(編集者:注)トリチウムについて、部分的なブログの引用、生半可な知識がインターネット上で流布しています。このような中途半端な知識では、原子力村と対峙することはできません。専門的で難解、理解できない部分もあるとは思いますが、トリチウムについて理解を深めるためには、通読して、理解できるところだけでも吸収する必要がある論文である、と思い紹介します。特に赤字に川根が変換したところだけでも、読んで見て下さい。全文を転載します。

解説 原子力関連施設周辺での環境トリチウムモニタリングの実際

Recent Studies on Environmental Monitoring of Tritium in the Adjacent Nuclear Facilities

柿内秀樹,赤田尚史1)

KAKIUCHI Hideki and AKATA Naofumi

公益財団法人環境科学技術研究所環境影響研究部,1)核融合科学研究所ヘリカル研究部

(原稿受付日:2013年7月29日)

 核融合学会誌 J. Plasma Fusion Res 2013年 Vol.89, No.10 645‐651より

 トリチウムは水素の放射性同位体であり,環境中で様々な化学形で存在している.原子力関連施設周辺から環境へ放出された場合,トリチウムは大気や水の動きに従って移行するがその挙動は化学形で大きく異なる.そのためトリチウムの影響評価には化学形ごとに考える必要がある.そこでトリチウムの化学形ごとの分析法を実例とともに紹介する.

 

1.はじめに

 

 地球上に生きる動植物の生命を維持する上でなくてはならないものの一つである水は,人間の体重の60~70%を占めている.水には水素の放射性同位体であるトリチウムが含まれており,このトリチウムは半減期12.3 年でβ壊変してヘリウム3になる放射性核種である.トリチウムは大気上層において,宇宙線(陽子や中性子)と大気を構成する窒素原子や酸素原子との核反応により,定常的に生成されており,その量は年間200 g 程度と見積もられている[1].大気中で生成した天然トリチウムのほとんどは速やかに酸化されて水になり,やがて対流圏に移動して雨として地表面に降下する.トリチウムは空気中の水蒸気,雨,海水や地表水などに広く存在して水と一緒に自然界を循環しているため,大昔から人は環境中のトリチウムを飲料水あるいは食物として摂取してきた.光合成を出発点とするトリチウムの有機物への変換は,トリチウムの環境サイクルの重要な部分を占め,食物連鎖を介して人へトリチウムが移行する.

 天然トリチウムにより形成された定常的な状態,すなわち大気上層における生成量と地球上のトリチウムの壊変量が釣り合った状態が,1950-60年代に活発に実施された大気圏核実験により大きく乱された.図1に東京,千葉で採取された降水中トリチウム濃度の年平均の推移を示す[2,3].

1952年以降は,大気中核実験によって成層圏や対流圏に放出された人工的なトリチウムのため,降水中トリチウム濃度は増加し,963~1964年のピーク時には天然レベルの100倍を超える値が観測された.1963年の核実験禁止条約以降,日本を含め世界中の降水中のトリチウム濃度は年々減少していった.天然トリチウム存在量の200倍以上もの量が核実験で環境中に放出されたと考えられている.現在でも天然存在量の10倍程度は残っている計算になる[1].核実験由来トリチウムは,水循環に伴い最終的に海に移行するが,海には大量の水が存在するので,核実験トリチウムが海に移行しても濃度の増加はわずかである.その海の希釈効果のため現在の降水中トリチウム濃度は大気圏核実験前のほぼ定常状態のレベルにまで下がったと考えられている.一方,一時的に地下水に蓄えられたトリチウムは大気圏内核実験停止以降も,長い期間に渡って河川水や湖水のトリチウム濃度を増加させた.滞留時間がトリチウムの半減期よりきわめて長い地下水の場合,放射壊変によりトリチウムはなくなってしまうことが多い.しかし滞留時間が相対的に長くない場合、地下水には濃度レベルは低いが、今でも核実験由来トリチウムが検出できるものがある.この核実験由来トリチウムは地下水の涵養を知るためのトレーサとして利用されている.そのためには微量のトリチウム濃度を正確に測定する技術が必要となる.

