[解説]

 東京パラリンピック・オリンピックに向けて、「原発事故から8年。放射能はもうない」「福島は安全」「福島県産、食べて応援」の大合唱が始まっています。多くの新聞各紙が福島県や「専門家」の見解をそのまま批判的に検討せずに垂れ流す中で、福島民報と東京新聞が気を吐いています。

(1)国連科学委員会(UNSCEAR)とは何者か?

 まず、そもそも論です。今回、福島県の中間報告「甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に対する部会まとめ(案)」に出て来る、国連科学委員会(UNSCEAR)とはどんな組織なのでしょうか?国連だから信頼できる。科学とついているから更に信頼できるのでしょうか?

 国連科学委員会(UNSCEAR)は、広島・長崎の原爆線量見直し(広島・長崎の原爆で放出された中性子の線量が過大評価されていた。つまり、もっと少ない線量で深刻な健康被害が出ることが判明した)を受けて、それまで採用してきたリスク評価を1988年に見直します。しかし、高線量での従来のリスク評価が間違っていて、3~4倍過小評価していることは認めたのですが、低線量の放射線被ばくリスクは、これまでのリスク評価の2~10倍低減しなければならない、という結論を出します。被ばく労働者の健康リスクは、高線量から考えると、もとのリスク評価×(3~4)÷(2~10)、結果的にそれまでのリスク評価より少々高くなるだけ、という結論を出しました。

<参考>中川保雄『放射線被曝の歴史』明石書店 pp.161~206

 国連科学委員会(UNSCEAR)は動物実験や疫学調査などの研究を一切、行っていません。ただただ、各国の研究論文を集めて報告書を作っているだけです。その報告書を作るにあたっての公平さは存在しません。その参考とする研究論文は恣意的に選ばれたものであり、徹底的に内部被ばくに関する研究論文を無視していることで有名です。国連科学委員会(UNSCEAR)は、科学に基づく研究結果をまとめる機関ではなく、核兵器産業や原子力産業に都合がよい、リスク評価をするために、作られ、報告書を出している機関です。

 果たして国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価をうのみにしていいのか、という批判を書いたのは福島民報です。東京新聞もそうした批判をにおわせた記事を書きました。

(2)先行検査(2011年度、2012年度、2013年度)の評価はどうなったのか?

 新聞の見出しだけを読むと、「福島の子どもたちの小児甲状腺がんは原発事故の影響ではなかった」のだ、という印象を受けます。しかし、この中間報告書は、2巡目検査(2014,2015年度)についての評価です。先行検査(2011年度、2012年度、2013年度)の評価はどうなったのでしょうか?先行検査の評価を飛ばす意味は何なのでしょうか?

 先行検査では明らかに原発事故の影響が見られたからではないですか?残念ながら、先行検査の評価を飛ばしている、ということについて批判的にコメントした新聞は1つもありませんでした。

(3)そもそも甲状腺被ばくの検査をしていない。政府が「初期被ばくを測るな」と2011年3月甲状腺被ばく検査を止めた。疫学調査も止めた。

 そもそも、日本政府(菅直人民主党政権)は、初期被ばくの検査を中止させました。2011年3月原発事故直後にです。ですから、福島県民でさえ、初期被ばくの記録が存在しません。また、放射線被ばくの医療および研究機関であるはずの、放射線医学総合研究所は、被ばくと健康被害に関する疫学調査を「意味がない」と実施させませんでした。

<参考>

官邸に「疫学調査不要」 福島原発事故で放医研理事

東京新聞 2019年2月18日

 放射線医学総合研究所は、1954年の日本のマグロ漁船がアメリカが南太平洋で行った水爆実験の「死の灰」を浴び、たくさんの原爆マグロがでてしまった、ビキニ事件を機に作られた機関です。第五福竜丸の乗組員は全員(同年9月23日に亡くなった久保山愛吉さんを除いて)毎年1回、放射線医学総合研究所で定期健診を受けていました。しかし、乗組員が次々と肝臓がんで亡くなる中、放射線医学総合研究所は、乗組員が肝臓がんにかかっていることを知りながら、本人に伝えていなかったことがわかりました。放射線医学総合研究所は、本人には肝臓がんにかかっていることを伝えず、英語の学術論文にだけ発表していたのです。すなわり、放射線医学総合研究所は、被ばく者がどのようにしてがんにかかり、どのようにして病気が進行し、どのようにして死んでいくのか、研究する機関だったのです。「検診するけれども治療せず」の悪名高きABCCとまったく同じミッションを受けた機関です。

 この放射線医学総合研究所は、「放射線被ばくの早見表」を作っているのですから、この早見表の正しさは疑うべきです。

放射線医学総合研究所「放射線被ばくの早見表」

 各紙の報道の中で、唯一、福島民報が「2016年夏、甲状腺がんで手術を受けた本県出身の20代の女性会社員が取材に応じ、UNSCEARによる被ばく線量の精度に疑問を投げかけた」と書いています。「納得いかないですね。そもそも正確に被ばく線量を測ったんですか」と。他紙は、一切日本政府が初期被ばくを測らなかったことについて、触れていません。

(4)国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価は年間です。莫大な初期被ばくを平均化したもの。それを個人の行動・生活に当てはめる圧倒的な過小評価を生じます。

