原発事故5年後の福島の里山生態系における放射性セシウムの動き
小林達明 千葉大学大学院園芸学研究科
【原典】2016年度 野生動植物への放射線影響に関する調査研究報告会 要旨集 環境省 2017年2月21日
<編集者 注> 原典はkBq/m2の表記であったが、一般にわかりやすくするため、川根がBq/m2の表記に改めた。1kBq/m2=1000Bq/m2
1.ナラ―アカマツ二次林の放射性セシウム動態
私たちは福島県川俣町山木屋地区の民家の里山で、2011 年から継続的に福島第一原発事故由来の放射性セシウムの動きを監視している。試験地は、農家の畑に隣接する丘陵地南東向き斜面のコナラ–ミズナラ混交林および接する畑地である。標高580~600m、斜面の平均傾斜約30°であり、森林土壌は褐色森林土、斜面上部はアカマツが混交している。事故以前はタバコ栽培に用いる腐葉土の原料採取等に利用されており、林冠構成木の樹高は20m弱である。以下、現地の放射線量と放射性セシウムの動きについて説明するが、放射性セシウムでは、半減期の長い137Cs に限って述べる。現地における137Cs の初期沈着量は50万Bq/m2 と見積もられ、森林・農地の空間線量率は2011 年当初2.0〜3.6μSv/h あった。
農地除染後、2015 年11 月末時点の畑地の空間線量率は0.5μSv/h 以下に低下したが、森林では0.5〜1.5μSv/h だった。森林の空間線量は、ほぼ物理的半減期に従って低下しており、放射性物質の顕著な空間的移行はなかったと考えられる。
森林から農地への放射性物質の流出を調べるために、2013 年初夏に、凹凸の少ない一様な斜面を選び、丘陵地斜面の上端から下部までをほぼカバーするような幅9 m、斜面長35 m の形状の試験区を設けた。
試験区の下端には、透水マット付きの人工編柵と180 cm の雨樋を設置して、固体で森林外に移動しようとする物質と液体で流出しようとする物質を把握できるようにした。放射性セシウムの物理的減衰の影響をキャンセルし、移行の実態を見やすくするため、以下の数値は、すべて2011 年3 月15 日基準で半減期補正した。
落葉樹林である当試験地の137Cs は、当初より大部分は林床に集積していたが、2015 年時点では、その94%が林床に、6%が植生に存在した。林床の137Cs は、2016 年まで50%以上が有機物層に滞留しており、下層の鉱質土層への目立った移行は見られなかった。
2015 年の林地供給率(林冠から林地への供給量/森林内の現存量)は0.9%だった。林内雨と樹幹流中の137Cs は、2013 年1600Bq/m2、2014 年1200Bq/m2、2015 年800Bq/m2 と減少したが、リターフォール中の137Cs は、2013 年5400Bq/m2、2014 年3200Bq/m2 だったのが2015 年は3800Bq/m2 に増加した。
2015 年の林内雨および樹幹流中のカリウムと放射性セシウムの動きを比較すると、カリウム濃度は林内雨と樹幹流で大きく変らなかったが、放射性セシウムは顕著に増加した。
カリウムは、葉から溶脱したものがほぼすべてであるのに対して、放射性セシウムは葉由来の成分に加えて、樹皮付着物が洗脱したものが加わって濃度が上昇したと考えられる。
同じカリウム濃度なら、コナラの樹幹流では林内雨の1.9 倍の、アカマツの樹幹流では4.5 倍の放射性セシウム濃度だった。したがって、コナラ樹幹流の137Cs の約半分、アカマツ樹幹流の137Cs の約4/5 はフォールアウト樹皮付着由来と考えられる。そのほか、リターフォールのうち、枝についてはフォールアウト付着成分と考えられる。しかし、それらは、樹冠から林地へ供給される放射性セシウムの少ない割合なので、現在の林地供給量(林冠から林地への供給量)の大部分は、樹木が吸収して循環しているものと思われる。幹木部への放射性セシウムの不動化量は現在計算中であり、その結果を加えて、当日は説明する。