 トリチウムから放出されるβ線のエネルギーは弱いので被ばく線量への寄与は少ないとされている.しかし,水素は生体を構成する主要な元素であり,さらに様々な環境試料中に多様な化学形で含まれるため,トリチウムの被ばく線量を評価することは必要である.人への影響を考える場合,トリチウムは体内摂取,すなわち内部被ばくが問題となる.国際放射線防護委員会(ICRP)が提示しているトリチウムの化学形別の線量係数(Sv/Bq),すなわち単位放射能当たりの実効線量は,呼吸によりトリチウムガスを取り込む場合,トリチウム水蒸気の1/10,000となっている[4].また,有機結合型トリチウム(Organically BoundedTritium: OBT)を人が経口摂取した場合,水に比べて体内の臓器等に取り込まれやすく,一度取り込まれると体内から出にくい性質があることが知られているその結果,体内での残留時間が長くなるため,OBTの線量係数はトリチウム水の約2.3 倍と見積もられている[4].このように,トリチウムによる被ばく線量を評価する場合は,その化学形を考慮した分析が必要となる.

 環境中のトリチウムから受ける被ばく線量は,トリチウムの環境動態と密接に関わり合うため,原子力発電所や核燃料再処理施設等から環境放出されるトリチウムを含め,環境中でのトリチウムの挙動を明らかにしておくことが求められる.そのためには,様々な環境試料に含まれるトリチウムを精度よく分析する技術と挙動解析や線量評価を行なうための環境データの蓄積が必要である.環境トリチウムの測定は,核エネルギーの平和利用において放射線防護の観点からきわめて重要な問題となっている.

 核融合炉システムにおいても,放射性同位元素(RI)の取り扱いは避けられない.これらのRIはシステム内に密封されている.しかし,燃料としてのトリチウムは,高温下で容易に金属壁を透過し,炉設計では通常運転時にも施設から定常的なトリチウム放出を想定している.さらに事故による環境放出も想定しなければならない.このため,核融合施設周辺環境への影響を評価するためには,放射性物質の環境モニタリングが肝要である.そこで,原子力関連施設周辺(核燃料再処理工場,核融合試験施設等)における環境モニタリング手法の実際を,環境試料の取り扱いや試料の採取法,測定時の注意点を含めて,核融合施設と関連のあるトリチウムの環境モニタリング技術を中心に解説する.

 

2.環境モニタリングとは

 

 日本の原子力関連施設の安全確保は,その施設の通常操業および異常事象ないし事故による放射線障害から従事者と公衆を守ることにある.この安全操業の重要な基盤として環境放射線(能)モニタリングが重要である.環境放射線(能)モニタリングとは,放射性物質または放射線源を取り扱う施設の境界外の放射線等の測定を行うことである.環境放射線モニタリングの目的は,原子力関連施設周辺の公衆の健康と安全を守ることを基本的な目標として,環境における放射線量が公衆中の個人に対して,容認される線量限度を十分下回っていることを確認することにある.環境モニタリングを通じて環境における放射性物質の蓄積状況を把握することになり,それらの結果を通じて公衆への情報提供に役立てる.また原子力関連施設からの予期しない放出による周辺環境への影響(計画外放出を検出すること)の判断に資することにもなる.

 一般的に原子力関連施設から放出されるトリチウムの放射能量は希ガスに次いで大きいため,環境中トリチウム濃度は環境モニタリング項目の一つとされている.このため,環境中のトリチウム濃度は,原子力関連施設近傍において環境モニタリングの一環として測定されている.大気中核実験の結果,大量のトリチウムが環境中に放出されたが,その線量寄与は最近では低くなっている.事故が起きると原子力関連施設から放射線や放射性物質が出るが,その内在する量の大きさから原子力関連施設の事故は特別であり,公衆の大きな被ばく源となることはチェルノブイリ事故や東京電力福島第一原子力発電所事故で示された.これらのそれぞれの線量寄与ならびに被ばくに関して情報を整えておくことは,公衆の放射線防護を考えるにあたりきわめて重要である.

