[解説] ビーグル犬に酸化プルトニウムを吸入させた実験 1974年 BairとThompson ジョン・W・ゴフマン著『人間と放射線~医療用X線から原発まで~』今中哲二他訳 明石書店 より 解説・編集・注 川根 眞也

 ジョン・W・ゴフマン著『人間と放射線~医療用X線から原発まで~』今中哲二他訳 明石書店 2011年9月10日 に、ビーグル犬にプルトニウムを被ばくさせる実験が記載されています。ベアーとトンプソン,1974年に公表された、ビーグル犬に酸化プルトニウムを吸引させ、肺がんを起させた研究です(Bair , Thompson,1974)。

 以下は、日本の大洗町で起きたプルトニウム内部被ばく事故(2017年6月6日)、他の資料を付加し、原著(日本語訳)から川根が引用、抜粋したものです。原著は、文章記述のみであり、ここに掲載した資料、図版は川根が原著外から引用したものであることをお断わりしておきます。

 2017年6月6日に茨城県大洗町で5人がプルトニウムを吸入するという被ばく事故が起きました。このプルトニウムの吸入がどんな健康被害をもたらすのでしょうか。プルトニウム吸入事故が起きてから、2週間後、放射線医学総合研究所(量子研)はプルトニウムは消化器系から吸入することより、呼吸器で吸入することがもっとも危険である、と言われます。アメリカはビーグル犬に酸化プルトニウムを吸わせる実験を行い、その健康被害を確かめていました。将来の核戦争に備えて。

ジョン・W・ゴフマン著『人間と放射線~医療用X線から原発まで~』 今中哲二他訳 明石書店 2011年9月10日

第14章 人工アルファ線放出核種:プルトニウムと超ウラン元素 

プルトニウムによる肺ガンの誘発 pp.411~423 より、編集者、引用抜粋

 

 プルトニウムを吸入して人間に肺がんが生じないということは絶対にありえない。プルトニウム239およびその他のアルファ線放出核種は、ラドン娘核種のアルファ線が人間に肺がんを誘発する一方で、プルトニウムのアルファ線が肺がんを誘発しないとすれば、物理学上の奇跡が起こらねばならない。

 とすれば、残された問題は、プルトニウムが肺がんを誘発するか否かではなく、単位量の吸入当り何件の肺がんが誘発されるかを正確に評価することである。これは、単位量のプルトニウムを吸入したときの被ばく線量を求める問題になる。そのためには吸入プルトニウムの呼吸器系の沈着場所と残留期間を知る必要がある。

<参考>ヒトにおける呼吸器の構造 生体内沈着と体内動態に関する知見の整理 環境省

 プルトニウムがどこに沈着するかという問題に関連して、肺がんでもどんなタイプの肺がんが誘発されるかという問題が生まれる。肺がんでも最も多いのは「気管支原性肺がん」であり、「細気管支・肺胞がん」は1割程度である。

 肺胞(空気と血液の間でガス交換が起こる場所)までの呼吸気道は気管から始まり、気管は主気管に分かれる。その後それぞれの気管支は次から次へと分岐を繰り返し、直径はますます小さくなっていく。最後には、終末細気管支とか細気管支・肺胞の移行部と言われる領域にいたる。

 気管支原性肺がんは、気管や主気管支にはめったに発生しない。また、非常に小さな細気管支に発生することもめったにない。つまり、圧倒的多数を占める肺がんは区域気管支と呼ばれる気管支の中間領域に発生する。区域気管支内の重要な組織は上皮層細胞であり、この組織にプルトニウムがどの程度沈着するかを知らねばならない。

 肺がんのうちそれほど主要ではない(全体の10%程度)細気管支・肺胞がんは、細気管支と肺胞(空気のう)のつなぎめに発生する。そのため、この領域へのプルトニウムの沈着、およびこの領域と区域気管支との間の相対的沈着量を決定する要因には特に注目する必要がある。

細気管支・肺胞がんの評価

 ビーグル犬の細気管支・肺胞がんの実験データから、間接的ではあるが、人間についての評価を行うことができる。人間が他の生物と比べて、発がんの感受性が高いのか低いのか不明なため、一般的には他の生物のデータから人間に関する推定を行うべきではない。しかし、プルトニウムの吸入による危険性はきわめて重要であり、人間についての直接的データがない現状では、さしあたってビーグル犬のデータで人間の肺がんを推定することも無意味ではない。