斜面林下部に設置した柵と樋で測定した2015 年の137Cs 林地外流出量は、試験地面積あたり340Bq/m2 で、流出率(林内から林外への流出量/森林内の現存量)にすると0.06%である。そのうち71%は柵のマットに付着した粒子状有機物および土で、21%がリターだった。液体での森林外流出は7%で、植物に容易に吸収される形態の溶存態のものは全体の3%と限られていた。
2016 年初冬には、風によって林外(試験地斜面に隣接する東南側の畑)に飛散する落葉量を調べた。
林縁から約40mまで、落葉の飛散が見られ、距離と落葉量の間には指数関数関係が見られた。落葉の放射能密度と飛散落葉量をかけて、畑地への移行量を推定したところ、林縁から垂直に伸ばした1m幅50m長の短冊あたり1万9300Bq となった。森林試験地面積あたりだと550Bq/m2 で、森林の現存量あたり流出率にすると0.11%となる。チェルノブイリで報告されたのと同じように、森林から外部への流出は小さく、放射性セシウムは森林に保持されていることがわかる。
ただし、林縁近くでは、2016 年の落葉期に、平米あたり約2000Bq(134Cs と137Cs 合計、半減期補正なし)の放射性セシウムが畑地に供給されたことになる。数年経つと1万Bq/m2 を超える放射性セシウムが林縁近くの畑に蓄積する可能性があるので、そのような箇所の落葉は注意が必要だろう。
2.林地のセシウムの存在形態の推定
今後の森林生態系内の放射性セシウム動態を予測するために、もっとも蓄積量の多い林地の有機物層と鉱質土層の放射性Cs の存在形態を分析した。その結果、有機物層のL 層には水溶性137Cs が9.9%、交換性137Cs が22.7%あったが、FH 層ではそれら可給態137Cs は6.6%、鉱質土層表層では3.0%に過ぎなかった。一方、粘土鉱物や難分解性有機物に強く結合した137Cs は、有機物層FH 層で91.8%、鉱質土層表層で95.5%と推定され、林床に存在する放射性セシウムの大部分は植物に吸収されない形態だった。
2016 年8 月初めのデータでは、試験地のFH 層の137Cs 放射能密度は32万8000Bq/m2、鉱質土層の137Cs 放射能密度は11万2000Bq/m2 だったので、それぞれ可給態137Cs は2万2000Bq/m2 と3万4000Bq/m2 となり、林地の放射能全体の5.7%と見積もられる。
一方、2013 年6 月末に林床のリター層を取り除いた後に木材チップを敷きならした試験では、その後1年半で、土壌中の12%の放射性セシウムがチップ層に移行した。林内雨やリターフォールによる上からの林地供給の影響を割り引いても、10%近くは土壌から上方移行したと考えられ、それには土壌中の糸状菌が大きな役割を果たしていると推察される。
3.林地「除染」実験の結果
試験区に並列して、熊手を用いて有機物層L 層を除去した試験区と、熊手除去に加えて鋤簾で有機物層すべてを剥ぎ取った試験区を2013 年6 月末に設定した。翌年8月に、それぞれの試験区に生育するコナラ属樹木(コナラとミズナラ)の各8 本(計24 本)の木材を幹中心まで成長錐と呼ばれる器具によって採取し、全体の放射能を測定した。
L 層除去によって137Cs 林地集積量は43%減少し、有機物層除去によって同じく79%減少したが、林地供給量の減少は、L 層除去区で19%、有機物層除去区で33%に留まった。
一方、対照区のコナラ・ミズナラ立木の幹材の137Cs 濃度は平均502Bq/kg だったが、L 層除去処理区で32%、有機物層除去処理区で37%の放射能削減効果があった。しかし、平均値ではいずれの処理によっても、シイタケ原木や菌床用培地の基準(それぞれ50Bq/kg と200Bq/kg)をクリアできていなかった。
参考文献
山本理恵ほか(2014)原発事故被災地の丘陵地広葉樹斜面林における林床放射能低減試験とその後の水土流出. 日本緑化工学会誌 40: 130-135.
斎藤翔ほか(2015)林床処理を行った二次林と耕作地の土壌中放射性セシウムの存在形態. 日本緑化工学会誌 41: 3-8.