 平常時モニタリングは,対象地域の特定核種の放射能濃度の歴史的な変遷を把握・評価できる必要がある.トリチウムの場合,フォールアウトと天然由来であり,近年フォールアウトは低減し,かつ,漸減傾向にある[2,3]ものの,緯度効果や地下水の寄与の割合でその濃度に大きな差を示すことがある.したがってこのような変動が把握評価できるように,平常モニタリング計画とは別に経時変化や地域変化をかなりの長期・広範囲にわたって調査研究することも必要である.一般に原子力関連施設が平常運転されている限り,測定値の変動はある幅の中に収まる.この変動を「平常の変動幅」と呼ぶ.平常の変動幅は,測定値が正規分布とみなせる場合,標準偏差の3倍がとられる.測定値が平常の変動幅を外れている場合はその原因を調査する必要がある.ここでは通常のモニタリングに用いられる手法に加えて,更に低いレベルのトリチウム濃度の測定を必要とする環境挙動解析のための手法を紹介する.

3.トリチウムの測定法

3.1 液体シンチレーションカウンターによる測定

 トリチウムはエネルギーの低いβ線を放出する核種であるため,単なる放射線モニタリングでは検出できない.そこで試料を検出器の内部に入れて測定しなければならない.その代表的な方法として液体シンチレーション(Liquid Scintillation counting: LSC)法がある.このLSC法とは,放射線が作用すると光を出す物質(蛍光物質)を溶かしてある液体(液体シンチレータ)にトリチウムを含む物質を混ぜ合わせ,出てくる光を測定する手法である.トリチウム測定試料は水としての形が多いため,液体シンチレータとして保水量の多い乳化シンチレータが広く用いられている.河川水,湖水,雨水,海水等の水試料の測定には,溶存している不純物を蒸留して事前に取り除いて乳化シンチレータと混合後,測定を行う.

 環境試料のトリチウム測定に使用する液体シンチレーションカウンターには低自然計数率仕様であるHitachi-Aloka 社LSC-LB7,PerkinElmer 社Quantulus 1220 等が代表的なものである.検出下限値は水1 L あたり0.3~0.6 Bqであるため,原子力関連施設稼働に伴う環境影響を把握するには十分な感度を有している.しかし,自然環境におけるトリチウムの移行挙動を知るためには不十分である.さらに低いトリチウム濃度を測定する場合は,電気分解法によるトリチウム濃縮を行う必要がある.

 水を電気分解すると,トリチウム水は分解されにくいので水中に濃縮される.この現象を利用したものが電解電気分解法(電解法)である.従来のトリチウム電解濃縮法であるアルカリ溶液による電解ではトリチウム濃縮とともに電解質溶液も高濃度となり,濃縮倍率を上げることが困難であった.また,電気分解で発生した酸素と水素が爆発しやすい比率で混合発生したまま装置内に存在することも問題であった.現在,これら課題を解決したものに固体高分子電解質(Solid Polymer Electrolyte, SPE)を利用したトリチウム濃縮装置がある[5].電極はSPE の両面を繊維状の金属電極で挟んだの構造であり,この電極を純水に浸して電流を流すだけで電解が進み,ガスが金属繊維のすき間から発生する.陽極で水から生成した水素イオンは固体高分子電解質中を移動して陰極に到達し,陰極で水素ガスが発生,陽極では酸素ガスが発生するので,このSPE 膜を隔てて,酸素ガスと水素ガスを分離発生させることが容易となり,それぞれのガスが混合して爆発する危険性が少ない.また水以外に電気分解のための試薬を使用しないので,濃縮倍率をいくらでも上げることができるという特長を有する.

 水を電気分解したときの水素同位体比は次の関係式で表される.

   (Vf/Vi)=(TfVf/TiViβ         (1)


         Vi:濃縮前の試料水の体積

         Vf:濃縮後の試料水の体積

           Ti:濃縮前の試料水の3H 濃度

                       Tf:濃縮後の試料水の3H 濃度

           β:3H の分離係数,

         3H 濃縮率  Z=Ti/Tf,            (2)

  β=(log(Vf/Vi))/(log(TfVf/TiVi)).  (3)

 同一装置ならばβが一定値を取るので初期試料体積Vi,最終試料体積Vfを一定にすればTiの値に因らず,Zは一定値になる.したがってあらかじめ濃度既知の試料水を調製し,Z= Ti/Tf が一定になることを確認し,この濃縮倍率Zを装置定数として用いる.