 ビーグル犬の場合、肺の奥深くまで吸い込まれた二酸化プルトニウム粒子の大部分は、細気管支・肺胞領域に沈着する。そして発生するがんもすべて細気管支・肺胞がんである。仮に、ビーグル犬への影響を人間にあてはめることができるとしても、それは細気管支・肺胞領域に沈着したプルトニウム単位量あたりの細気管支・肺胞がんについてだけである。

 しかし、細気管支・肺胞がんだけでなく、プルトニウム沈着による気管支原性肺がん(※編集者注)も必ず発生するはずである。すなわち、プルトニウムによって誘発される細気管支・肺胞がんの評価値は、沈着したプルトニウムによる肺がん全体の発生数の最小値を表すにすぎない。こうした最小値を示しておくことには大変意味がある。そして、この最小値は、プルトニウム吸入による細気管支・肺胞がんに関して、人間とビーグル犬とが同じ感受性を持つとして仮定して導かれていることを忘れてはならない。

※ 気管支原性肺がんー肺がんは、① 気管支や肺の末梢にできる原発性のがんと、②他の臓器や組織から転移してできたがんとに分けられます。「原発性の肺がん」のことを、「気管支原性がん(気管・気管支、細気管支あるいは末梢肺由来のがん)」といいます。肺がんの9割がこれにあたります。

 ベアーとトンプソン(BairとThomson,1974)は、ビーグル犬に酸化プルトニウムを吸入させて、細気管支・肺胞がんを誘発させた。実験を始めた当時、プルトニウムの発がん性は過小評価されており、投与された最小のプルトニウム量でも、ビーグル犬の100%に細気管支・肺胞がんが誘発されてしまった。そのため、彼らの実験結果から評価できるのは、毒性がそれ以下ではありえないという最小値である。肺の1g(血液の重さは除く)当り0.049マイクログラムのプルトニウム239(※編集者注)が沈着した場合に、100%のビーグル犬に細気管支・肺胞がんが誘発された。

※ <0.049マイクログラムのプルトニウム239とは>プルトニウム239の比放射能(1gあたりのベクレル数)は2.30×10の9乗。つまり1gのプルトニウム239は23億ベクレル。0.049マイクログラムのプルトニウム239のベクレル数は
0.049×10の-6乗×2.30×10の9乗=0.049×2.30×1000=112.7ベクレル
つまり、ビーグル犬にたった112.7ベクレルのプルトニウム239が沈着しただけで、すべてのビーグル犬に細気管支・肺胞がんが誘発することができた、ということになります。

 人間の肺の重量は血液を除けばおよそ570gである。人間とビーグル犬が同じ感受性を持っているとして人間にあてはまると、570×0.049=28.0マイクログラムのプルトニウム239(※編集者注)を沈着させれば、確実に細気管支・肺胞がんが生じることになる。ビーグル犬の場合は、上に指摘した不注意から、最小値のプルトニウム239の場合でも100%の確率で細気管支・肺胞がんが生じたのであるから、人間でも実際に必要なプルトニウム239の量はこの28マイクログラムよりもおそらく小さいであろう。肺1g当り0.049マイクログラムというビーグル犬の値はたまたま選ばれたにすぎず、実際に100%の確率で細気管支・肺胞がんが生じさせるプルトニウム239の量はもっと少ない可能性が高い。ビーグル犬についてさらに少量のプルトニウム239を使って現在行われている実験結果を待たねばならない。(R.O.McClellanら、1979年の論文を参照

※ <28.0マイクログラムのプルトニウム239とは>プルトニウム239の比放射能(1gあたりのベクレル数)は2.30×10の9乗。つまり1gのプルトニウム239は23億ベクレル。0.049マイクログラムのプルトニウム239のベクレル数は
28.0×10の-6乗×2.30×10の9乗=28.0×2.30×1000=64,400ベクレル
つまり、人間の肺に、6万4000ベクレルのプルトニウム239が沈着すると細気管支・肺胞がんを100%誘発することができる可能性がある、ということになります。2017年6月6日、日本原子力開発機構大洗研究開発センターで被ばくした5人の作業員の方のうち、50代の作業員Eの方の肺からは当初2万2000ベクレルのプルトニウムが検出されました。この数値は、人間に100%細気管支・肺胞がんを誘発できる量6万4000ベクレルの3分の1に当たります。

