープ治療が有効な症例が多いことを考えると、遠隔転移の早期発見が重要であると思われる。症例2(8歳の男の子)は術前の胸部レントゲン撮影で転移病変を認めず、胸部CTで肺転移が発見された。従来の胸部単純レントゲンでは微小な肺転移を診断することは不可能であることから、小児甲状腺がんでは術前に胸部CTでの評価が必要であると思われる。
小児・若年性甲状腺がんの特徴としては、死亡率は低いが、再発が多いことがあげられる(野口志郎:小児甲状腺癌の特徴.内分泌外科,17:247-250,2000)。症例1(8歳の女の子)は術後3年目に肺転移、症例4(12歳の女の子)は術後2年後にリンパ節再発を認めている。これらの結果からは、局所再発や遠隔転移に対する対策が治療上重要であると考えられる。
表1 小児甲状腺がん症例
症例 年齢 性 触診所見 病理診断 病床病期 経過年数 その他 診断年月
1 8 女 びまん性 濾胞がん T4N1bM1 15年10カ月 肺転移 1991.5チェ事故5年1カ月
2 8 男 びまん性 乳頭がん T4N1bM1 1年 9カ月 肺転移 2005.6チェ事故9年2カ月
3 12 男 びまん性 乳頭がん T4N1bM1 転院 肺転移 不明
4 12 女 結節性 乳頭がん T3N1bM0 6年 5カ月 リンパ節再発
1990.1チェ事故4年6カ月
5 12 女 結節性 乳頭がん T1N1bM0 1年 8カ月 2005 . 7チェ事故 9年3カ月
6 13 男 結節性 乳頭がん T3N1bM0 10年 9カ月 1996 . 6チェ事故10年2カ月
7 16 女 結節性 乳頭がん T2N1bM0 16年 5カ月 1990.10チェ事故4年6カ月
※ 診断年月は川根が経過年数から計算した。この論文の発表年が2008年。経過年数は2007年3月までと判断して、診断年月を計算した。
症例1 2007年3月-15年10カ月=1991年5月 チェルノブイリ事故から5年1カ月経過
※ チェルノブイリ事故当時の年齢 3歳、3歳、3歳、7歳、11歳、産まれていない、不明。
甲状腺がん 全国がん罹患数・率 推定値1975 2011年 国立がん研究センターがん情報サービス
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