 

3.2 質量分析計による測定

 

 トリチウムは壊変によりヘリウム3を生成するため,生成したヘリウム3の原子数を測定して試料中のトリチウム濃度を決定することができる.この原理を利用し,特に地下水分析の分野で多くの成果が得られている.この方法は,密閉容器中に試料をそのまま長期間保存すれば極低濃度のトリチウム測定ができることが特徴である.質量分析法は,LSC 法にみられるような不純物による誤計数もなく,検出感度も優れた定量法である.

 試料に含まれるトリチウム原子数がN0である試料を,ある一定期間(t),閉鎖系内に置いた時に壊変に伴い生じたヘリウム3がその系内に閉じ込められる.そのヘリウム3を分離精製し,ヘリウム3原子数(NHe)を希ガス質量分析計(Micromass VG-5400)で測定すれば,トリチウム原子数(N0)を(4)式によって求めることができる.

 


              [1]N0=NHe(1-exp(-λt))                                (4)

          λ:トリチウム壊変定数,  t :貯蔵期間.

 ただしヘリウム3測定において,空気中ヘリウムの寄与を完全に除くことはできないので,空気を測定して得られるヘリウム3とヘリウム4の比から補正を行う必要がある.

 

4.環境トリチウムの存在形態および試料採取法

 

 トリチウムは他の核種にみられるような特定の試料やある部位に濃縮することはなく比較的速やかに均一分布する.しかしある放出源から大気へトリチウムが放出された場合,拡散・移行した距離や風向分布などの影響を受けて,地域内で不均一に分布することが考えられる.そのため採取方法は,採取頻度,採取量,操作性,物理的制約等を考慮して,適切と思われる装置・方法を,代表性も考慮して選択する.

 トリチウムに関する環境モニタリングの目的で測定対象となる環境試料を分類するが,トリチウムは化学形ごとの線量換算係数の違いがあるため,トリチウムの化学形に留意したサンプリング計画を立てる必要がある.

 

4.1 水試料

 

 トリチウムはLSC 法で測定するため,水試料は蒸留精製する必要がある.注意する点として,水試料は大気水蒸気と容易に同位体交換を起こすため,河川水,湖水,雨水,海水等の試料を採取した時は分析に供するまで気密性の高い容器に保存する必要がある.また降水試料を採取する場合,降水サンプラーを利用するが,試料採取期間に大気水蒸気との同位体交換を起こさないように流動パラフィンを添加して行う必要がある.

 

4.2 大気試料

 

 大気中にはトリチウムが水蒸気(HTO),分子状水素(HT),炭化水素状(主にメタンとして存在,CH3T)の化学形で存在する.まず大気中HTO を評価するための採取法を述べる.施設関連のモニタリングのため大気濃度を測定するには,HTO は時間変動が大きくなることが考えられるため,通常2週間から1ヶ月間の連続サンプリング方式を採用し時間平均値を評価する.大気試料を採取するには真空ポンプにより大気を吸引し,大気中水蒸気をコールドトラップとモレキュラーシーブ(MS)を用いて捕集する.捕集した水蒸気を水として回収し,精製後LSC 法で測定する.試料の採取量は,LSC 法で測定するために必要な量として10 mL または50 mlの水が得られるよう流量を調節して行う.このように真空ポンプを用いて大気試料を採取する方法をアクティブ法というが,ポンプを使用せず,大気の自由拡散を利用して採取する方法をパッシブ法という.

 原子力関連施設等のある地域内で大気中HTO 濃度が不均一に分布することが考えられる場合,多地点で試料を採取してHTO 濃度を分析しなければならない.その場合パッシブ法が有効である.そこで様々なパッシブサンプラーが用いてHTO が捕集されている[6‐9].図2にパッシブサンプラーの模式図を示す.透過膜で仕切った容器内に捕集剤としてMS-3A を入れている.MS-3A が入っている容器内気相は絶対湿度がゼロとみなせる.Fick の拡散則より外部の水蒸気透過速度は絶対湿度に依存し,一定割合で大気HTO を捕集できる.パッシブサンプラーは設置するにあたり電気設備のような特別なものを準備する必要がない.また簡単な構造のため,単位時間当たりの捕集量を増やすには,膜面積を大きくすることで対応できる.