 今回、福島県の甲状腺評価部会が中間報告を作るにあたり、国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価を使ったとしています。

UNSCEAR 2013 Report, Annex A, ATTACHMENT C-16, Table C-16.2 の推定甲状腺総吸収線量(Total)
およびATTACHMENT C-18, Table C-18.5 の推定甲状腺総吸収線量(Total dose)を使用。同一の市
町村で複数の推定線量が提示されている場合は最大値を使用。各市町村別の被ばく線量を個人に
当てはめた上で、被ばく線量を4 群に分類。

ー第13回甲状腺評価部会 資料1ー1 甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に関与する因子について 2019年6月3日 より

実際に使われた資料は英文ですが、以下です。

UNSCEAR 2013 Report, Annex A、 ATTACHMENT C―16、 Table C―16.2 の推定甲状腺総吸収線量(Total)

UNSCEAR 2013 Report, Annex A、ATTACHMENT C 18, Table C 18.5 の推定甲状腺総吸収線量(Total dose)

 この国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価は、題名に「FOR THE FIRST YEAR」とあります。2011年3月からの1年間の被ばく線量という意味です。それも推計です。住民の内部被ばくを測ったものではありません。年間の被ばく線量から甲状腺がんの発症リスクを評価するのは、致命的な誤りです。なぜならば、人体の皮膚や呼吸器官によって吸収されたヨウ素131,ヨウ素132(テルル132),ヨウ素133,ヨウ素135は、ただちに甲状腺に集中的に集められるのですが、それぞれの半減期がとても短くあっという間に崩壊してベータ線、ガンマ線を甲状腺細胞に与えるからです。一番、半減期の長いヨウ素131でされ、半減期の10倍(半減期の10倍を10半減期といい、放射能がほぼなくなると考える)は80日。3ヵ月弱です。少なくとも2011年3月4月5月の被ばく線量の評価が決定的に大事です。それを1年間にすることで、被ばく線量を薄めて、甲状腺がんに罹った子どもたちに当てはめているのです。また、そもそも、2011年3月15日、3月16日に屋外で呼吸をしていたのか、雨を浴びたのか、の初期被ばくが決定的です。また、2011年3月20日~23日の3号機の格納容器底の抜けのときに、屋外で呼吸をしていたのか、雨を浴びたのかも。これらの特別高い被ばく線量を、年で平均化することで、国連科学委員会(UNSCEAR)は福島県の住民の被ばく線量を低く見せているのです。

核種    半減期

ヨウ素131 8.0日

ヨウ素132(テルル132) 2.3時間(3.2日)  テルル132→ヨウ素132→と壊変。ダブルで危険。

ヨウ素133 20.8時間

ヨウ素135 6.6時間

 事実、東京新聞が2019年1月21日スクープで報道したように、双葉町の11歳の少女が甲状腺に100ミリシーベルトの被ばくをしています。

<参考>

1歳少女、100ミリシーベルト被ばく 福島事故直後 放医研で報告

2019年1月21日 東京新聞

 上記の国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価には、双葉町(Futaba Town)には、誰も100ミリシーベルト被ばくした者がいないことになっています。すなわち、国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価は間違いです。推定値はあくまで推定値であり、実測値を説明できない、推定は無効です。

 国連科学委員会(UNSCEAR)の線量評価が年間であり、年間に平均化することで初期被ばくを過小評価していることを指摘した新聞はありませんでした。

(5)20歳以降の全員の検診をただちに行うべき

 問題なのは、現時点で20歳以上に福島県の甲状腺がんが多発していることであり、「原発事故の影響かどうか」を議論している段階ではない、ということです。2017年6月30日現在でも18歳以上の受診率が25.7%とたった4分の1しか受診していません。しかし、先行検査の小児甲状腺がん患者の平均年齢は14.9歳。現在23歳になっているはずです。もっとも甲状腺がんを発症している危険性がある年齢層が検査を受けていない。この事実を認めて、20歳以上の検診に力を注ぐべきです。これは福島県のみならず東日本全域に言えることです。放射性ヨウ素のプルームは東日本全域を襲ったのですから。

  以下、2019年6月4日の新聞記事各紙です。

甲状腺検査 2巡目 がんと被ばく関連否定 中間報告まとめる 2019年6月4日 福島民報 2面

 

甲状腺検査 2巡目 がんと被ばく関連否定 中間報告まとめる 2019年6月4日 福島民報 2面2 解析手法に限界か 

子の甲状腺がん 被ばく関連否定 福島 原発事故調査中間報告 2019年6月4日 東京新聞 朝刊2面

2巡目「放射線関連なし」 甲状腺がん検査 部会が報告書作成 「過剰診断 症例も」甲状腺がん検査 2019年6月4日 福島民友 1面および21面

原発事故とがんの関連否定 2019年6月4日 朝日新聞 朝刊25面

「現時点で関連なし」福島県が結論 被ばくと甲状腺がん 2019年6月4日 毎日新聞 朝刊21面

福島甲状腺がん 「被曝関連なし」 県の評価部会 2019年6月4日 読売新聞 全国版 朝刊35面

甲状腺がん「被曝関連なし」 県の評価部会 2巡目検査結果解析 2019年6月4日 読売新聞 福島県版 29面