※ 後に、放射線医学総合研究所により、事故当時の日本原子力研究開発機構による、作業員Eの肺の内部被ばくプルトニウム239 2万2000ベクレルの評価は、体表にプルトニウムが付着したまま測定したものを、肺に取り込んだと誤って評価したせいである、とされ、2万2000ベクレルは「不検出」である、と訂正されました(日本原子力研究開発機構JAEAから受け入れた被ばく作業員のその後の状況について 放射線医学総合研究所 量子化学技術研究開発機構 2017年6月12日)。ただし、この場合の肺モニタのプルトニウム239の検出下限は5000ベクレルです。

※ 日本原子力研究開発機構によると、「プルトニウム239を吸入摂取した場合、肺に沈着する量は吸入量の約6.1%であり、約40%は呼気として排出され、約50%強が胃腸管等に移行する。」とあります(出典1)。

 この推計に基づき、2017年10月13日、日本原子力研究開発機構は、以下のような報告書を原子力規制委員会に提出しました。

「燃料研究棟での内部被ばく評価では、原子力機構は、量研 放医研からバイオアッセイ結果に基づく預託実効線量の評価方法に関する情報を入手した。バイオアッセイによって分析された便中のPu等は、経口もしくは呼吸気道に沈着後胃腸管へ移行した成分が主でありキレート剤による治療の影響を無視できるためICRPモデルに基づいて便中の排泄量から摂取量を求めることができる。また、線量評価に適用した粒子のサイズ、化学形についても、原子力機構が実施した貯蔵容器内容物の化学形、室内汚染検査試料(スミヤ試料等)の粒子サイズの分析結果とも整合している。以上のことから、摂取量の評価は妥当と判断した。また、実効線量係数についても、ICRPモデルに基づく値であり妥当と判断した。」(出典2)

 つまり、被ばくした作業員の便中のプルトニウム239の量のデータを、放射線医学総合研究所 量子科学研究開発機構から入手した、日本原子力研究開発機構は、便中のプルトニウム239の粒子のサイズ、化学形と、事故を起こした貯蔵容器内容物の化学形、室内汚染した資料の粒子サイズとも合致している、と述べています。さらに、便中のプルトニウム等は、口から摂取されるか、または、呼吸気道に沈着後に、胃腸管に移行する成分がほとんどであり、放医研が行ったキレート剤による治療の影響はほとんど無視できる。この便中に排泄されたプルトニウムから、もともとのプルトニウム摂取量をICRPのモデルに基づいて求めることができる、としています。その結果、作業員Eの肺にプルトニウム239が2万2000ベクレルの内部被ばくがあったこと、50年間12シーベルトとの実効線量評価は正しかった、と日本原子力研究開発機構は書いているのです。

【出典1】原子力機構大洗研究開発センター燃料研究棟における汚染について(続報) 添付3 鼻スミア・肺モニタ測定値 日本原子力研究開発機構大洗研究開発センター 2017年6月9日

【出典2】燃料研究棟汚染による内部被ばく線量評価とキレート剤の効果の取扱いについて 日本原子力研究開発機構 原子力規制委員会提出資料 2017年10月13日

※ 2017年6月6日、日本原子力開発機構大洗研究開発センターで被ばくした5人の作業員の被ばく線量をミリシーベルトで評価する、日本原子力研究開発機構や放射線医学総合研究所。しかし、プルトニウムを肺に取り込んだ場合の被ばく線量を、水や食べ物から摂取した場合の被ばく線量と並列に扱い、足し算で計算する、国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護モデルは破綻していると思います。唯一、妥当なのは、プルトニウムのような放射性物質の場合、どれくらい吸入摂取したら、肺がんを引きこすのか、というこの、J.W.ゴフマンの議論だけである、と考えます。

 また、5人の作業員に、DTPA(ジエチレントリアミン5酢酸)というキレート剤を、放射線医学総合研究所は投与していますが、これは血液中のプルトニウムなどの重金属を取り除く効果があるだけであり、肺の中に沈着したプルトニウムは取り除くことができません。唯一、肺胞からプルトニウムが血液中に溶け出した場合のみにこのDPTAの効果が期待できますが、それは極めて微小な原子レベルの粒子である場合であり、考えれないと思います。