 大気中HTO,HT,CH3Tを化学形別に同時に分離捕集する手法として,最も一般的に採用される方法は,逐次酸化を行い,それぞれの化学形のものを水としてMS カラムに捕集するものである[10,11].まず先に述べたように大気HTO をコールドトラップとMS カラムに捕集した後,次にPt をアルミナ上に担持させた触媒カラムを100℃に加熱し,HT を酸化し水として捕集し,最後に400℃に加熱した酸化触媒でCH3T を燃焼し,後続のMS カラムに水の形で捕集する.窒素雰囲気下でそれぞれのカラムを450℃に加熱,脱着させ,脱離した水をコールドトラップにより回収する.捕集した水をそれぞれ低バックグラウンド液体シンチレーションカウンターで測定し,大気中トリチウム濃度を決定する.

 

4.3 有機物中トリチウム

 

 被ばく線量評価に関連するトリチウムの環境サイクルを明らかにするためには,植物等の有機物中に存在するトリチウム濃度測定が不可欠である有機物中に存在するトリチウムは組織自由水トリチウム(Free Water Tritium:FWT)とOBT(有機結合型トリチウム) がある.これらは図3に示すように,凍結乾燥等により組織自由水と乾燥試料に分けて分析を行う.FWT濃度を分析する際,組織自由水を回収し,過マンガン酸カリウム,過酸化ナトリウムを加えて蒸留し,その中に含まれる有機物を分解除去して精製する必要がある.分解除去が不十分だと不純物によるケミカルミネッセンスや不純物中の炭素14(14C)による計数値の増加が起こる可能性がある.

 OBT 濃度をLSC 法で測定するには,図3のように有機物を燃焼して水にする必要がある.一般的には,石英管中に試料を入れて酸素を流しながら使用する燃焼装置や金属製の圧力容器中で酸素と爆発的に燃焼させる装置が用いられている[12].これらの装置による燃焼法の難しさは,完全に試料を燃焼させ,さらに生成した水(燃焼水)をすべて回収しなければ,正確にOBT 濃度を求められないことである.また燃焼水にも有機物が含まれるために過マンガン酸カリウム,過酸化ナトリウムを加えて,蒸留精製が必要である.

 質量分析法はトリチウムの壊変により生成したヘリウム3を測定するため,試料の性状よらず測定ができる.そのため,OBT 濃度を分析する時に燃焼操作をする必要がない.ここで質量分析法を用いた非交換型OBT 濃度分析を例に,図4に従って述べる.

 OBT(有機結合型トリチウム) は,炭素に直接結合している非交換型OBT と交換型OBT に分けられる.交換型OBT は,有機物中の官能基に捕らえられているトリチウムである.例えば,セルロースの水酸基やカルボキシル基に固定されているトリチウムは同位体交換反応により容易にFWT(組織自由水トリチウム) と置きかわると考えられているしたがって,交換型OBT 濃度は,高いトリチウム濃度の水を植物が根や気孔を通じて取り込むと,まずFWT 濃度が上昇し,FWT 濃度の上昇に呼応して交換型OBT 濃度が高くなる.逆にFWT 濃度が下がれば,同様に交換型OBT 濃度も減少する.植物試料をトリチウムが含まれていない水(無トリチウム水)で除いて測定をすれば,非交換型OBT 濃度を求めることができる[13,14].図4に示すように,まず乾燥させた試料に無トリチウム水を添加し,同位体交換反応を利用して交換型OBT と置換する.この試料を再び乾燥し,同様の操作を計3回繰り返し,交換型OBT を除く.その試料を貯蔵容器に入れて十分な排気(10-4 Pa 以下)を行った後に,容器を封じて,-30℃の下で2ヶ月以上放置してヘリウム3を生成させる.この時,大気中ヘリウムにもヘリウム3が含まれるため,これを徹底的に除いて封入する必要があるため,アセトンを容器内に添加し,アセトン蒸気と共に容器内のヘリウムを排気する.またヘリウムは透過性がきわめて高いガスであるため,試料の貯蔵容器にはヘリウムが透過しにくい材料としてアルミノシリケイトガラス(Schott 8252 またはCorning1724)を使う必要がある.このようにして生じたヘリウム3を希ガス精製ラインに導入し,希ガス質量分析計VG-5400 で測定を行う

 表1にLSC 法と質量分析法によるOBT 濃度の検出下限値を示す.LSC 法は燃焼により水を得てLSC により測定を行い,質量分析法は乾燥試料約30 g を2ヶ月間貯蔵した後に測定した結果から評価した値である[14].比較からわかるように,低バックグラウンドのLSC によりOBT 濃度を測定した場合の検出下限は燃焼水あたり0.3 から0.6 Bq L-1である.一般環境中のトリチウムレベルが低下し,そのレベル低下に伴いOBT 濃度レベルも低下している.その結果LSC法によるOBT濃度の定量が困難になってきており,近年では環境試料中OBT 濃度に関するデータはきわめて少ないのが現状である.前述の通り,電気分解によるトリチウム濃縮をしようとすれば,より多くの燃焼水が必要となるため,燃焼水を電解濃縮してトリチウム濃度を測定することは現在行われていない.質量分析法の場合,さらに 低いOBT 濃度を有する試料については,貯蔵期間を長くするか供試料量を増やすことで測定可能となる.質量分析法で定量できるOBT 濃度レベルは沿岸域に生息する生物のOBT 濃度レベルであり,これまで分析できなかった低レベルの自然環境におけるトリチウムの移行挙動を知る上で役に立つことが期待できる[14,15].

 

5.原子力関連施設について

 

5.1 バックグラウンド

 

 トリチウムの地域的,地球規模的な線量の寄与分の評価は,トリチウムに関する情報とモデリングによってある程度は可能である.しかしトリチウムは,自然生成や核爆発実験によるものの割合の方が多く原子力関連施設から発生するものの寄与分の評価には,これらの成分をベースラインレベルとして弁別する必要がある.現在の日本における一般環境では,ベースラインレベルに比較して,施設寄与分は極めて小さく一般には弁別が困難な状況にある.

 原子力関連施設周辺のバックグラウンドを評価した例を次に示す.降水を青森県六ヶ所村に位置している(公財)環境科学技術研究所構内において1ヶ月毎に採取した.この試料を電解濃縮した後,液体シンチレータ(PerkinElmer 社ULTIMA GOLD LLT)と混ぜて測定試料とし,低バックグラウンド液体シンチレーションカウンター(Hitachi-Aloka 社LSC-LB5)で1000分間測定した.2001年から2005年にかけて,降水中トリチウム濃度は0.2 から1.2 Bq L-1 の間に分布し,その平均値は0.68 Bq L-1を示した.図1にみられるように,青森県六ヶ所村における降水中トリチウム濃度は,同時期の千葉における値と比較して高く,緯度効果が認められた[3].内陸に存在するトリチウムが海から離れているため,トリチウムの希釈効果が起こりにくく,大陸性気団の影響を受けた降水はトリチウム濃度が高くなっていると考えられ,日本では高緯度ほどその影響を受けやすく,特に冬季にその影響が出るため,千葉より六ヶ所村で高い値をとるものと思われる.降水中トリチウム濃度と大気HTO 濃度を水として比放射能で比較したとき,それらはほぼ同じレベルであるが,わずかに大気HTO 濃度が高い傾向にあった.また大気中HTO濃度は夏に検出下限以下(<1 mBq /m3)であり,最大10 mBq /m3 まで変動が見られた.HT 濃度は5から15 mBq /m3 の間で推移した.またCH3T 濃度は1から3 mBq /m3 を示した.この濃度レベルは2000年の岐阜県や2003年から2005年にかけての熊本での報告値と同レベルであった[16,17].大気中の分子状水素(H2)濃度は約0.5 ppmv,メタン濃度は約1.7 ppmv とほぼー定である.それに対して,水蒸気濃度は大きく変動するが,そのことを考慮しても,水素原子あたりのトリチウム濃度として,それぞれの化学形の比放射能濃度を比較すると,HT>CH3T>HTO の順に高く,HT はHTO より4桁高く,CH3T は2桁程度高いレベルで存在していた[10].

 

5.2 原子力発電

 

 原子力発電では主に燃料として使用される235U や239Puの三体核分裂により生成したトリチウムが使用済みの核燃料中に蓄えられている[18].また原子炉では水が減速材として使用されるが,水素には0.015% の重水素が存在しているので,重水素の中性子捕獲でトリチウムが生成する

 カナダで開発されて韓国やルーマニアに導入されているCANDU(CANadian Deuterium oxide Uranium)炉は重水(D2O)を使用しているため,軽水炉に比べると大量のトリチウムが生成し,周辺環境のトリチウムレベルが増加していることが知られている[19].カナダのCANDU 炉周辺の大気中HTO モニタリングの例としてWood らが報告しており,詳細はその報告を参照されたい[8,9].また植物中FWT 濃度およびOBT (有機結合型トリチウム)濃度は,施設から半径10~20 kmでほぼバックグラウンドレベルまで下がっていることが確認されていた[20].その他の原子力発電でも通常運転に伴いトリチウムの放出があり,大気HTO 濃度の上昇や海水,河川水中トリチウム濃度の上昇,魚中FWT 濃度の上昇が認められている[21‐24].日本ではふげん発電所周辺で採取された大気中HTO 濃度で最大水1 L あたり20 Bq を示し,松葉中FWT 濃度が対象地域に対して,倍程度になった例が報告されている[25].この時HTO の呼吸による内部被ばくの預託実効線量は1.3×10-5 mSv year-1 と見積もられている.

 

5.3 核燃料再処工場

 

 核燃料再処工場では,使用済み核燃料中に蓄えられていたトリチウムが再処理過程で液相や気相へ移行する.再処理工程で発生する気体状の放射性廃棄物の内,粒子状および揮発性の放射性物質は,大部分のものが排気浄化設備で除去されるが,排気浄化設備で除去されないトリチウムは,周辺公衆の線量が法令で定めた基準以下になるように環境中へ放出されるイギリスやフランスでは,セラフィールドやラ・アーグの核燃料再処理工場から海洋放出されたトリチウムにより広い海域で海水中トリチウム濃度や海草,魚のFWT,OBT 濃度の増加が認められている[22,26].また,気体廃棄物として排気筒から環境へ放出されたトリチウムの一部は,施設近傍において直接沈着や雨で降下する.例えばフランスのValdacにある施設周辺では環境トリチウム濃度レベルが上昇し,その結果樹木や地衣類(lichen)のOBT 濃度が上昇していることが確認されている[27,28].日本では茨城県東海村の核燃料再処理施設周辺で大気,葉菜のモニタリング例があり,施設から半径5 km 以内にトリチウム濃度の上昇が認められている[29].

 

5.4 核融合実験施設

 

 核融合実験施設の一例として,イギリスのカラム研究所にあるJET(Joint European Torus)やアメリカのプリンストン大学にあったTFTR(Tokamak Fusion Test Reactor)が挙げられる.これらの実験施設では重水素とトリチウムを用いた核融合プラズマ実験が行われたその間施設周辺における大気HTO 濃度をパッシブサンプラーを用いて評価を行った例[30,31]や,降水や陸水のモニタリングを行った報告がある[32].いずれも施設近傍においてバックグラウンドに対して有意に高いレベルを示していた

 

6.おわりに

 

 原子力関連施設のうち,今後最も多くトリチウムを使用するものは核融合実験施設と考えられる.これから核融合研究の進展に伴い,新たな課題に対処することも必要となってくると考えられる.例えばITER の場合,地球上に存在するトリチウムインベントリーに匹敵する量が一箇所に集中することが考えられている.そのためHT,CH3Tが土壌表層部において徴生物の作用によりHTO へ変換されることや植物が光合成によりHTO をOBT へ転換することなど,化学形が環境中で変換されることを考慮して,環境の中での実測データを基に知見を得る必要がある

 

参考文献

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